2013年09月27日

スーダントリビューン(2013/9/26) バシル、国連総会キャンセル(ヘッドライン)

すいません。根性がないからヘッドラインと一部だけです。また訳すかもしれません。

Sudanese president will not fly to US for UN General assembly meetings
スーダン大統領国連総会会合のためアメリカへは渡航せず

Sudan Tribune - Thursday 26 September 2013
http://www.sudantribune.com/spip.php?article48184

September 25, 2013 (KHARTOUM) - スーダン大統領オマル・ハッサン・バシルはオバマ政権同様国連をに厄介で困惑させる状況を回避するためアメリカへの渡航の計画をキャンセルした。
・・・
しかしアメリカ国務省はICC逮捕状がバシルのビザ請求承認の際考慮されるだろうことを明らかにした。
・・・
posted by Kose at 15:45| ダルフール&スーダン

スーダントリビューン(2013/9/26) 最悪のデモ死者とインターネット切断

経済問題の部分は前日と同じだが多少訳を改善した。
2本続けて翻訳したが、多少早くなった。しかし他の予定は全部キャンセルだ。
なにしろスーダン学者がバシル政権支持のため(そうじゃないと入国できないとかいろいろ)、俺みたいな3流どころか単なる素人が情報を提供しないといけない。
連日これをやるほど体調良くないので、なるべく間を取ることにする。

Deadliest day in Sudan’s fuel subsidies protests, nationwide internet acccess cut off
スーダン燃料補助金デモで最悪の死者、全国のインターネット・アクセス切断

Sudan Tribune - Thursday 26 September 2013
http://www.sudantribune.com/spip.php?article48182
September 25, 2013 (KHARTOUM) - スーダン政府は水曜、燃料補助金削減の決定に反対するデモを継続するデモ隊から政府ビルやガソリンスタンドを守るため軍を配備する命令を出したと発表した。
スーダン情報大臣兼報道官アフメド・ビラルは親政府アショロークTVに軍に「無法者」に対行するようもとめたと語った。
「我々が目にしたものは平和的デモではなく、無法者だと確信させた」とビラルは言った。
彼はまたインターネット切断の報道を認め、政府は「多くの自制」を課したが、インターネット切断はすぐ終了すると約束した。
彼はスーダン中央のゲジラ州で月曜始まり、ハルツーム、オムドルマン、ダルフール、東スーダンを含む他の地域に後に広がったデモを主導したう特定の分子を非難した。
ワド・マダニ州都ゲジラで、彼はデモ隊が37人以上の警官を襲撃し、双方に5人の死者が出たと付け加えた。
彼はまたデモ隊の一部はナイフや銃を持っていたと主張した。また軍の一部がデモ隊に加わったとする報道を否定した。
今日ハルツームで夜演説をしたスーダン第一副大統領アリ・オスマン・タハは政府はデモを恐れていないと言い、今週決定された経済措置は変わらないと主張した。
しかし過激化をを阻止する明白な措置として、ハルツーム政府は来週月曜まで学校は閉校すると発表した。目撃者によれば多くのデモは学生によってなされた。
これは政情不安で閉鎖された今週のいくつかの大学の声明に次ぐものである。

矛盾する死者数

今日のデモはハルツームの下町に拡大し、警察署や首都南部の与党国民議会党(NCP)のビル、ガソリンスタンドにも放火された。
警察は、投石し、タイヤを燃やし、首都の大通りを封鎖さえしたデモ隊を解散させるため催涙ガスを使った。
デモ隊は「人民は体制転覆を求める」「自由、自由」などのスローガンを叫んだ。
インターネットが遮断され、運輸サービスが停止しているため、今日のデモの死者数を確かめるのは困難である。
略奪を恐れて事務所や焦点は閉鎖されている。
オムドルマン病院長オスマン・モルタダはBBCのアラビア語部門に彼の病院に搬送された21人が死亡し、約80人が負傷したと語った。
「全員中による負傷であり、一部は胸を撃たれている」と彼は語った。
野党関係者は死者数は50から80人の間であるが、独立した確認はない。
政府は武力を行使していないという政府の主張にも関わらず、何人かの目撃者はスーダントリビューンに体に銃弾を受け死亡した友人や家族がいたと語った。
北ハルツームの別の目撃者はスーダントリビューンに、平服の治安部隊がデモ隊に銃弾を発砲し、また激しい暴行を加えたのを見たと語った。
ロイターの記者は群衆に警官が催涙弾を発砲する一方、数百人の銃と混紡で武装した平服の治安部隊が市の中心になだれ込むのを見た。他の者たちは政府ビル屋上に座っていた。治安部隊はピックアップ・トラックに約20人を載せて連れ去った。

アメリカ、暴力の終結を求める

ハルツームのアメリカ大使館は今日声明を出し、スーダンの継続中の暴力と財産の破壊を伴うデモとに懸念を持っているといった。
「我々は抗議活動の市民の自由、特に平和的な集会の権利と意見の表明の市民の抗議活動の自由を尊重するよう当局に求める。我々がすべての党派が暴力の行使を自制するよう求める」と大使館は言った。
「このスーダンに取り困難な時、双方とも注意を払い、自制することが重要だ」と声明は言った。
ワシントンのスーダン大使館は記者発表で燃料補助金の削減はアメリカの経済制裁の所為だと言った。
「スーダン国民に対する経済制裁の継続ため、スーダン政府はガソリン補助金を廃止した。一部の市民は政府ビル、ガソリンスタンド、ショッピングモール、私有財産に放火することでこの必要な経済措置に暴力的に抗議した。一部はまた警察を襲撃したが、警察は自衛し、公的私的財産を守った」と大使館は言った。
大使館はまたインタネット切断を課したことを否定した。
「スーダン政府はインタネットアクセスを妨害していない。他のターゲットと共に、暴力的なデモ隊はカナル電話会社の施設に放火した。それはスーダンのインターネット・サービスの中心基地のホストである。このような放火が結果的にスーダン全体へのインターネットアクセスの継続的切断を招いた」と大使館は言った。
「スーダン政府とカナル電話会社は現在インターネットサービスの部分的に回復し、インターネットアクセスが完全に完全に回復するまで取り組む」。
インターネット網を監視する会社、レネシス・コープはAPによれば、遮断が政府が行ったものか確認できないといった。しかしその停止は、スーダンの隣国エジプトにおける、当局が2011年の蜂起のさいいんたねっとアクセスを遮断した、類似の劇的な停止を思い出させる。
「それは政府が指示したものか、市で起こった暴動と偶然一致して起こった非常に壊滅的な技術的失敗かのいずれかである」と上級分析官ドウグ・マドリーは言った。彼はそれはほぼ「完全な停止」であると言った。

瀬戸際の経済

月曜スーダン内閣は、ガソリンとディーゼル価格をほぼ100%値上げするかどうか前夜審議し、決定を公式に承認した。
ガソリンは12.5スーダンポンド(公式の為替レートで2.84ドル)に対し、現在1ガロン21ポンド(4.77ドル)となる。
ディーゼルは8ポンド(1.81ドル)から14ポンド(3.18ドル)に上昇する。
家庭用ガスボンベは15ポンド(3.40ドル)から25ポンド(5.68ドル)に現在なる。
内閣はまた輸入目的での米ドルの為替レートを4.4ポンドから5.7ポンドに引き上げた。闇市場での為替レートは現在8.2ポンドである。
オマル・ハッサン・バシル大統領を含むスーダン政府幹部は、国家予算がもは国民に石油製品に関する寛大な補助金を提供し続けることができないため、唯一の代替案は国家の経済破綻しかないと言ってその措置を擁護した。
この10年にわたる前例のない経済発展と相対的な繁栄をもたらしたスーダンの石油ブームは、以前のスーダン国土の油田の約4分の3を有した南スーダンの独立で終焉を迎えた。
昨年、スーダン政府は燃料と砂糖の補助金を縮小し、閣僚数を減らす緊縮政策を発表した。それはまた闇市場での為替レートを引き下げる目的で厳しい通貨価値を結果的に引き下げた。
しかしその経済政策は標準的なスーダン国民が食料や他の日常品の購入を困難にさせる二桁のインフレを引き起こした。
スーダンポンドはまた対米ドル公式の4.4ポンドに対して、今週闇市場で8.2ポンドにまで通貨価値を落下した。
国内通貨安と為替資金の不足はスーダンが国内生産での不足を補うのに必須な食料輸入にさらに多額の資金が必要になることを意味した。それはまた海外に利益を必死に送金を求めるビジネスマンや外国企業にダメージを及ぼした。
今年の補助金削減はガソリンとディーゼルの価格をほぼ倍にした。それは国境を越える決心をさせるに十分で、他の商品やたとえばハルツームですでに25%値上げされた交通費のようなサービスの価格に波及的に影響を及ぼしそうである。
(ST)
posted by Kose at 14:36| ダルフール&スーダン

スーダントリビューン(2013/9/24)スーダン・デモ、オムドルマンに拡大

東京新聞が掲載した共同記事に相当すると思われるスーダントリビューン(フランスに本拠を置くスーダン全国紙、北スーダン国内紙は記事にもあるが厳しい検閲下にある)。南スーダン分離独立後、中国が石油を求めて保護してきたバシル政権が、石油の利益を失い、中国もどうやら手を引き、なんと国家破綻を意味する歳入不足と燃料高騰で、北スーダン市民に提供してきた燃料補助金を大幅削減。仮にデモがなくても国家も国民生活も危機的状況に陥っているという話。エジプト崩壊前夜に類似してきた。これは、統一スーダンを魅力的にするという南北和平をバシル政権が踏みにじり、南スーダンが独立してしまったことの大きな代償を支払っていることを意味している。
しばらくスーダンのことは全く忘れていたので、石油の分配がどうなったのかよくわからないが、北が財源を失う形う方向に動いたことがわかる。一時は南スーダンが石油を輸出できず、困窮を極めた時期もあったのだが。
豊田商事がケニアへの南スーダン石油のパイプラインを受注したニュースは掲載した。南スーダンにはジュバを中心に日本のPKOが展開している。
すべて金のためかもしれないが、金には平和が必要なのである。ちなみに柏刈羽崎原発停止後、日本はスーダン石油への依存を大きく高めた。スーダン石油が一時的に輸出が停止したため、電力用燃料としてアンゴラ石油や天然ガスにシフトした。そのスーダン石油依存の時期はダルフール虐殺の時期であり、日本人はじゃぶじゃぶ血の混じった石油でオール電化の夢を見ていた。
なお今日も新たな記事があるため、根性で訳すつもり。しかしのろくてすまんな。

Sudan’s NCP accuses SRF rebels & opposition of inciting protests that spread to Khartoum
スーダンNCP、ハルツームに拡大したデモを引き起こしたとSRFと野党を非難

Sudan Tribune - Wednesday 25 September 2013
http://www.sudantribune.com/spip.php?article48167
September 24, 2013 (KHARTOUM) - スーダン与党国民議会党は燃料補助金の大幅削減の政府の決定に抗議し、今週勃発したデモの背後にスーダン革命軍(Sudan Revolutionary Front:SRF)と野党がいると非難した。
オマル・ハッサン・バシルを含むスーダン政府幹部は国家予算では国民にもはや石油製品のための大きな補助金を提供し続けることがもはやできないため唯一の代替案は経済崩壊しかないと言って、その措置を擁護してきた。
この10年間前例のない経済成長と相対的な繁栄に火をつけたスーダンの石油ブームは、分離独立する前、油田地帯の約4分の3を有していた南スーダンの独立で終焉を迎えた。
昨年スーダン政府は砂糖と石油燃料の補助金の縮小と閣僚数の削減を含む緊縮策を提案し、また闇市場での交換比率を引き下げる目的で、苦境にたった通貨価値を切り下げた。
しかし経済情勢はニ桁の単位でのインフレを伴う厳しいものとなり、スーダンの一般国民は食料品や日常品への支払いに支障をきたすまでになった。
今週スーダン・ポンドはまたドルに対して、公式の4.4に比較して闇市場で8.2に急落した。
国内通貨安と外国為替の不足はスーダンが国内の食料生産を補うのに必須の食料を輸入するための資金を更に必要とすることを意味する。それはまた海外での利益を本国に送金することが困難になるビジネスマンや外国企業を直撃する。
今年の補助金削減でガソリンとディーゼル価格はほぼ倍になり、それは国境を越える覚悟をさせるに十分であり、他の商品やハルツームですでに25%増大した輸送交通のようなサービスの価格に波及的に影響を及ぼしそうである。
根強い政府の擁護にも関わらず、昨日スーダン第二の都市ゲジラ州都のワド・マダントの町で抗議活動が行われた。
デモ参加者は、警察が明らかに事態のコントロールを失い、軍部隊が配備されたとの報道の中、政府とNCPのビルに放火した。州政府は、夜間外出禁止令を思考する決定をするため緊急会議を招集した。
昨日スーダン警察は23歳の男性が、民間人の車両から抗議活動者が打った銃弾で死亡したと言った。そして犯人を特定するため捜査中だと付け加えた。
NCP組織部長ハメド・シデーグは火曜記者会見で、政府は他の州のSRF分子が抗議活動を引き起こすためワド・マダニに潜入したと主張した。
シデーグはデモの動機は経済問題の下に政治的問題が混ぜられたものだと言った。
「政治問題が絡んだ抗議活動は解決が難しい」とシデーグは言った。
ガジラ州知事、ズバイル・バシル・タハは、何らかの党派が政府ビルの放火し、主要な交通駅への集結に関与したと非難し、事態は封じられており、6人が逮捕されたと発表した。
彼は声明で、デモは月曜起こり、参加者はガソリンスタンドに放火し、20台の携帯電話を盗み、103人が逮捕されたと言った。
タハはまた37人の景観が負傷し、ペトロナス・ガソリン・スタンド、税務署、交通警察署に放火されたと発表し、デモ参加者が外国の集団と共同して大破壊を試みたと非難し、彼らは「汚れた水で釣りをしようとている」と言った。
NCPの強行派の知事はまた、デモ参加者が警察署、変電所、銀行、商店を襲撃したと非難し、抗議活動はSRFが実行したウム・ラワバとニャラの事件と類似していると主張した。
彼は、月曜のデモがSRFと共同して事前に計画されたと主張し、デモ参加者はゲジラ州の者ではないと指摘した。

デモのオムドルマンへの拡大

暴力的なデモは二日目に入り、ハルツームの双子の首都オムドルマンの一部に広がり、すぐデモ参加者が「進め…人民は政権転覆を望んでいる」と叫んで体制の転覆を求めるよう変わった。
オムドルマンの住民は公共交通機関の運賃値上げに抗議する高校生たちの大量のデモ隊を目撃した。彼らはそれから大量の一般市民の列に加わった。
ハルツーム大学の学生はまた、機動隊が大学の中央キャンパスを包囲したにもかかわらず街頭へ雪崩は混み始めた。
オムドルマンの通りはデモ隊、警察、治安軍間の衝突地域に変わり、デモ隊に何人かの負傷者が出た。
デモ隊は数十人の負傷者がこうじられる中、公共バスやNCPビルに放火した。
デモ隊はオムドルマンのメインストリートをなんとか掌握し、タイヤに火を放ち、警官が催涙ガスを放ち、いくつかの道を封鎖させるに至った。
学校や、オムドルマン市場の商店、公共交通機関は抗議活動の激化で閉鎖された。
オムドルマンの若者たちはデモを組織し、高校生や住民を動員するため、月曜夜通し会合を開いたと目撃者たちはスーダントリビューンに語った。「抗議のため学生を起こし、2つの高校の生徒を朝早く街頭に連れ出して、市民や労働者に加わった」と付け加えた。
また、それからデモ隊は近隣のアル・タウラ、オム・バダ、アル・フィタイハブのメインストリートを掌握するため移動し、警官と治安部隊が阻止を試みたが、できなかったと目撃者たちは言った。
活動家は当局がデモ隊を包囲するためオムドルマンに通じるいくつかのメインストリートを封鎖したことを明かした。
デモはゲジラ州都ワド・マダニで2日目も勃発した。
目撃者は約200人が下町に集まり、2つの市の大きま市場に向けて更新したと言い、当局がゲジラ大学、ワドマダニ・カレッジと病院に通じるすべての通りをブロックしたと明かした。
活動家は犠牲者の数が増えていると主張し、5人の児童が殺害されたといった。それは独立に確認された。彼らはまたSNSを通じて公的私的財産に放火しないよう求めるメッセージを送った。
南ダルフール州都ニャラ、中央スーダンのアル・マナジルとワド・アルハダド、ナイル河州のアトバラ、東スーダンのアルゲダレフで様々な程度の似たようなデモが報じられた。
一日を通じて、治安当局は100人を逮捕し、彼らはただちに訴追されると当局は言った。
オムドルマンの裁判所は、デモ隊の弁護士チームによれば、デモに参加した10人にすでにムチ打ちの刑を宣告し、彼らに200ポンドの罰金を課した。目撃者は裁判所でただちに刑は実行されたと言った。
デモ隊はまた機動隊に空中に実弾を発砲させ、オムドルマンに隣接するアル・タウラのメインストリートを封鎖し、デモ隊を解散させるため周囲の道をブロックした。
ハルツーム大学の工学部学生オスマン・モハメドはけ警察のトラックが大学に横付けされた、アル・ガンホリアとアル・ガマア通りに通じるすべての道を封鎖したと言った。
火曜夜までに30人の警官がワド・メダニとオムドルマンのデモで負傷した。
ハルツームを襲った最近の洪水の生存者の救援を行った若者の有力なグループであるナフィールは体制を転覆するため公共の区域に座り込みを組織するならデモ隊に無料食料を提供すると発表した。
匿名を希望したグループのメンバーは、平和的なデモ隊に食料、水、医療を提供する用意があると言った。
中央スーダンのセンナール大学学長は学生の生命を守るため無期限に大学を閉鎖する決定を出した。
インターネットに投稿された動画は、ハルツームからワド・マダニに向かう数十台の装甲人員輸送車を映した。治安筋は、増強部隊が市の過激化するデモを鎮圧するため実際送られたと言った。
当局は、月曜夜大規模なデモを想定して、ハルツームに隣接するジャブラ、アルダイン、アリアハファ、アルカウィート、アルヒラ、アルガディダの通りに民間人を装った軍を配備した。
スーダン当局はまた、デモの報道を新聞に禁じ、警察発表だけを行動するよう編集長に命じた。
ハルツームで、当局は「バシル打倒」「人民はバシル退陣を求める」とシュプレヒコールを上げたオムドルマンの数十人の女子学生をを逮捕した。
ある学生は民間人を装った治安部隊が23人の学生を警察署にミニバスで連行し、そこで嫌がらせをし、でもに参加しない制約書を書かせた。
オムドルマン最大の市場リビヤの商店は異例に早く夜閉店し、目撃者は市の通りの交通渋滞で火曜夜住民の帰宅は遅れたといった。
当局は共産党中央委員会メンバー、ニマト・マリクと前書記長アデル・ハリグ・マフグーブの未亡人をオムドルマンの自宅で逮捕した。
野党スーダン・カンファレンス党(SCP)議長、イブラヒム・アルシャイクは政権を非難し、スーダン人民を飢えさせたと糾弾し、デモ隊に対する過剰な暴力の行使の自制を政府に要求した。
彼はまた火曜出した声明で、スーダンの将来は政府とNCPの転覆と人民への権力の移譲にかかっていると付け加えた。
(ST)

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スーダンでデモ隊衝突、7人死亡 燃料値上げ抗議
東京新聞 2013年9月26日 10時11分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013092601001023.html
 【カイロ共同】スーダンの首都ハルツームなどで25日、燃料の値上げに抗議するデモ隊と治安部隊が衝突し、フランス公共ラジオによると、7人が死亡した。24年にわたり強権支配を続けるバシル大統領の退陣を求めるスローガンも聞かれ、当局はデモ拡大を警戒している。
 政府は23日から燃料への補助金を廃止し、ガソリンや調理用ガスの価格が2倍近くに急騰。デモは同日から実施され、3日目となった25日はハルツームの各所で計数千人が参加したとみられる。一部は暴徒化して車やガソリンスタンドへの放火、道路封鎖などを行い、治安部隊は催涙弾などで鎮圧を図った。
posted by Kose at 11:30| ダルフール&スーダン

2013年09月26日

新大久保じゃなくてスーダンのデモでもどう?

今スーダントリビューンの最新記事を訳出しているが、結構バシル政権末期的であるらしい。
バシルが、国連総会に行く予定だそうだが、自分の首をICCに突き出す代わりに、経済支援を得るのかもしれない。そんなことはないか???
ハイパーインフレで財政が逼迫して財政破綻もあり得るレベルらしい。バシルが外遊したら、クーデターもあっても驚かない。
ぜひ安倍ちんにはPKOが行っている南スーダンを支援して欲しい。ICC締約国でもあるしね。
翻訳は長いし、しばらく英語に触れてなかったので、一時の猛烈に速いスピードは出ない。明日には何とかしたい。

スーダンでデモ隊衝突、7人死亡 燃料値上げ抗議
東京新聞 2013年9月26日 10時11分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013092601001023.html
 【カイロ共同】スーダンの首都ハルツームなどで25日、燃料の値上げに抗議するデモ隊と治安部隊が衝突し、フランス公共ラジオによると、7人が死亡した。24年にわたり強権支配を続けるバシル大統領の退陣を求めるスローガンも聞かれ、当局はデモ拡大を警戒している。
 政府は23日から燃料への補助金を廃止し、ガソリンや調理用ガスの価格が2倍近くに急騰。デモは同日から実施され、3日目となった25日はハルツームの各所で計数千人が参加したとみられる。一部は暴徒化して車やガソリンスタンドへの放火、道路封鎖などを行い、治安部隊は催涙弾などで鎮圧を図った。
posted by Kose at 16:16| ダルフール&スーダン

2013年09月23日

なぜバシルは国連総会に出席可能か?

国際刑事裁判所(ICC)に日本は締約しているから、来日したら逮捕する義務がある(アフフリ連合(カダフィの遺物)の決議でアフリカでは締約国でも逮捕されない可能性があるが)、アメリカがICCに締約していないため、なんとニューヨークの国連総会に出席できるのである???
アメリカが戦争ばかりしていたため、アメリカ大統領が訴追されかねなかったから締約しなかったのである。国際連盟の場合と同じである。
まあ、シリア情勢でアメリカと国連安保理の弱腰を見透かされた形だ。
公海上で、バシルの乗った飛行機を締約国に強制着陸させるという強行手段もかつては考えられた。トルコのアラブ首脳会議に出席を試みた時である。結局その時は、断念した。
シリア情勢が、「保護する責任」の議論抜きに国連で扱われた結果である。
独裁者たちが羽根を伸ばして、国民を殺せるいい時代になったものだ。
さらに国連の権威が低下した象徴となるであろう。

バシル大統領、国連総会出席方針 スーダン紛争で国際手配
東京新聞 2013年9月23日 09時06分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013092301001362.html

 【カイロ共同】ロイター通信などによると、スーダン西部のダルフール紛争をめぐる戦争犯罪などで国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているスーダンのバシル大統領が22日、米ニューヨークでの国連総会に出席する方針を明らかにした。26日に演説を予定している。

 米国はICCに加盟しておらず、バシル氏を拘束する義務はないが、法廷で裁きを受けるべきだと主張してきた。一方、国連との取り決めにより入国査証(ビザ)を発給する義務があり、対応に苦慮している。

 バシル氏はスーダンでの記者会見で、モロッコ経由で渡米する予定で、既にニューヨークのホテルを予約していると述べた。
posted by Kose at 12:43| ダルフール&スーダン

2013年09月12日

豊田通商、南スーダンに油送管 アフリカ投資の呼び水に

恐怖の俺様は、NHKのように目先の話であたふたしているのではない。
以下の今日の東京新聞の記事の最初の報道は俺がダルフール・トリビューンで2010年3月4日(震災の約1年前)、スーダントリビューンの記事を受け、豊田通商のホームページで確認したものである。極めて早い一報であった。
その後南北対立(紅海へのパイプラインで北スーダンを通してしか南スーダンが輸出できないという高い政治的利害に直結していた)のため、ずっと表舞台から消えた話だ。
何でも反対のやつには反対しやすい話だろうが、南スーダンが「国民国家」と「国民経済」をもった「近代国家」になる、非常に重要な契機である。隣国ウガンダやケニヤが比較的アフリカの優等生であるため、日本企業のこの貢献で、この地域の安定と経済発展に大きく貢献するものと思う。

さあ、東京スカイツリーに行ってこよう。

2010/3/4-5ST,FT 追加:豊田、ポート・スーダンの迂回路となるケニヤ=ジュバ石油パイプラインを提案
ダルフールトリビューン 2010年3月4日
http://darfur-tribune.seesaa.net/article/142750748.html


豊田通商、南スーダンに油送管 アフリカ投資の呼び水に
東京新聞 2013年9月12日 08時07分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013091201000700.html
 【ナイロビ共同】南スーダンからケニアに通じる石油パイプライン(総延長約2千キロ)の建設に向け、豊田通商が、年内にも両国とウガンダの3カ国政府と共同で会社を設立する方針であることが分かった。早ければ来年に着工する。東アフリカを統括する現地法人、豊田通商イーストアフリカ(ナイロビ)の鈴木宙社長が12日までに共同通信に明らかにした。

 総建設費50億ドル(約5千億円)以上の大型開発計画で、日本企業の投資の呼び水になることが期待される。中国に対抗し、アフリカ進出を強めたい日本勢に弾みをつけることになりそうだ。

posted by Kose at 08:58| ダルフール&スーダン

2013年08月12日

ダルフール部族間紛争、100人が死亡 アラブ系同士(朝日)

ダルフール部族間紛争、100人が死亡 アラブ系同士
朝日新聞 2013年8月11日19時37分
http://www.asahi.com/international/update/0811/TKY201308110062.html
 【ヨハネスブルク=杉山正】スーダン西部ダルフール地方で10日、アラブ系部族同士の衝突があり、約100人が死亡した。AFP通信が伝えた。
 衝突があったのは、東ダルフール州のアディラ近郊。部族間の戦闘が今年に入り激化しており、5カ月間で30万人が家を追われているという。
 ダルフール地方では、2003年に黒人住民がアラブ系の中央政府に蜂起して紛争が泥沼化した。政府が支援するアラブ系民兵による住民の殺害も相次ぐ。死者は30万人に上り、最悪の人道危機と呼ばれる。
 近年は反政府勢力が細かく分裂しているほか、アラブ系部族間での衝突も相次いでいる。

Darfur battles rage as scores reported killed
Rezeigat and Maaliya tribes continue fighting, a day after reports of 100 killed in attacks.
ダルフールで戦闘が荒れ狂い、多数が死亡したと報じられる
リゼイガトとマアリヤ部族は100人が死亡したと報道された翌日も先頭を継続している
AljazeeraLast Modified: 11 Aug 2013 20:50
http://www.aljazeera.com/news/africa/2013/08/2013811153948508634.html

今年数百人がすでに死亡した政情不安の中100人が死亡した翌日、スーダン・ダルフール地方を揺るがした。
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アルジャジーラ最新記事(拙訳)

Darfur battles rage as scores reported killed
Rezeigat and Maaliya tribes continue fighting, a day after reports of 100 killed in attacks.
ダルフールで戦闘が荒れ狂い、多数が死亡したと報じられる
リゼイガト(Rezeigat)とマアリヤ(Maaliya)部族は100人が死亡したと報道された翌日も先頭を継続している
AljazeeraLast Modified: 11 Aug 2013 20:50
http://www.aljazeera.com/news/africa/2013/08/2013811153948508634.html
今年数百人がすでに死亡した政情不安の中100人が死亡した翌日、スーダン・ダルフール地方を揺るがした。
日曜ダルフール南東のアディラ地域(Adila)で戦闘は起こったと情報筋は言った。
「戦闘は今日多くの地域に広がった」とリゼイガト族のメンバーは言った。「渡しはランドクルーザーで、エドダエインの病院に負傷したリゼイガトを何人か見た。
アディラ南部での戦闘とニヤラの医師が西部に行くのを確認したあるマアリヤの住民はAFPに何人かの負傷したマアリヤ人がそこで治療を受けたと言った。
「我々はマアリヤ人と衝突し・・・彼らの施設を破壊、70人を殺害した」と別のリゼイガト情報筋が匿名を条件に言った。
彼らは日曜の犠牲者数を上げることは出来なかったが、部族情報筋は土曜数十人が死んだといった。
部族間衝突は今年ダルフールの暴力の主な源泉である。ダルフールではアフリカ国連ダルフール平和維持ミッション(UNAMID)によれば最初の5ヶ月で推定30万人が避難を余儀なくされた。
今年の暴力の急増に先立ち、ダルフール紛争で行き場を失った140万人の人々が難民キャンプにすでにいる。

アルディヤなんだが、何もない

大きな地図で見る
posted by Kose at 08:33| ダルフール&スーダン

2013年05月31日

特別投稿:スーダン革命戦線(SRF)

最近、北コルドファンでのスーダン革命戦線(SRF)とスーダン政府都の間の戦闘に関して、一方的にハルツーム政府側の主張を主張を報道する記事が毎日新聞と、ウォール・ストリート・ジャーナルでなされた。その記事に無前提に登場するスーダン革命戦線(SRF)について、補足するため、更新は中止したままだが特別に投稿する。
*SeeSaaの旧ブログに投稿した記事である。

Sudan Revolutionary Front (SRF)
Sudan Tribune
http://www.sudantribune.com/spip.php?mot812
スーダン革命戦線(SRF)
The Sudan Revolutionary Front (SRF) is a coalition between the rebel groups in Darfur, South Kordofan and Blue Nile. They include Darfur rebels:
Justice and Equality Movement (JEM)
Sudan Liberation Movement/Army - Abdul Wahed (SLM-AW/SLA-AW)
Sudan Liberation Movement/Army - Minni Minnawi (SLM-MM/SLA-MM)
And rebels from South Kordofan and Blue Nile States:
Sudan People’s Liberation Movement/Army - Northern Sector (SPLM-N/SPLA-N)
スーダン革命戦線(SRF)はダルフール、南コルドファン、青ナイルの反政府勢力感の連合体
彼らには次のダルフール反政府勢力が含まれる:
正義と平等運動(JEM)
スーダン解放運動・軍ーアブデル・ワヒド(SLM-AW/SLA-AW)
スーダン解放運動・軍ーミニ・ミナウィ(SLM-MM/SLA-MM)
そして南コルドファンと青ナイルの反政府勢力が含まれる:
スーダン人民解放運動・軍ー北部 (SPLM-N/SPLA-N)

スーダン革命戦線(Sudan Revolutionary Front:SRF) from Wikipedia in English
http://en.wikipedia.org/wiki/Sudan_Revolutionary_Front
スーダン革命戦線(英語 The Sudan Revolutionary Front, アラビア語 الجبهة الثورية السودان、時折 Sudanese Revolutionary Frontとも呼ばれる)はオマル・バシル政府に対立するスーダン諸党派の連合である。
それはハルツーム政府とスーダン人民解放運動北部に対するダルフール反政府グループの何度かの支援の後、2011年12月12日設立が宣言された。
同盟はスーダン解放運動・軍の2つの主要党派や、もうひとつのダルフールの主要反政府勢力正義と平等運動、そして南コルドファンと青ナイルの反政府を統合する。SRF結成の宣言はJEMと他の党派が革命後のイスラム教の役割に関する喰い違いが解消されるまで遅れた。
各グループの調印者はSPLM-Nのヤシル・アルマン、JEMのアフメド・トゥグド、SLMヌル派のアブドゥル・ガシム、SLMミナウィ派のラヤフ・マフムードであった。

活動地域
SPLM北部の総長でSRF高級政治委員会の著名なメンバーであるヤシル・アルマンは、SRF結成後簡潔に、「ハルツームを含むすべてのスーダンが活動地位域である」と言った。しかしJEMとSLM両派はダルフール地方に本拠を起き、青ナイルと南コルドファンにおけるスーダン政府との戦闘に乗り出してはいない。12月後半、JEM兵士がオマル・バシル大統領を倒すため北コルドファンに進軍したが、その作戦中にその指導者ハリル・イブラヒムが殺害され、退却を余儀なくされた。

他方スーダン政府は隣国南スーダンが反政府グループを支援していると避難している。南スーダンのインフラや難民キャンプの空爆に加え、スーダンはまた告発されるところでは、南スーダン内の武装野党党派を支援しているとジュバ政府は主張している。
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スーダン政府、反政府勢力との協議打ち切る
The Wall Streat Journal 2013年 5月 29日 07:05 JST
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323625804578511701816102738.html
 スーダン政府は28日、反政府勢力との協議を打ち切ると明らかにした。反政府勢力には南スーダンが手を貸していると主張し、南スーダンから原油を運ぶパイプラインを閉鎖する可能性も示唆した。過去2年間に数万人もの避難民を生み出した紛争はアフリカ連合(AU)主導で解決策が模索されていたが、この取り組みが大きく後退する格好だ。
 スーダン政府軍は、石油資源のある南コルドファン州で何日も激しい戦闘を繰り広げ、反政府勢力の支配下にあった主要都市アブ・ケルショラを奪回したところだ。
 スーダン政府報道官のラビエ・アブデラティ氏は「市民を恐怖で威圧する人々との協議は継続できないというのが(バシール)大統領のメッセージだ」と述べた。
 スーダン政府軍が27日遅くに南コルドファン州北東部のアブ・ケルショラを取り戻したことは、スーダン革命戦線(SRF)との戦いにおける重要な勝利を意味する。フセイン国防相は、「この地域に平和が戻るまで」反政府勢力への攻勢を続けると述べた。
 バシール大統領は国営スーダン通信(SUNA)で、南スーダン政府がスーダンの反政府勢力の支援を続けるのであれば、南スーダンからの原油パイプラインを閉鎖すると語った。また、SRFを今後は正式に認めない考えを示した。SRFは、かつて南スーダンと手を握っていたスーダン人民解放運動を中心に、複数の反政府勢力で構成されている。アブデラティ氏はダウ・ジョーンズ経済通信に対してこの発言を認め、南スーダンが反政府勢力の支援を続けていることにバシール大統領がいら立ちを募らせていると説明した。南スーダンの情報相とはコメントを得るための連絡が取れなかったが、これまで南スーダンは一貫してスーダン側の主張を否定している。
 先週末から激化した今回の戦闘は、かつて敵として戦ったスーダン、南スーダン両政府間の亀裂を深める可能性がある。内陸国の南スーダンは関係改善に向けた数々の合意を踏まえ、1年3カ月にわたって停止していたスーダンへの原油輸送を先月再開したばかりだった。
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スーダン:大統領「反政府勢力支援なら南の石油通さず」
毎日新聞 2013年05月29日 20時00分(最終更新 05月29日 20時49分)
http://mainichi.jp/select/news/20130530k0000m030043000c.html
 【ヨハネスブルク服部正法】アフリカ東部スーダンのバシル大統領は27日、「南スーダンが(スーダン国内の)反政府勢力の支援をするなら、石油パイプラインを永久に封鎖する」と述べ、スーダン国内を通過する南側の石油輸出を今後止める可能性に言及した。南スーダン側はバシル大統領の発言に反論しており、和解が進んでいた南北スーダンの間で再び緊張が高まってきた。
 バシル大統領は「南スーダンの兄弟たちへの最後の警告だ」と強く迫った。一方、南スーダン政府報道官のマリアル情報放送相は「南スーダンは反政府勢力の支援をしていない」と否定している。
 スーダンでは先月末、反政府勢力「スーダン革命戦線(SRF)」が中部の要衝ウム・ラワバを攻撃して一時制圧した。ウム・ラワバは首都ハルツームの南西500キロに位置し、SRF側は「我々はハルツームに向かう」と宣言した。SRFの攻勢はスーダン政府に衝撃を与えたようだ。
 SRFは、西部ダルフール地方で長年政府側と戦ってきた武装組織や、南スーダンの与党「スーダン人民解放運動(SPLM)」系の武装組織「SPLM−N」による連合体。スーダンは南スーダンがSPLM−Nを支援していると批判するが、南スーダン側は関係を絶ったと説明してきた。
 南スーダンが2011年7月に分離独立する以前の旧スーダンはアフリカ有数の産油国だったが、油田の4分の3が南にあり、輸出港は北のみだった。両国は石油収入の分配を巡って対立が激化し、昨春には国境地帯で両国軍が衝突を繰り返した。だが、その後に和解交渉プロセスが進み、先月には停止をしていた南スーダンの石油生産が再開していた。
posted by Kose at 11:55| ダルフール&スーダン

2011年07月11日

ダルフール・トリビューンは禁煙のため10月21日で終わり

今月中に、スーダン政府とLJMの間の和平協定調印は確かであろう。南スーダン独立は、スーダンのアンチ・ハルツーム勢力の意識に大きな影響を及ぼして、ダルフール紛争の一応の終結からスーダン全体の情勢不安に方向を変えると思われる。

また話が長くなるわけだ。

ところで2007年4月からダルフールトリビューンはやっているが、僕にも意見も生活もあり、あまりの中だるみに、こっちでお勉強ごっこをやっていたわけだ。公理的集合論による論理学によって、素朴論理学(言語哲学)が当然視していた指示の不能性が、明らかになったのは、こっちのおぼつかないお勉強の最良の成果である。

デリダのあらゆる議論のうち正当なものは、この問題に直接関係していると思われる。しかしデリダは公理主義ではなく、概念実在論(実念論)の批判者でしかないので、簡単に数学的に言えることを文学的に述べているに過ぎない。これにのったリチャード・ローティが、いかにお調子者で不勉強化がわかる。

パースは大変面白いので今後かなり長く読むんじゃなかろうか。非形式論理学はフレーゲじゃなくてパースだよ。論理学者出てこいだよ。

さて、公理的集合論の最低単位がやはり集合であることは、たとえばエスニック・グループの名指しが可能であることを示す。必然であるわけではない。

逆に論理的に個人を名指すのは、不可能である。

これがウルトラ原子論のラッセルの集合観を批判した結果である。

個人を名指すことが可能に思えるのは、言語において個人が自分が名乗ることができるからに過ぎない。犬の固有名と人の固有名はその言語能力に応じて強く異なるのである。

したがって固有名論において、語用論なしには何も語るべきことがないことがわかるのである。

それ故、クリプキはラッセル同様誤りである。

指示という第三者性が一面的なのは、陳述文が一面的なのと同じである。

かくして、理論的形式言語の野望と、「意味」の問題は全然異なる問題なのである。

と、いままで読んできた分析哲学の本はほとんど役に立たなかった。やれやれ。

しかしサールへの道はこれで正当化されたわけだ。

ところで、タバコをもうやめようと思うのだが、今日明日止めると言うのは無理なので、10月21日お誕生日から禁煙することにした。

それを持って、本家ダルフールトリビューンのストレスから自分を解放するため、終わりにすることにした。


まあ、忍耐力はずいぶん養われたものだ。英語力はそう高くなったとは言えない。もう年なので学習効率がひどく悪いのである。

こっちは、ストレスにならない限り、続ける。

まあそれだけのご報告である。
posted by Kose at 08:35| ダルフール&スーダン

2011年07月07日

南スーダン共和国の地図を作った

本家
http://darfur-tribune.seesaa.net/

に7月9日土曜、独立する南スーダン共和国の地図を独立まだしていないのに作ってしまった。
こちらにも掲載する。(画像をクリックすると大きな画像が表示されます)

South-Sudan_Map_by_state.gif

South_Sudan_map_by_Town.gif

南スーダンがどこかと言うと、スーダンの南なのだが、スーダンがどこにあるかが、平均的な日本人はわからない。

スーダンは、エジプトのナイル川上流(エジプトの南)にある。南スーダンはその南なので、ナイル川のさらに上流である。

ナイル川は、スーダンの首都ハルツームで東西から合流しており、西のウガンダから南スーダンを貫通するのが白ナイルである。東のエチオピアからスーダンに流れ込むのが青ナイルで、こちらはスーダンに帰属する。

南スーダンの首都ジュバ(Juba)は、白ナイルのもっともウガンダよりの中央エクアトリアにある。

南スーダンは日本の二倍の面積があるが、舗装道路が約60kmしかないそうである。ほぼインフラゼロである。

60かそれ以上のエスニック・グループが存在し、同程度の言語あるいは方言があるため母語で、南スーダンを作ることはできない。英語がおそらく公用語になるだろう。昨日NHKで聞いた国家が英語だったから多分そうであろう。

まあ石油が資源なのだが、それはあざとい話の好きな人に任す。なお本家アメリカ・エネルギー統計のスーダンの最新ページを最近訳出して掲載してあるのでそれをご覧いただきたい。
http://darfur-tribune.seesaa.net/category/6473261-1.html

最大のエスニック・グループはディンカで次はヌエルだが、いったいディンカやヌエルという大規模なエスニックグループが始めから存在したのかは不明である。というのもそのサブグループ間で、交渉がなかったり存在を知らないことがあるのがわかっているためである。このようなグループ化はイギリス植民地行政官が適当にやった可能性が非常に高い。なので確かにマルチ・エスニックなのだが、それが政治的にマルチ・エスニックとは直ちに言い難いのである。たぶん内戦の中でエスニックな一体性がディンカを中心に形成された可能性が高い。そして今後も近代国家の形成のプロセスで、エスニシティの凝集性が高まる可能性もある。しかしたとえば初等教育の整備の進展が速ければ、エスニシティは、非政治的になるであろう。

上の点は、しばしば学者やジャーナリストが、社会集団の形成のプロセスを無視して、ある不動のエスニシティが存在すると信じた報道をするため気を付けてもらいたい点である。

当たり前だが、標準語教育がなされなかったら、明治時代、津軽の人と薩摩の人はほとんどコミュニケーションとれないほど違ったことばと文化を持っていたであろうことと比較することができる。

文化の相対性も相対的に変動するのである。

このため、サピア=ウォーフ仮説に断固として反対しているのだし、クワインの翻訳不確定性を論破したつもりになっているのである。
posted by Kose at 20:58| ダルフール&スーダン