2014年02月17日

使えるAndroidおやじ 電車内でAndroidを使うおやじ

たいへん暖かかったため、午後例のごとく60円ラーメンを食したあと、池袋へ出かけた。
ダウンを着ていったが(それしか現在着るものがない)、暑くて死にそうになった燃えるおやじである。

軽いヘッドホンを買いに行った。DAW用に使っているのは、タブレットが飾りにみえるようなシロモノだ。
あくまでも世界は主と従に別れるのだが、その場合、常にすでに従が、主に優越しているのだ。なんだヘーゲルと同じじゃないか=デリダ的言い回し。
たしかに、高音質ヘッドホンは少なくとも1.5万円〜2.5万円だから、ちょうどローエンドのタブレットと同じ程度の価格帯なので、主従関係は微妙である。
一眼レフカメラはタブレットを凌駕しているのでこの場合、タブレットは単なる中継器でしかない可能性がある。ああ、いつか一眼レフおやじになりたいものである。

さて、家の中だけでご満悦していて、ブログで自慢していても実践的なので、実験的に池袋の行き帰りタブレットおやじを実践してみた。

「レイラ」を聴きながら、「Conversation with Searle」を読むというえげつないおやじであった。まったく問題ない。これが10インチだと相当大げさだし多分重たいだろう。

「Conversation with Searle」は会話だし、非常に平易な英語なので、1章を読み終えたが、2回しか辞書をひいていない。ぜひ20歳前の大学行くか入った若い人に読んでもらいたい本だと思う。簡単である。これが読めないなら、大学人生考えなおしたほうがいい。

さて、本体が9980円なので、高音質1.5万円のものを買ったら主従が逆転してしまう。正直ほんとうに音質には鈍感なので、一番安物がいいのだ。おやじだから肩が凝るようなのが一番いけない。単に圧迫感がゼロに近いものを買ったら1980円で済んだ。これで主従関係は保たれた。

要するに、デリダの言っていることは、もし対立させればこのような逆転現象がありうるというだけである。

今タブレットに入っているMP3音源は買い直したら数万円するだろうし、今後電子ブックを買えば、あっという間に9980円を凌駕する。

これもデリダ式に主従の逆転(ヘーゲルの奴隷の弁証法の焼き直し)と言えるだろう。

しかしこれらは経験的に現象してはじめて何か意味のあることで、その証拠にぼくは貧乏なので主従関係を維持しないといけないのだ。文学部行って、テキストについて語っていると経験とテキストの次元の区別がないからわけがわからなくなるのである。

サールはオックフォードの2年になるまでスピノザやライプニッツが全く理解できず、哲学よりジョイスの「ユリシーズ」に興味があったんだと。

スピノザは全く読んでないが、ライプニッツにおける単子論と因果については検討を加えた。
神の意志が原因なのであって、モナドはその結果だということになる。しかし、例えば量子力学において、波動関数が原因?なのであって、電子の状態はその結果?に過ぎず、電子の位置を特定できないなどというのは、ライプニッツっぽい解釈とか言ってみたりする。

まあそれはどうでもいい。

帰りは買ったばかりのヘッドホンをつけて、ボズ・スキャッグスの「メンフィス」を聴きながら、サールを読んで、おれって使えるAndroidおやじのような感じに浸ってきた。まあ、サールより、ウォール・ストリート・ジャーナル電子版だと金持ちっぽい気もするが、おれは貧乏なのだから十分なのである。

これであの不愉快なスマホのガキどもに対して優越感を持つことができるようになった。

こういう使い方ならKindleがベストじゃないかというかもしれないが、どの寡占企業にも完全には従属しないように気をつけているのだ。Amazonは奴隷労働企業だからな。電子ブックだけは完全デジタルだから配送センターの奴隷労働とは関係が低いから使うだけさ。

これで所期の目的はほとんど達成した。そろそろLinuxカムバックだよ。
posted by Kose at 15:32| Android

使えるAndroidおやじ Google音声検索、英語と禁止用語

これは使えない。

1.英語はカタカナ語(ローマ字発音)でないと受け入れない
 唯一受け入れたのはお分かりの通り
 Google
 である。Lの発音を判別しないのである。
 test
 ではなく
 tesuto
 と発音しないといけない。
 今のところ、音声入力の多言語化に関する情報は得られていない。

2.禁止用語がある
 「まんこ」と発音すると 「ま**」
 と表示されでたらめな検索がされる
 「ファック」も「f***」扱いでやはりでたらめな検索がされる。
 「エタ」は「eta」と何故かアルファベット化され、最善でもETA(ギリシア語のイータ)がヒットする。なぜ偉大なR&Bシンガー「エタ・ジェイムズ」がヒットしないのか理解しがたい。
 「ニガー」は「聞き取れませんでした」以外表示されない。
 
 すなわち正直に「差別用語です」と表示し、他の候補を探し出す努力をしない。Google日本語入力に禁止用語はない。

 みなさんもGoogle音声検索禁止用語を発見していただきたいものである。

「日本のマチュピチュ」なんて大嘘である。外人のなまった発音ではおそらく不可能であろう。
「マチュピチュ」の英語発音は「マちゅーピッちゅー」(カタカナがアクセント)
http://dictionary.reference.com/browse/Machu+Picchu?s=t
なので
「日本のマチューピチュー」はさすがCMで使ったからヒットするが単体の「マチューピチュー」は例えば

「待ち受け宇宙」=マチウケウチュウ≒まちゅうぴちゅう

と言った具合である。
このようなくだらない擬似AIはコンテキストなしに単語を聞き取れることの中に、日本人の発音であり、日本語であるという無残な前提がある。

サールが、中国語の部屋で書いた通りの事態である。
posted by Kose at 12:25| Android

使えるAndroidおやじ 痛恨のミス:Bluetooth非対応

ASUS MeMO Pad ME172Vは、まあ無駄を省いた低価格品だが、まさかのBluetppth非対応だった。

なので、非常に普及しているBluetoothキーボードが使えない。痛恨のミスだが、反対に不要な支出が減った。あとはもう少しマシで軽量のヘッドホンでもお安く買えば完璧だ。強がってみせる。まあこれでスペックの見方が学べたので、それもご愛嬌である。

キーボードがつながったとしてマウスはどうなるのだ問題が残る。

つまりキーボード&マウス・シミュレーション・アプリとBluetoothキーボード&マウスがセットになっていないとおかしなことになる。これはジレンマの一部である。タブレットの全否定であるから。

タブレットとノートPCの境界に関して、マイクロソフトが両方使えるというソフトを出しているが、たとえばKindleがマイクロソフトにはアプリを提供していないので痛手だ。タブレットの意味半減である。また音楽コンテンツについてはアプリは提供されているが、iTunesとAmazonの優位が揺らぐことはないだろう。なので境界は境界なのだ。

ところでアメリカでは、Googleのインターネット・クラウド端末気味ノート、クロームノートの人気がものすごい。シェアで10%近く、マックのシェアを簡単に抜いてしまったらしい。
紹介記事は朝日新聞にある:

(デジタルトレンド・チェック!)パソコンの常識を変える クロームブックの秘密
2014年2月13日16時17分
http://www.asahi.com/articles/ASG2B5WJYG2BUEHF11Z.html?iref=comtop_list_sci_f02

OSはChrome OSでやはりLinuxの派生版である。個人が配布していたディストリビューションはあったが、こんな形でモノホンになった。

え、え、Google Androidの資産はどうなるの?とか痒いところに手の届かない記事である。

まあこれも境界的製品である。WiFiの普及の遅れている日本では微妙な製品である。アメリカでは企業や教育分野で、低機能ノートの需要があってそれであっという間にシェアを伸ばしたらしい。

というわけで、ほぼノート領域は未だ係争中であって、ノット・アンダー・コントロールである。
posted by Kose at 11:04| Android

使えるAndroidおやじ Kindleでミス

Kindle本は、Amzonサイトでブラウザでの購入になるため、ちょっと画面がでかく、
検索→ワンクリック購入→再ログイン→ダウンロード→Kindleアプリに登録
と結構ステップが多い。Kindle本の場合、ダウンロード部分がなんら進捗プロセスが表示されないので、正常に買ったかどうか、Kindleアプリを起動するまで「わからない」。

これが裏目で、買ったつもりのない漫画を購入したことになってしまった。まあ、99円だったかウッキーにはならんかったのだが・・・

成功裏に:
John Searle "Conversation with Searle" 785円
Bobby Whitlock "A Rockn'n'Roll Autoiography" 1758円

John Searle "Mind, Language and Society" 1022円
とともに
計3645円
購入した。
まあ紙本だと3倍はするんじゃないか?配送に奴隷労働を強いるしな。
たとえ読まなくても、部屋の邪魔にならんのも大きな魅力だ。
これで紙本で部屋が手ぜまになって、結局どこに本があるのかわからなくなるいつものありがちな事態を回避できるが、紙本に紛れでタブレットがどこにあるかわからないという危険には気をつけたい。今回のKindle本購入でタブレットの価値は著しく高くなった。

音楽は基本CDで買って、リッピングしてSDカードにコピーの方式を取る。クラウド購入うざい。マルチプラットホームでないからだ。所詮iTunesで買ってもMP3にコンバートして、元のファイルは削除しちゃうからな。

今日はオリンピック見なかったので、楽だった。がんばれオレ!!!
 
posted by Kose at 06:43| Android

2014年02月16日

使えるAndroidおやじ 中間考察

当初掲げた目標はひと通り達成した。

0.日本語入力
1.SDカードで音楽再生
2.電子書籍とKindle本購入
3.リモードデスクトップ

問題は、0.日本語入力、だった。
これは、メガネで多少小さいものも見えるようにはなったが、指のミスタップが多すぎる。
また投資が必要だが、Bluetoothというものを生まれてから一度も使ったことがない。
WiFiだって今月生まれてはじめてやったばかりだが。

さて使えるAndroidおやじになったきっかけは、設定アイコンをドラッグして初期画面に持ってきたことだった。これで様々な問題をトライアンドエラーでクリアできる。
WiFiを切るのもこれで簡単だ。キーボード入力の感度の設定がまだいい感じではない。

結局タブレットの場合

1.タッチ入力での利便性とキーボード入力にジレンマがある
2.適切なサイズが異なる 音楽<ゲーム<電子ブック<動画<デスクトップ

これらは人間の手と視野で決まっているので、どんな天才でも解決できない。
デスクトップが主流になると、ノートパソコンに限りなく近くなる。

タッチ入力だけになると受動的なアプリを使用する様、矯正され、バカになる。
ただし電子ブックを除く。

多くのその他アプリは人民低能化装置でしかない。津田大介は低能人民の王だ。

結局、丁度いいものは存在しないが、革新的な使用法の扉を開いたという点で10インチiPadが本物の王であり続けるであろう。

多くのDAW系ソフトが10インチiPad向けである。要はクリエイティブなアプリの扉となっているか、低能化の暇つぶしアプリの地獄の入り口になっているかというアプリ開発側の問題である。

とりあえず9980円で結構楽しめた。最低でも、音楽プレーヤーと電子ブックリーダーとして実用的なことはわかった。

SDカードがあるとクラウド・ストレージに頼る必要はない。SDカードは16GBで1000円である。ASUSいいもの作るじゃないか。

いろいろお試しをしてみる。面白ければご報告する。

以上中間報告でした。

posted by Kose at 20:48| Android

使えるAndroidおやじ Kindle本購入の巻

Google PlayにKindleがあるので、それをインストール
ShopをクリックするとAmazonがブラウザで開く、サインインする
すでにAmazonギフトカードで金を入力してある
John Searleを検索
Mind, Language and Society
のキンドル版を購入をタップ
*****、Androidで購入
と表示。これでおわり。
再びKindleを立ち上げると、ドーンと中央に「Mind, Language and Society」が登場
開く。読む・・・いつか。

要領がわかったのであといくつか買う。まあすぐには読めないからあれだが・・・
候補
Conversation with Searle
*例のデリダ=サール論争の舞台裏を暴露した文を含む本
 中島道義は、これを読まずにデリダ=サール論争を、「哲学の教科書」で鵜呑みにして書いた。哲学者の恥さらし。問題点は、中島がカント哲学者であり、したがって実念論(実在論)の立場をとるから、当然デリダが真実味のあることを言っているように思ってしまうが、ラッセル、ウィトゲンシュタインら英米の唯名論から見ると、デリダは当たり前以上のことしか言っておらず、しかもわざとわかりにくくしているだけということになる。
 この点はじっくり思索したうえで追求をやめたが、形式論理学では唯名論が正しい。自然言語では、そもそも個物も概念も実在的かどうか一義的には決まらない。
 このためAIは数学的にはありうるが、自然言語的にはあり得る範囲はかなり限定されると思われる。脳神経科学でさえ、心の実在論には到底達していない。しかし心の仕組みの一部は解明しており、それについては実在論的に語ることができるであろう。
 AIの勘違いは、すべての脳はタイプ脳のトークンであるというような雑な前提をしている点である。
 もし脳が心なら、人間の成長や人類の運命の発達のすべてがAIのタイプに予め存在しなければならない。もっとヒューリスティックなAIの場合、AIの社会性は、人間が与えるのであり、AIが独自の社会性を生むのか、あるいは世代の異なるタイプをクラスにできるのか(進化するのか)までわかっていないと単なるキチガイ博士の発想であると思う。
 まあ、サールはこの分野でのほうが有名であったりする。

Bobby Whitlock "Rock'n Roll Autobiography"
 ベンチャーズ化したクラプトンがもっとも生産的だった一時期デレク&ドミノスの裏話が書かれている。「庭の木」はホイットロックのソロボーカルだし、有名な「レイラ」のコーダのピアノはホイットロックのものだ。ジョージ・ハリソンの「All things must pass」のレコーディングにも参加している。ABCダンヒルの2枚のほぼデレク&ドミノス時代のソロアルバムはCDで再発された。残念ながら、カプリコーン・レコードの倒産のため、残り2枚は入手できない(一生懸命探せば何とかなるが)。1枚目は、デュアン亡き後の(柏原亡き後の)オールマン・ブラザーズ・バンドが多く参加している。2枚目はぼくが高校の頃の発売で、ビニール・アルバムを持っている。ボズ・スキャッグスやオールマン・ブラザーズ・バンドの「ランブリンマン」に客演しているレス・デューディックが参加していてポップなサザンロックに仕上がっていて一番聞きやすい。まあしかし80年代を生き残るタイプのミュージシャンじゃないから20年位メンフィスで引退していた。今はココ・キャメル夫人とのデュオで地道に活動している。
 バカがクラプトンに、ボビーが売れないのか聞いて、クラプトンが所詮バックプレイヤーだといったと書いたが、逆に言えばどんなにくだらない自主性の欠けたアルバムでも出せば売れるというのがクラプトンの悲劇だ。ワーナー時代のどれもほとんど値打ちがない。
 ぼくが好きな所詮二流かもしれないデイブ・メイソンが数日デレク&ドミノスに在籍した話も読みたい。
posted by Kose at 17:05| Android

2014年02月15日

使えるAndroidおやじ RealVNC

リモートデスクトップ・アプリは、Google Playにかなり登録されている。

とりあえず、仕組みのわかっているVNCを使うことにした。

一番人気でRealVNCが登録されている。

もっと便利そうなリモートデスクトップ・アプリもありそうなのだが、なにかアカウントを登録するタイプのようである。Microsoft謹製のWindows リモートデスクトップは8以降らしい。使えねえな。TeamViewerもあるが、基本VNCなのでLAN内では不要である。Chromeリモートデスクトップは見つかっていない。

アドレスは例えば
192.168.0.3:5001
すなわち、「ローカルLANアドレス:ポート」であり、ユーザー名はWindowsないしLinuxのユーザー名であり、接続時パスワードを求められる(パスワードせってしていないWindowsは不要かもしれない)。

おかしなのはタップは直ちに有効ではないことであった。

マウスのポインタを指で移動してタップつまりクリックするというWindowsないしLinuxデスクトップの操作を指でやらなければならない点だ。右クリックをどうするのか知らん。

サウンドはもはや重要ではないことがわかっているのでVNCで十分である。

まだAndroidでのスクリーショットのとり方がわからないのでご紹介できないのが残念だ。

とにかくRealVNC相互で、VNC接続と操作には成功した。

なかなかつかえそうなオヤジな気分である。

7インチでヨコスクリーンだとものすごく小さなデスクトップ全体が表示されるが、拡大することはできる。タテスクリーンだと、タテサイズいっぱいの一部が表示される。

例のOfficeを実用的に使えるか挑戦してみたい。
posted by Kose at 15:16| Android

使えるAndroidおやじ PDFの電子ブック化:Kindleで読み込みが最高

この間EPUB形式にして、Kindleで読むと書いたが、これは間違い。
PDFをKindleで読み込むと、電子ブック表示を自動的にするので、それで読むのが崩れない近道である。
EPUB形式だと、図版が表示できない場合が多い(いくつものリーダーを試したが)。
PDFビューアーだと縦めくりになる。
しかしPDFをKindleで表示させると、横めくりになる。
要するにKindle自身が、電子書籍化しているというわけだ。
図版ものはPDF+Kindleが楽という結論。

青空文庫のアプリはいくつもあり、「青空読手」というのが人気があるようだ。たしかに使いやすかった。

ただで古典を読もう!!!

さて、次のチャレンジはAmazonで電子書籍を購入することだ。

まあ、3冊で3000円程度だから、Amazonのギフトカードちょっと買ってくる。

だいぶできるオヤジになりつつある気分がする。
posted by Kose at 11:55| Android

2014年02月14日

使えるAndroidおやじ いちいち時間かかる:電子ブックの場合

電子ブックの自炊に挑戦したが
1.自炊ソフトが多い
2.電子ブック形式が多い
3.電子ブックリーダーが極めて多い

この組み合わせは莫大である。
まず、何がAndroidで定番なのか、改めて調べなければならないが、これがまた人それぞれのようで混乱を極める。

PDFなら軽快に簡単に見ることができるのはわかった。ただしめくるのが縦であるということくらい。

成功したのは

calibreというオープンソースの自炊ソフトでEPUBにして、Kindleリーダーで開く

というケースである。

いくつも無能で擬似無料のリーダーがあるが、さすが元祖Kindleである。
いずれ洋書を買うので、このまま基本Kindleリーダーを使用することにしたい。
本を買う金で儲かるからいいのだ。

繰り返しになるけれど買うのは、ジョン・サールの本2冊、ボビー・ホイットロックの本1冊。
Linuxのリファレンスも入手できるといい(原則日本語)。

青空文庫はどうしたら入手できるんだろう。いちいちわからないことが多い。

Google Playの「無料」の相当が、お試しand/or低機能版であることもわかった。

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サールの社会理論にだれも興味はなかろうし、おれもそれほど期待はしていないのだが、少なくとも日本人がピエール・ブルデューを高く評価しすぎているのに対して、少なくともサールの社会理論は、彼はブルデューの同僚でもあったから、30%は無意味なことを書くフランス人社会学者のもうすこしスマートな理解の仕方もできるのではないかと思うのである。

なんで「ハビッツ」ではなく「ハビトゥス」でなくてはならないのかを、ブルデュー翻訳家たちは明らかにしていない。
「ハビッツ」とは普通に、癖とか習慣のことだから、行為の型が目的合理的ではなく、癖習慣に制約されているというのは、まあ普通の考えだ。サールの場合は志向的意味が発話行為の文脈そして背景知識やネットワークとわり大雑把に呼ぶものに制約を受けるという形である。サールは哲学者だから、ブルデューのハビッツ理論より広義の理論であると思われる。
なんで2000年代の社会学者のだれも、二人を結びつけて考えるべきだと考えた形跡がないのがおかしい。例の30%は意味不明なブルデュー・ジャーゴンに浸っていてはいけないと思うのだが。

まあ別に社会学をまたやるという気はない。気になるから、ちょっとやってみるということだ。

歴史的事実は国家の権力を正当化しない、と書いたのは不十分であったかもしれない。
1.事実はコンテキストが必要である
2.コンテキストの内、法だけが、国家の権力の源泉となる
3.歴史は事実の連続ではなく、法の(いかがわしくとも)変遷だけ、国家の権力の正当化と関係する
4.事実の歴史は、どんなコンテキスト(さまざまないかがわしい歴史観を含む)で評価はできるが、それは国家の正統性とは何ら関係がない。
5.歴史館対歴史観の対決は単なるイデオロギー対立でしかない
6.本物の歴史学者はかなり控えめであることが多い。成功したコンテキストの歴史家はフェルナン・ブローデル以外知らない。
7.NHKの大河ドラマは止めてほしい

以上である。
posted by Kose at 12:58| Android

2014年02月13日

使えるAndroidおやじ 16GBmicroSDにiTunes用フォルダーのお気に入りを詰め込んで音楽プレーヤー化成功

ASUS MEMO PADはNEXUS7と違って、microSDカードスロットがある。パソコンのiTunes用に整備した音楽フォルダーの中からお気に入りだけ、がんがんSDカードのコピーして、そのSDカードを「手動で」MEMO PADに挿す。音楽プレーヤー・アプリを立ち上げると、ほとんどiTunes以上の精度でアルバムカバーを表示。アルバムカバー部分を長く押すとアルバム全体がプレイされる。

9980円としてはこれで十分である。16GBmicroSDカードは駅前で1000円だった。

なんでクラウドが必要?

バカじゃないのか。

他の機能が全く使い物にならなくてもこれで構わん。

次は、アマゾンのKindle電子書籍の購入である。洋書である。
これができれば、本当にうれすい。

もっと使えるようになったら、もちろんリモードデスクトップにチャレンジだ。

それ以外の目的には、精神によろしくないので原則使わない。Googleに情報明け渡しているのも同然だからな。NSAがメタデータ取得しているかもしれんし。

写真の自撮りをしてみたが被写体が悲惨なので、やめた。毎日同じインスタントラーメンの写真をアップしようか?

入力が遅いので、またFedoraからの更新である。Fedoraもファイアーウォールを除けば快適である。1.6GHzCore 2 Duo、1GBメモリと最低ラインなのだが、YouTubeがたまに落ちころ以外は文句ない。

なんとネットワークマネージャーにデフォルトでVPN設定があることがわかった。なんとかVPNサーバーを探そうと思う。それは4月以降の課題である。

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あ、メガネの度を落として手元がよく見えるように変えたことは書いたが、焼けた古本のアインシュタインの「相対論の意味」岩波書店、1956年(初版である)、¥250が読めるようになった。4p目でユークリッド幾何学の三次元の微小距離でのアルキメデスの原理の方程式は理解できたが、それ以降の数式はさっぱりわからなかった。なぜ微小距離かというと、巨大な距離ではユークリッド幾何学が成り立たないからであろう。

その前の3ページでカントのアプリオリな概念を否定しており、空間を剛体の移動に基づ延長で、時間を「次」で慎重に哲学的に定義しているのだが、これも難しい。カントにせよユークリッド幾何学にせよ、宇宙のどこでもデカルト座標が成立するという均質性神話を共有しているのだが、なぜ非常に多くのカント哲学研究者(中島道義を含む)が、アインシュタインのこの最初の3ページに反論しないのかよくわからん。まあ、このあと一般相対性理論でリーマン幾何学が登場するのだが、アプリオリな直感の形式(時空の概念)が、強い重力を受けると「曲がる」ことを観念論的に説明しなくてはいけないからな。

おれは村上春樹やジャック・ラカンのようにむやみとメタファーには頼らないのが上品な生き方だと信じる。できるだけ平板に、可能なら何でも箇条書きで書くのが美しいと感じる。

なんでも南部陽一郎博士の比喩だけは、特別だそうで、ほとんど一般人が理解困難な自発的対称性の破れを見事に言い当てているそうだ。

それはこんな感じ。

丸い体育館に、学生を押し込める。特別な支持はしない。丸い体育館なので方向がない。みんなてんでの方向に向いていて構わないのだが、一度向きが揃い始めると、全員がつられて同じ方向を向く。これが方向性がない状況に方向性が自発的に生まれてしまうというたとえである。右を向いているか左を向いているかわからないが、左右ができてしまうのである。

自発的対称性の破れが、このようであるということではないが、対称性が自発的に破れるモデルではある。

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村上の比喩を見てみよう(文章は適当に再現)。

彼女はタバコを外に放り捨てた

なんとか町ではだれでもそうやっているかのように

問題の部分はこれである。この場合小説内ではあるが、「彼女がタバコを放り捨てた」が素粒子における自発的対象の破れに相当する。「なんか町ではだれでもそうしているように」が体育館におけるモデルである。

この場合、運転手である彼女が北海道出身の腕だけは確かな女っけのない人物であることはほとんど説明口調で与えられている。

つまり、この部分は、べつになんとか町である必要はないのであるが、彼女の非女性性と北海道の僻地がメタファーというかアレゴリーになっているわけだ。

この「おれの車を運転してくれ」という小説は、本当に救いがたいほど文体に精細を欠いた小説である。対比が大雑把で冒頭のっけから興ざめであった。

小説だからいいのだが、その小説の文体が精細がない証拠であるのがこの非難を産んだ部分に現れているということだ。

北海道の何もないところ(僻地)=非女性的な女性

これはひどい。北海道の何にもないところにも人の営みはあり、おそらく非常性的な女性にも人の営みがあるはずである。

これだけである。文藝春秋社は、たとえノーベル賞候補作家であっても、こんな作品は掲載を控えるべきであったと思う。ニセクラシック作曲家の正体を暴くだけのご良心をお持ちならである。

決定的に失われてしまった、やれやれ・・・
posted by Kose at 19:22| Android