2016年07月15日

産経、舛添誤爆を反省し、反都議会ドン(内田茂・自民都連幹事長)批判=小池支持に転向?

「猪瀬直樹氏が衝撃発言 自殺した都議は“都議会のドン”にいじめられていた…「遺書」画像も公開」

舛添全都知事辞任騒動は、フジ産経&ネトウヨの韓国人学校に対する右翼的反発に根ざし、ジャブとしての高額外遊批判記事が、なんだか舛添氏の不徳の致すところでセコイ金銭感覚の国民総動員バッシングまで発展したものに過ぎない。
これで、自公が都知事を失ったら、フジ産経はバカ丸出しである。
なのでどのように反応するか見ていたら、フジ産経=>都議会ドンバッシング=>小池間接支持ということになるような感じがしたし、ネトウヨもほぼ同様の論調だが、ソースがなかった。
なんとソースは、猪瀬元知事から出た。

都議会ドン内田茂・自民党東京都連幹事長が、パワハラで都議を自殺に追い込んだという爆弾である。

猪瀬氏の元記事はこちら

誰が東京を殺すのか 猪瀬直樹が語る「東京のガン」
NEWS PICKS 2016/7/13
https://newspicks.com/news/1663515/body/
東京のガン=内田茂だそうだが、記事を読んでいただきたい。

それはネットニュースにすぎないが、日刊ゲンダイに次いで、産経新聞電子版にも内田茂は匿名Aで計w際された。以下はその記事であるが、これでフジ産経のバカキャンペーンの落としどころが見つかったということになろう。
だって、舛添がどこにどんな飛行機で外遊するかは、都の事務方の責任に過ぎないだろう。舛添が外遊大好きだったから、事務方がお手盛り旅行してたと批判しないマスコミはバカ丸出しである。まあ、問題は単にホテル三日月の30万円程度の私用だけしか残らないように思われる。あとは舛添氏の普段の人徳に欠けるところがあったに過ぎない。
 バカフジサンケイは責任をもって、内田茂が支援する候補を落とすキャンペーンをやれよな。ばかまるだしだよ。

猪瀬直樹氏が衝撃発言 自殺した都議は“都議会のドン”にいじめられていた…「遺書」画像も公開
産経新聞 2016.7.15 12:00
http://www.sankei.com/politics/news/160715/plt1607150009-n1.html
 猪瀬直樹元東京都知事がインターネット上のインタビューで、「都議会のドン」に関する衝撃的な発言を炸裂(さくれつ)させた。2011年に自殺した自民党都議が、ドンのいじめに遭っていた−というすさまじい内容だ。猪瀬氏は自身のツイッターで、遺書ととれる「殴り書き」の公開にまで踏み切った。都知事選を直撃しかねない、強烈な「爆弾」が投げ込まれた格好だ。(夕刊フジ)

 インタビューが掲載されたのは、ニュース共有サービス「NEWS PICKS」(ニューズピックス)で、13日に公開された。

 猪瀬氏は、自民党都議の樺山卓司(かばやま・たかし)氏(当時)が、11年7月1日に自宅で自殺した原因について、「(都連実力者の)A氏にあります(中略)。A氏に何をされたかというと、都議会議員の集まりの中で嫌がらせ的に罵倒されたり、議長になれたのにならせてもらえなかったり、ギリギリといじめ抜かれた(中略)。『反A氏』の声を上げると粛清されてしまう−そんな世界が都議会にはあるわけです」と語っているのだ。

 猪瀬氏が名指ししたA氏は、都知事選に出馬した小池百合子元防衛相も「都議会のドン」と呼び、注目を集めたことでも知られる。

 猪瀬氏は先日、樺山氏の親族から「父は憤死した」との連絡を受け、遺書を見せてもらったという。猪瀬氏は証拠を示すかのように自身のツイッターで遺書を公開した。

 その遺書には、《これは全マスコミに発表して下さい。Aを許さない!!人間性のひとかけらもないA。来世では必ず報服(原文ママ)します!御覚悟!!自民党の皆さん。旧い自民党を破壊して下さい》という壮絶な殴り書きが確認できる。

 なお、産経新聞は11年7月2日付朝刊で、樺山氏が1日未明に死亡したとの記事を掲載し、「警視庁は、自殺の可能性が高いとみて調べている」と報じている。

 猪瀬氏が投げ込んだ「爆弾」は、都知事選を「A氏ら自民党都連に支援された増田寛也元総務相」と「A氏らと戦う小池氏」という構図にするのか。猪瀬氏はインタビューの中で、小池氏について「期待したい」と語っている。



 A氏は14日朝、夕刊フジ記者の直撃取材に対し、猪瀬氏のインタビュー内容について、「そんなのコメントしたくない。バカみたいな話」と語った。夕刊フジ記者が「あり得ない話なのか?」と聞くと、A氏は「はい」と言い切った。同氏の事務所も同日、「事実無根だ」とコメントした。

遺書の画像ほか




鳥越なんとかが、癌検診100%を内田茂のこととして皮肉っていたとしてもわかりにくすぎるだろう。
posted by Kose at 13:49| 評論

2016年06月13日

選挙の予想はするけど投票しない支持しない

都知事選については前回書いたが比率は概ね次のとおりである。

自公系:共産系:支持なし=2:1:1

国政と違うのは、公明共産がかなり動員力があり、選挙結果に影響を与えることである。

民主=民進は0評価で、支持なしか自公に含まれる。

実際マスゾエ選挙の時、反原発候補が共産党系と支持なし系に分裂した。

マスゾエ云々はもう盛りの過ぎた話なので、次を考えると、もはやワンイシュー選挙はできない。争点がない。

なので単純人気投票になる。

それを踏まえて、小泉進二郎対国谷裕子なら、まあ選挙やってもあほな東京都民もある程度盛り上がるかなと。


東京都民はあほなんだが、候補者はインテリ有名人でないといけないのである。

まあ本当のところ、マスゾエが韓国学校で自民右派とネトウヨに嫌われていることと、五輪に高飛車に非協力的だったため、気づいたら味方はゼロだったということに過ぎないとおもう。都民対マスゾエではなく、自民対マスゾエというコップの中の騒ぎに、マスコミが勘違いの報道をしているだけである。

都民はあんまり関心ない。東京都民が五輪に積極的でなかったのは周知のことである。

あんなものは石原の北京五輪へのやきもちの産物に過ぎない。

まあ日本が勝つと嬉しんだけどね。

都民=マスゾエはやめてほしいが都知事選は御免という矛盾を直視してないあほ。

いずれにしても選挙にはいかない。統計的に有意でないからである。
ブッシュ=ゴアのフロリダとか、この間のペルー大統領選とかレアケースはあるんだが、基本的に、ハーバーマスの言葉で言えば、社会国家という体制から逸脱することはないというだけである。
リベラルか保守とか関係ない。
奇妙なナショナリスト病が出現しないことを祈るだけの話である。
posted by Kose at 21:43| 評論

2016年06月12日

AIが書いた脚本をもとにした短編映画だそうだ



傑作? 迷作? AIが脚本を書いたSF短編映画が公開
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1606/11/news026.html

What do you mean?

Nothing!


AIの常套句だ。

そしてジョン・レノン程度ではある。
posted by Kose at 21:34| 評論

2016年06月10日

マスゾエはいよいよだめらしい

都職員の感想だ。

「給与返上」で、決定的になったんじゃないか?

なら辞めればゼロ円だ。

一度、引き下がると、ロープでクリンチしかないよね。

まあ、辞めてもいいけど、都知事選ないし都議選にかかる費用の方がはるかにでかいから、バカみたいである。そこがせこさの強みである。

なので例えば「東京オリンピックの顔」を選ぶとか、「せこさ」以上の「大儀」が必要なのである。

しかし呪われた東京オリンピックを引き受ける奴いるんかね?
posted by Kose at 08:10| 評論

2016年06月07日

舛添バッシングにおけるネトウヨ&フジと左派メディアの呉越同舟

舛添の代わりがいるならどうぞ。
自公は、小泉進次郎をだすくらいの気迫がないとだめだ。
民進は、すでに書いたが国谷裕子氏を引っ張り出さないとあかん。
これくらいの勝負を、声を張り上げている連中全員が予想してないのだとしたらホリエモンが正しい。
まあTBS、テレビ朝日が叩くのはよくわかる。わかりやすすぎる。
問題はフジ=産経である。
実は、舛添は、韓国学校に便宜を図ったことでかなり以前からネトウヨのバッシングにあっていたのである。
要するにフジ=産経は、保守でもネトウヨよりなのである。産経の韓国嫌いは隠しようがない。韓国嫌いの大本営みたいだからな。
おもしろいのはフジテレビは舛添バッシングを熱心にやればネトウヨの日頃のバッシングから逃れられるという呉越同舟状態なのだ。

なにかポジティブな報道しろよ。と言ってもほとんど見ないけど。
小泉進次郎VS国谷裕子の都知事選を9月にやるとか話を作ってほしいものだ。
それなら多少面白いと思う。政治ショーに過ぎないが。
posted by Kose at 21:27| 評論

AIによる絵画の再現性の検証、モナリザ、モネ、モンドリアン

美学的に絵画は具象画から抽象に向かう。当然予想できるが、抽象化が進むとこのAIの手法は無効だろうと予想しやってみた。もちろんAI批判のためである。驚くべきことに具象画の傑作モナリザですでに駄目である。肌色すら再現できない。水連はグリーン気味に色を付けただけである。モンドリアンのコンポジションは予想通り単にグレーである。もちろん古今東西の美術作品をディープ・ラーニングすれば直ちに再現できるだろうが、その場合は、ディープ・ラーニングしなくても、単に画像の特徴からオリジナルを検索するだけでいい話である。

siggraph2016_colorizationによる。

ダ・ビンチ モナリザの場合

オリジナル
MLorig.jpg

グレー化後カラー化
MLcolorized.jpg

モネ 水連の場合

オリジナル
monetorig.jpg

グレー化後カラー化
monetcolorized.jpg

モンドリアン コンポジション

オリジナル
mondorig.jpg

グレー化後カラー化
mondcolorized.jpg

グーグル画像検索でグレー画像からオリジナルを検索できるかを調べたら、グレー画像から、カラー画像を検索することはできなかった。

いばるなAI!
posted by Kose at 17:09| 評論

2016年06月03日

少しAI・ロボットに変化が出てきた件


2016/04/28 に公開
飯塚、シモセラ氏による”ディープネットワークを用いた大域特徴と局所特徴の学習によ-る白黒写真の自動色付け”のテスト
Testing the "Joint End-to-end Learning of Global and Local Image Priors for Automatic Image Colorization with Simultaneous Classification" by Satoshi Iizuka, Edgar Simo-Serra.
http://hi.cs.waseda.ac.jp/~iizuka/pro...

Movie: "RomanHoliday (1953) "
https://archive.org/details/RomanHoli...

この技術はすばらしい。ソニーらしい。詳しい記事がわからなくなってしまった。カラーにしなければならないとか、カラーのほうがいいとかいう意味は何も含まないが。
全体の環境と部分の材質の両方を合わせてディープラーニングさせるそうだ。
これは人間でも一コマずつできることを、自動化するため、弱いAIである。

別のニュースで、公共施設間のバスの自動運転化を石川で実験するというものもあった。これも目的が限定されており、要するに自律型路面電車とおなじであるから、好ましい。

日産が、アクセルとブレーキの踏み間違えを抑止する自動化機能を加えたというニュースも素晴らしい。

一連の自動運転やAIのニュースは半分よりもっと多く単なるプロモーションである。
とくに日本人がヒューマロイドを好むのは、技術の進歩におけるガラパゴス化の一因となるだろう。政府はこの問題をより深刻に考えるべきだと思う。携帯・スマホの轍を踏むだろうと思う。

人間に容易にできることを、不細工にAIやロボットにさせることを実用段階でやっているのはばかばかしい。しょせんプロモーションである。

人間を支援する技術により多くの資金を投入できるように誘導すべきだと思う。自分の金で好きなことをやっているGoogleのマネをしてもアイディアも技術も追い付かないのだ。

NHKが羽生棋士とAIとの対戦を番組にするなどあまりにくだらなすぎる。ロボットと人間のプロレスでもやった方がましである。
posted by Kose at 10:16| 評論

2016年05月26日

先読み

自民党があほなこと(昔の名前で出ています的なポスト舛添)考えるなら、民進党は国谷裕子さんを口説いて都知事に立候補させればいいと思う。

自公、100%負けるぜ。
posted by Kose at 08:39| 評論

2016年04月19日

Facebook人工知能がやってくれました

ははは、人工知能マーケティングにNHK手を貸しやがって。STAP騒動と同じように、たまに全く根拠のないプロモーションを報道であるかのようにやるのがNHKの一部の体質である。小保方さんによるBPOの訴えは夏くらいまでかかると思うが、もうNHK放送止めちまえということになるだろう。本当にそういうプロモーションをどんな経路かわからないけどやるんだよ。おそらく経産省(文科省)+電通の受け売りなんだと思うよ。

F8カンファレンスでFacebookが大々的にプッシュしたボットだが、ありのままに評価することが重要
2016年4月19日 by Ron Miller
http://jp.techcrunch.com/2016/04/19/20160418facebook-sends-a-loud-message-about-messenger-bots-but-will-we-hear-it/
メジャープレイヤーがカンファレンスを開催するとメディアはしばらくそれに関する報道で埋まる。われわれはついつい、そのビジョンに釣り込まれてしまう。われわれの注意力が数日以上持続しないのがかえって幸いなぐらいだ。先週はFacebookがF8カンファレンスでビジョンを展開する番だった。FacebookはしゃにむにMessengerとMessengerボットを売り込もうとした。

念のためにおさらいしておくと、FacebookのボットというのはMessenger上で作動するインターフェイスで、ある分野の自然言語を理解するようプログラムされている。各種企業やメディアがビジネス利用することが可能だ。会話できる機械といってももいい。一定の知能を備えており、学習することができる。使い込んでいくと個々のユーザーのニーズにより良く適合するようになる(少なくとも理論的にはそうなると期待されている)。

たいへん素晴らしい話のようだ。TechCrunchでも繰り返し取り上げた(私の記事も含まれている)。しかし私がいちばん気に入ったのは、Sarah Perez記者がカンファレンスで発表された3種類のMessengerボットを自身で試した記事だ。Sarahはボットの能力の低さにすっかりあきれていた

Sarahが正しく指摘したとおり、ボット・テクノロジーはまだごく初期の段階にあり、あまり性急な期待をするべきではないのだろう。しかし先週のFacebookのように大々的なスケールでボットを売り込んだ場合、ユーザーはすぐさま役立つ機能を求めるのが普通だ。その期待に応えられないと新しいテクノロジーを好む貴重なアーリー・アダプターを失うリスクを冒すことになる。

私の抱いた大きな疑問はこうだ。Messengerボットは今後われわれの生活で中心的な地位を占めるようになるのだろうか? なるほど毎朝天気についてメッセージを送ってくれるボットは便利だろうが、それならiPhoneにインストールしてある天気予報アプリも同じ役割を果たしてくれる。しかも天気アプリの画像表示のほうがボットが送ってくるだらだらしたテキストよりはるかに分かりやすく、見た目もずっといい

すべての情報をMessengerボットで得ようとすれば、友達や家族からの本当に重要なメッセージと紛れてしまうという事態が起きないだろうか? さらにはFacebookが「スポンサー・メッセージ」と呼ぶ広告メッセージの殺到を覚悟しなければならない。必要な会話スレッドを発見するためにメッセージの大群をかき分ける必要が生じるだろう。

Facebook Messengerは数あるチャット・クライアントの一つにすぎず、似たようなサービスは他にも多数ある。それらのライバルもやがてすべてがチャット・ボットを使うようになるのだろう。しかしMessengerのユーザー数は飛び抜けて多い。これまでもFacebookのユーザー数の多さが悪事を企む連中をたびたび惹きつけてきた。

いずれにせよ、現在のボットはコミュニケーションの手段としてまだ原始的な段階にある。長年の努力の結果アプリはきわめて機能が高くなり、使い勝手もスマートで見た目にも美しくなった。これに比べるとボットはインターネットから得られる情報が主としてテキスト・ベースだった時代へのひどい後退に見える

チャットを多用するユーザーにとってはチャットの会話で用が足りるようになるのは便利だろう。一部のユーザーの間ではチャットの利用頻度が大きく上昇している。しかし、ある種の予測とは異なり、近い将来ボットがアプリを置き換えるようなことにはならないと思われる。

もちろんボットはアプリを消滅させないしウェブがなくなるなどという可能性もない。ボットはそもそもウェブやアプリとは別物だ。広告のチャンネルとしてもまったく異なる。Facebookがいかに大掛かりなキャンペーンを張ろうと、われわれはボットをあるがままに評価しなければならないだろう。

〔日本版〕記事中にリンクがある記事でPerez記者は「Facebookのチャット・ボットにはまだまだ改良が必要」と書いている。

Perez記者によれば、Springというアパレルショッピングのボットではシャツを探したにもかかわらず、3種類のシャツと1種類のTシャツ、セーターがそれぞれ推薦されたという。Ponchoという天気予報ボットはさらに悪く、「雨が降りそう?」と尋ねると「湿っていて温かい(Wet
and warm.)」と答えた。「『湿っている』というのは雨が降るという意味?」と尋ね返すとボットは「にゃーお」とネコの真似をするなど支離滅裂になった
。CNNのニュースボットは全般的にややましだったが、アメリカ(U.S.)についての記事を要求したのに推薦されたのは「われわれ(us)」という単語を見出しに含む記事だった。筆頭には大昔に死んだ大物ギャングのマイヤー・ランスキーに関する記事が表示された。

Perez記者は「企業は顧客をひどく失望させるとそのユーザーを失う危険性がある」と書いている。

[原文へ]

(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+)
posted by Kose at 10:05| 評論

2016年04月02日

シジュウカラ語?あった…複数の声、組み合わせ

シジュウカラ語?あった…複数の声、組み合わせ
読売新聞 2016年04月02日 17時49分
http://www.yomiuri.co.jp/science/20160402-OYT1T50097.html?from=ytop_main5
 シジュウカラは、異なる複数の鳴き声を組み合わせて、意思疎通を図っていることを、総合研究大学院大学の鈴木俊貴研究員らが解明し、英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズに発表した
 人間の言語では単語の使い方に語順があるように、鳴き声の組み合わせに文法のようなルールがあることも分かった。
 シジュウカラには10種類以上の鳴き声があるといい、複数を組み合わせて、さまざまな鳴き方をするという。
 研究チームは、複数の鳴き声のうち、危険を伝える時の「ピーツピ」、仲間を呼ぶ時の「ヂヂヂヂ」という2種類に着目。「ピーツピ・ヂヂヂヂ」という順番の鳴き方を録音し、野外で再生したところ、シジュウカラは周囲を警戒しながら音源に近付いた。
 一方、わざと順番を「ヂヂヂヂ・ピーツピ」と逆にして鳴き声を再生してみたところ、シジュウカラは警戒も接近もしなかった。チームは、鳴き方に一定のルールがあり、鳴き声の順番に意味があるとみている。
 国立科学博物館の浜尾章二・脊椎動物研究グループ長は「言語がどのように進化したのかを探る鍵になる発見だ」と注目している。


なんとこの記事は2011年読売が、ネイチャー・コミュニケーションズに「発表する」という記事を書いていた。しかもネイチャー・ニューロサイエンスが対象であった。アクセプトされなかったと読めるのである。これは小保方氏の『あの日』を読んだから、理解できるようになった事柄である。感謝する。

2011年06月27日 ジュウシマツに言語能力?
このブログに転載した昔のブログの記事に投稿していた。既視感があって驚いた。掲載されるまで5年かかったという計算である。
http://lunedi.sblo.jp/article/54786285.html
ジュウシマツに言語能力?…さえずりに文法
読売新聞 6月27日(月)11時11分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110626-00000718-yom-sci
 ジュウシマツのさえずりに人の言語の「文法」のような規則性があり、ジュウシマツはこの規則性を学習して、微妙なさえずりの違いを判別できることを、京都大の渡辺大教授や安部健太郎助教らのチームが突き止めた。
 人だけが持つとされる複雑な言語能力に似た高度な能力を持つ可能性があるという。27日の科学誌ネイチャー・ニューロサイエンス電子版に発表する
 ジュウシマツは鳴禽(めいきん)類の一種で、ピ・ロ・ロ・リ・ロ・リ・ロといった短い音節をつなげたさえずりで他の鳥と鳴き交わしている。しかし音節の並びに規則性があるのか、ジュウシマツがさえずりの違いを識別しているのかなどは不明だった。
 安部助教らは、同じ場所で飼われ“歌をおぼえた”雄のジュウシマツ17羽に、さえずりの音節の並びを、様々に入れ替えた音を聞かせたところ、特定の並び替えだけに反応した。具体的にどのパターンに、どのように反応するかは詳しくわかっていないが、ジュウシマツは、他の個体の多彩なさえずりを聞いて音節の並びの情報や規則性を学習し、並びの違いを識別できると結論づけた。


その古い記事で、言語の発生の問題としてなんだかわかったようなわからないような文章を付した。

テナガザルの一種で、ちゃんと統辞構造のある、しばしば、長い分節を交互に歌うものがある例が紹介されていて、このような鳴き声の分節が言語の起源のひとつであるかもしれないことは知られている。
これは昔のモデムを知っている人にはわかるだろうけれど、まず通信を行う前に、一定の信号を交換することでプロトロルを確立するというテクノロジーに類似している。
言語の機能は道具説、象徴説が哲学的に昭和時代まで優勢でヘボ哲学現象学や記号学は後者であった。コミュニケーション説は無視される傾向があったのは、認識論や存在論が哲学的関心で優勢であったからかもしれない。
コミュニケーション説もその範囲で理解されるのであり、ハーバーマスもそうであった。
さて、内容のないコミュニケーションが言語の第一機能だとすると、デリダの音声中心主義は大きく批判されることになる。また言語行為論に対する嫌がらせも同様である。
つまり、そもそも音声で信号を交換していること自体が言語の基本機能なのである。信号を交換するということがデリダが文句を言う誠実性それ自体なのであって、それ故発話は誠実性が前提になるほかないのである。そのため言語は嘘をつけるわけである。デリダがそれ以上のこと言ったかどうか定かでない。何しろ何を書いているのかわからないのだから。


さて、サール先生訳しまくって、多少知恵がついた。
要するに、たとえば「警戒」のような「意味」をあるタイプの「鳴き声」に課すのではなく、「警戒」のような「意味」という充足条件を「鳴き声の組み合わせ」という統語論的ないし形態論的離散性をもった充足条件にジューシマツが課すということである。
だがジューシマツ文法では、この研究では、文法的に統語論なのか形態論なのか不明である。組み合わせが、限定的な感じに見えるため、無限的離散性まではもたないと思える。
しかし、言語が指示(reference)より意味(sense)が先であることが示唆されて面白い。
「警戒」に指示対象はないのである。「愛」に指示対象がないように。だが警戒にも愛にも志向性はあるのである
「敵」という指示対象は、ジューシマツの心の志向的命題である。
posted by Kose at 18:35| 評論