2016年05月26日

パット・メセニー@新宿文化センター5/25

う〜む、副都心線東新宿駅が最寄り駅ということで、降りたら、なんか大規模商業施設の地下を長々歩いて、新宿文化センター方面というサインを信じて、歩き出した。地下から地上に出るとまったく方向感覚がなくなる。途中でコンビニで道を聞いて「左をまっすぐ行くと突き当ったら、左に折れて交番の裏」と言われた。途中で新宿文化センターのサインは見つけたものの、全然「突き当らない」。半信半疑で突き当たるまで歩いたら、伊勢丹イーストの配車口までついてしまった。明治通りと靖国通りの交差点目前であることが分かったところで、やっと方向感覚が戻って、すぐに逆戻り。そしてさっきのサインのところを左折。かなりくたびれながら、なんだか何かあるのかないのかわからない道をとぼとぼ歩くとやっと新宿文化センターに到着。

5〜6曲終わっていたらしい。入ったら曲間は、移動禁止。立ちっぱなしで聞いていたが、なんとパット・メセニー(Gui)とアントニオ・サンチェンス(Dr)だけ曲。二人とも音数多いから楽曲として成立しているじゃないですか。

今回はあまりコンセプトはなく、アコースティック感、音色、枯れた感じが伝わる演奏だった。たぶんフルアコの音色従来とは少し変えて、高音が出るようにしていたと思う。少し生ギター感のニュアンスが出る音色だった。サービス曲はともかく、メインは「音」。バンドはGui. Dr. Bass. Piano.のカルテット編成。ベースは女性。

しかし、ぼくは歩き回って、疲れ果てて汗をかいていて、そこにエアコンの風が当たったものだから、ものすごく静かな演奏の最中に、咳やくしゃみが出そうになって、それを我慢するのでしんどかった。

いかに58年怠けて生きていたかを思い知らされる、完璧なライブ演奏でした。

これは数年前の錦糸町のホールでライブをしたグループの演奏
posted by Kose at 07:43| Music Story

2016年05月16日

グレッグ・オールマン名誉博士号授与さる

Mercer, President Jimmy Carter award Gregg Allman with honorary degree
May 15, 2016
Gregg Allman received an honorary doctorate of humanities during Mercer's Spring 2016 commencement ceremony.
グレッグ・オールマン(オールマン・ブラザーズ・バンド、Vo. Key.)はマーサー大学の2016年春の学位授与式で人文学の名誉博士号を受けた。


グレッグ・オールマン ソロ(2015秋?)
posted by Kose at 13:17| Music Story

2016年04月03日

超カッコいい’70年代ロック再現:Tedeschi Trucks Band and Friends: Mad Dogs & Englishmen 9-11-2015 VA

テデスキ・トラックス・バンド+レオン・ラッセルによる故ジョー・コッカーのマッドドッグス&イングリッシュメンのツアーを再現!!!



September 16, 2015 - Tedeschi Trucks Band paid tribute to the late Joe Cocker by re-creating the legendary 1970 Mad Dogs & Englishmen tour with Leon Russell at this past weekend’s Lockn’ Festival in Arrington, Virginia. Welcoming original Mad Dogs & Englishmen members as well as special friends, Tedeschi Trucks Band, led by guitarist Derek Trucks and singer/guitarist Susan Tedeschi, headlined a Friday evening set dedicated to the influential rock and soul collective that featured a historic gathering of guests Chris Robinson, Dave Mason, John Bell, Warren Haynes and Anders Osborne alongside renowned percussionist Chuck Blackwell, keyboardist Chris Stainton and Leon Russell himself.

Tracklist:
01 Introduction Music
02 The Letter
03 Darling Be Home Soon
04 Cry Me A River
05 Girl From The North Country
06 Dixie Lullabye
07 *Bird On A Wire
08 The Weight
09 *Superstar
10 #Delta Lady
11 @Let's Go Get Stoned
12 Band Introductions
13 +She Came In Through The Bathroom Window
14 %Feelin' Alright
$Sticks And Stones
$Space Captain
Encore:
Ballad Of Mad Dogs And Englishmen (Leon Russell Solo)
With A Little Help From My Friends
Susan Thanks/Outro

* With Rita Coolidge On Vocals
# With John Bell On Vocals
@ With Alicia Shakour On Vocals
^ With Doyle Bramhall On Vocals
+ With Warren Haynes On Guitar And Vocals
% With Dave Mason On Vocals
$ With Chris Robinson On Vocals
posted by Kose at 12:32| Music Story

2016年03月27日

Los Rolling Stones en Habana



どうも南米ツアー中だったみたいね。3月10日にコロンビアでライブをやっていることが別の動画でわかる。
posted by Kose at 09:14| Music Story

2016年03月15日

ランディー・マイズナーの妻、銃で事故死のもよう

ランディ・マイズナーの妻、ラナ・レイ・マイズナーが3月6日にカリフォルニア州スタジオシティの自宅で銃の暴発により死亡したことが明らかになっている。
RO69 2016.03.08
http://ro69.jp/news/detail/140081

同日午後17時30分頃、自宅に酔っ払いの男性がいるとラナから通報があり、警察はDVの通報として受け付け自宅を訪れたが、事件性はないと判断し、そのまま立ち去ったという。しかし、その1時間半後に今度はランディが警察に通報を入れ、妻が銃撃死していると訴えたという。
デイリー・ニュース紙によると、戸棚の中にいたラナはライフルが暴発したことで顔面もしくは頭部に銃撃を受けて絶命したと警察関係者が語ったという。ラナは戸棚の中でライフルをケースから持ち上げようとしていたというが、別なものがライフルに当たって引き金を引いてしまったと警察では説明している。
「現場の証拠を検分した結果では完全に事故のように思われます。事件性を窺わせるものはなにもありません。他殺と思わせる手がかりなどはまったくありませんでした」と警察では発表している。
その後、7日になってランディは病院に収容されたと伝えられているが、ランディの親族に近い関係者は「家族の人たちはみんな心配していますね。どこにいるのかよくわからないそうです。ランディはなにもかもすべてラナに頼っていましたから。現時点ではこの先なにがどうなるのかはまったくわからない状態です」と語っている。
ランディはドン・ヘンリーと1月に他界したグレン・フライと並ぶイーグルスのオリジナル・メンバーだったが、『ホテル・カリフォルニア』を最後に1977年に脱退。その後、94年にイーグルスが再結成した際には声がかからなかったと語っていて、せめて1999年の大晦日のミレニアム・ライヴに参加させてもらえないかとお願いした際にもすげなく断られたとその後明らかにしている。

注;
ヒストリー・オブ・イーグルス・ツアーの頃には健康がかなり悪化していて、バニー・レドンのようにカムバックできなかったみたいだ。

Wikipediaより抜粋
イーグルスには1976年の『ホテル・カリフォルニア』の制作までオリジナル・メンバーとして参加。しかし、1977年9月にイーグルスを脱退する。後任には、ポコでもマイズナーの後任を務めたティモシー・B・シュミットが加入。私生活でもドラッグ癖など自堕落なライフスタイルが仇となって結婚生活は破たんする。
1998年にはイーグルスがロックの殿堂入りした際に授賞セレモニーに登場。イーグルスのメンバーとともに「テイク・イット・イージー」「ホテル・カリフォルニア」を演奏した。
2004年頃から心臓疾患を患い、現在はあまり人前で演奏する機会は多くないが、ロサンゼルスのスタジオ・シティにおいて、1996年に結婚した2人目の妻と暮らしている。

posted by Kose at 04:03| Music Story

2016年02月28日

音楽関係の最近の検索履歴の疑問に答える:キューバン・ボレロ、ワイルドマウンテンタイムのコード

ボレロが、スペイン語のバレエそのものであることは調べだした。
現代スペインでは、エスクーラ・ボレーロとして残っている。
パリが政変で、バレエが衰退したとき、スペインのボレロが人気を博し、そのためラヴェルら19世紀末〜20世紀初めのクラシック作曲家がこぞって題材とした。ラヴェルの有名なボレロは、3拍子だが、2拍子の曲もある。ラヴェルは特殊で、直前のアメリカ旅行のジャズ体験とボレロを組み合わせたものだと気づくやつは少ないと思う。完全に同じテーマの繰り返ししかないスタイルは、ジャズからの引用で、リズムがボレロからの引用だと思われる。
問題のリズムは、スペインにありふれたカスタネットのリズムで書くの難しいが
タン・タタタ・タン・タン
のバリエーションである。ラヴェルは
タン・タタタ・タン・タタタ・タン・タタタン・タタ
なんだが、要するにタとタタンの繰り返しを増減すればいろんな表紙のいろんなパターンができるのである。パターンは「感じ」である。もとのカスタネットのニュアンスは失われてしまうかもしれない。
キューバのボレロは1910年代に誕生したから、クラシックと同じ時代である。経路はわからない。ラテン音楽は全部二拍子なので遅く弱い
タン・タタン・タン
みたいに聞こえる。タンゴにも似通っている。キューバのリズムは、パターンとしては日本人はよく区別がつかないのだ。
検索されたのは
Quiereme Mucho

である。
これが、ルンバかボレロかということであった。キューバン・ボレロであるが正解である。Wikipedia英語版によれば、クリオレ・ボレロ、クリオレ=クレオールで、田舎のボレロという意味合いらしい。
ルンバでないのは
タアン・タアン・タ|ウン・タン・タン・ウン
という「アン」「ウン」の相当するシンコペーションをクラーベスが打たないからである。特に古い音源の場合は。しかルンバ歌謡というのもあって、それはどう聞いてもリズムがないベタな曲である。
めんどくさいのは1950年代のラテンブーム以降のより新しい音源だと、クラーベスのパターンを例えばベースがやる(ニューオリンズのセカンドラインなど)があったり、マンボの場合のように、ルンバの変奏部を取り出して別にしたりするので、はっきりとしたことはSTAP細胞騒動以上にわかっていない。
キューバ音楽専門家によるルンバのフランス宮廷音楽〜ハイチ宮廷音楽〜キューバ亡命起源説は全くの嘘だと信じる。
そのようなラテン音楽のリズムに影響を一番与えたのは、ジャズ同様初期軍楽隊の音楽だと思う。つまりスーザ・タイプのマーチを各国で貧しい黒人が解釈するといろんなバリエーションができちゃったというのが真相だと思う。国民国家誕生と軍楽隊の成立と植民地独立の政治的背景があるのである。須田桃子はどう思うだろうか。
スペイン「国王行進曲」がシンコペーションなしのルンバであるのはかなり明確だと思う。


ラテン音楽のジャンルはアメリカのレコード会社の売り込みのためという商業的一面がある。
パンク、ヘビメタ、グランジ、ミクスチャー・・・・新しそうで売れればそれでいいんだ。
ドリカムのアホが、少し前今アメリカで最新のリズムで曲を作ったというのを聞いたら、単純化したルンバだった。それはアメリカでヒスパニックが非常に増えた事情を反映している。サルサ=プエルトリコのルンバである。この場合はピアノがクラーベス・パターンを演奏することが多い。
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スコットランド歌謡の「ワイルド・マウンテン・タイム」は1950年代にFrancis McPeakが作った曲で、最初の録音はわきに抱えるタイプのバグパイプとハープによる演奏であった。原曲は古く18世紀までさかのぼるらしいが、原曲の原曲らしい演奏というのはわからない。アメリカの1960年代のフォークブームでトラディショナルと勘違いされ適当な録音がされた。特にバーズ。
次がオリジナルの演奏である。現代とはことなりコード感があまりない。あるいは物足りない。メロディーラインに非常に特徴があるのだが、それを何っていたらいいのか。スコットランド人のマーク・ノップラーは完全にオリジナル曲で再現しているけどね。スコットランドとアイルランドは民族的につながりがあるので、それを区別する意味はあまりないとおもわれる。アイルランドはイングランドの植民地だったということだ。そんでアイルランドの大飢饉で大量のアイルランド人がアメリカのアパラチア山脈あたりに後発移民として入植して、そこら辺から「カントリー」が出現したということだ。

The McPeake Family動画集








このタイプのバグパイプはなんとブリューゲルの風俗画に見られる。
posted by Kose at 09:30| Music Story

2016年02月18日

イーグルス、39年越しのグラミー賞授与

イーグルス、39年越しのグラミー賞授与
BARKS 2016-02-18 00:53:09
http://www.barks.jp/news/?id=1000124394
第58回グラミー賞授賞式でグレン・フライの追悼パフォーマンスを行ったイーグルスに、サプライズが待ち受けていた。
ジャクソン・ブラウンとともに「テイク・イット・イージー」を演奏したイーグルスのメンバーは、パフォーマンスが終了しテレビ中継がCMに入ったところでステージを去ろうとした。しかしそこで、突然壇上に現れたグラミー賞プロデューサーから「待った」がかかった。
プロデューサーによると、イーグルスは1977年に「ホテル・カリフォルニア」で年間最優秀レコードにノミネートされたが、バンドメンバーはこの曲が本当に受賞するかどうか自信が無かったため授賞式を欠席した。しかし蓋を開けてみると、見事受賞。結局トロフィーは直接イーグルスのメンバーに渡されることはなかった。そこでプロデューサーは今回直接トロフィーを渡すサプライズを計画したというのだ。
その後グラミー財団会長ニール・ポートナウも壇上に登場し、晴れてバンドメンバーにトロフィーが授与された。その際ポートナウはホテル・カリフォルニアが収録されたアルバムについて「史上最高のアルバムのひとつ」と評したという。天国のグレン・フライも喜んでこの様子を見つめていたことだろう。

posted by Kose at 07:24| Music Story

2016年02月16日

Members Of The Eagles And Jackson Browne Pay Tribute To Glenn Frey At The Grammys

イーグルス&ジャクソン・ブラウン、「テイク・イット・イージー」追悼グレン・フライ、2016年グラミー賞
posted by Kose at 19:31| Music Story

2016年01月21日

Too Fast To Live, Too Young To Die, Bye Bye!

Eagles / James Dean / 1974 California Jam


Eagles / Already Gone / 1974 California Jam


Eagles / Midnight Flyer / 1974 California Jam


Eagles / Take It Easy / 1974 California Jam


’70年代の“How Long”

EAGLES - HOW LONG - 3/10/1973 (Live)


おまけ:ヒストリー・オブ・イーグルス・ツアーのハンディ・ビデオから

"Train Leaves Here This Morning" The Eagles@Wells Fargo Center Philadelphia 7/16/13






バイバイ!
posted by Kose at 06:59| Music Story

2016年01月19日

グレン・フライ ワイルド・マウンテン・タイム

グレン・フライのソロのライブアルバムにも収録されている。初めて聞いたのはバーズだと言っていたと思う。
こういうのもあるんだ。ドミナント終始しないので、コーラスが延々と続く感じ・・・終わらない・・・

Wild Mountain Thyme - Glenn Frey (Live Dublin 1992)


The Wild Mountain Thyme

O the summer time has come ああ、夏が来て
And the trees are sweetly bloomin' 木々に甘い花が咲き
And the wild mountain thyme 野原のマウンテン・タイムが
Grows around the bloomin' heather 
Will ye go? lassie go? 行かないかい?一緒に行こうよ

Chorus:
And we'll all go together 僕らはみな一緒に行くんだ
To pull wild mountain thyme  野原のマウンテンタイムを積みに
All around the bloomin' heather 紫のヒースの周りに咲く
Will ye go? lassie go? 行かないかい?一緒に行こうよ

I will build my love a bower (summerhouse) ぼくは愛する人に小屋を建てる
By yon cool crystal fountain あそこの冷たい水晶みたいな泉のそばに
And round it I will pile その周りにぼくは積む
All the wild flowers o' the mountain 山の野原の花々を
Will ye go? lassie go? 行かないかい?一緒に行こうよ

(chorus)

And If my true love's should not come もし恋がかなわなかったら
I will surely find another 他の人を探す
And to her I will sing そして彼女に歌う
To pull wild mountain thyme  野原のマウンテンタイムを積みに
All around the bloomin' heather 紫のヒースの周りに咲く

(chorus) ×2
posted by Kose at 18:08| Music Story