2013年06月22日

ヤンキーズ、イーグルズの件

festival は発音を中高生が調べるのに大変便利だ。ただし文章になると抑揚がないのでいいねとは言いがたい。
テキスト・トゥー・スピーチ(TTS)の分野の先進企業はAT&Tで、アップルもグーグルもここの特許を使っていると思う。
一番自然とされるAT&TのTTSのデモ版は次のサイトで使用出来る。
http://www2.research.att.com/~ttsweb/tts/demo.php

さて問題は「Yankees」「Eagles」の「s」が濁るか濁らないかである。
USAの場合


UKの場合


というわけで、UKだと明確に濁る。USAだと濁らないように聞こえるかもしれないが、清音の場合、より耳障りな子音が聞こえる発音になるため、このよくわからない語尾は濁っている方に入るのである。曖昧で弱い清音と濁音に区別は難しい。

結論 目くじらを立てるならNHKその他は全部違っている。「元ザ・ニューヨーク・ヤンキーズの松井秀喜」である。
posted by Mondayota at 10:11| 日記

2013年05月29日

C言語も学ぶ

実際の話、コンパイル済みのパッケージをインストールするのでない場合、すでに影で

gcc

によるコンパイルを利用していたのだ。最初に確認したのはVine LinuxでのDropBoxのインストールでだったが。

そういうわけで、ワンス・アポンナ・タイム、PC98でBASICインタープリタを使って以来、プログラミングをする。C言語も少しかじった。本を見ながらパソコン通信ソフトのプログラムをコンパイルして、ちゃんと動き、ニフティーサーブにもAsahi-Netにも書き込むことができた。ぼくがボサノヴァ趣味に走ったのは、なんどNiftyサーブのブラジル音楽のなんていったかな、仮にグループとしておくが、それで四谷のサッシペレレが小野リサの親父が経営しているダンスフロアのあるサンバクラブだという事を知ってからである。

それはともかく、とにかくC言語のコンパイルをやってみた。エディターはEmacsを使うのがいいらしい。開発環境を調べたら大変たくさんあるが、Emacsでかけてなんぼであるらしい。

コード
#include <stdio.h>

main()
{
printf("Hello World\n");
}


次が間違えながら、「Hello World」をコマンドラインに出力させたスクショである。
first-C-programing.png

なんとなく思い出したような気がする。先ほど、北区立図書館でCとC++の本を借りてきた。本当に北区の図書館いい。ついでに「ブラジル音楽100」という5枚組のCDも借りた。オリンピックの所為か?ジョアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビンは入っていないが、あとは結構いい。カエタノや、ジョアン・ボスコやらガル・コスタまではいっている。全部ブラジルものは、落ちぶれた時処分したので久しぶりである。

全部、iTunesでインポートした。Ubuntuマシーンは80GBしかないので、さすがにCD5枚インポートすると他の用事に使えなくなる。まあUSBメモリにインポートすればいいという意見も検討したが、現在USBメモリは、ディストリビューション・インストール用のメディアなので、音楽などには使っていられないのであった。
posted by Mondayota at 15:40| 日記

2013年03月20日

大江戸線による上野旅行

三田線から大江戸線への乗り換えは外に出ることなくかなり近く行うことができた。
大江戸線の上野御徒町は、鈴本演芸場の近くである。

上野恩賜公園入り口の人波
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西郷さんの周囲がきれいに整備された
西郷さんと東京スカイツリー
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西郷さんの後ろにある壁の謎のサイン
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人、人、人、桜、桜、桜、仮設トイレまだなし
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やっぱり人間って多いなと思う。渋谷のスクランブル交差点より多い。
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上野動物園方向
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何もせず、どこにもよらず帰った
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少なくともテレビ局が2局インタビューしまくっていたが、うまく写真に納めることができなかった。まだソメイヨシノがいまいちなので、早咲きの桜を一生懸命とっている写真家が大勢いた。もう咲いていれば何でもいい感じである。

仮設トイレを建設中らしかった。今日は間に合っていなかったが、トイレが渋滞すると言うことはなかったようだ。気をつけたい点である。

最近はやりという花柄ぱんつだが、あれはやはり確実におばさんに見えると思う。花柄ではなくきつい派手な幾何学模様ならいいと思うんだが。仮におばさんにみえなくても、おばさんが楽だからすぐマネすると思う。そして夏前に消えると思う。夏はひまわりパンツかよ???
posted by Mondayota at 16:49| 日記

2012年12月29日

東洋大からこんなものが

哲学を、持て 東洋大学

この裏には、箱根駅伝の地図や応援の注意事項が書かれていて、沿道まで行って上の手ぬぐいサイズの旗(ただし紙製)を掲げて応援せよと言うことらしい。「哲学を、持て」ではなく、これを持てという自己言及的な哲学なのかもしれない。

ご存じの通り、柏原君卒業しちゃったし、このシーズンの2大会負けているので、来年の箱根駅伝は「哲学を持つ」以外に方法論はないであろう。

ぼくが横浜につとめていたとき、同じ職場になった女の子は、戸塚あたりの歩道橋で駅伝を見ていたとき日テレのカメラマンに軟派されてつきあって寿退職したという話がある。権太坂付近じゃなかったか???

沿道で応援するというと、それしか思い浮かばない。

ところでジム・ゴードンは自殺したんじゃなかった。ごめん、精神分裂病(当時)にかかって、母親を殺害し、なぜか実刑16年を食らって収監されたらしい。しかも刑期を過ぎても釈放されないらしい。精神分裂病で責任能力が認められたのだから、もっと早期に釈放されて、進歩した統合失調症の治療を受ける権利が彼にはあると思うのだが、そんなことはクラプトンには関係ない話だというわけである。本当にクラプトンとクラプトン・ファン死ねよ。

似たような話で、フランス構造主義の哲学者ルイ・アルチュセールも、精神分裂病(当時)にかかって、妻を殺害したが、責任能力がないと認められ、おそらく措置入院のような処置になったのであろう。知らん。浅田彰ちゃんと説明しろや。なんでお友達のラカンはアルチュセールの病気を治療できないんだ?主体が√-1だからか?

そういうわけで哲学は必ずしもよいものではないので、東洋大には賛同しかねる。

むしろ一定のばかげた哲学を持っていないと、自分が間違った哲学を持っていることに気づきようもないということであろう。

今日、デイブ・メイスンの「デイブ・メイスン&キャス・エリオット」と「ヘッドキーパー」(半分スタジオ、半分ライブ)が到着した。安かったのに日本盤であった。

そのためライナーノートがあり、「キャス・エリオット」によると、そもそもデイブ・メイスンは、イギリスを離れたあとロサンゼルスに住んで、アメリカでもカントリーロックの数少ない仕掛け人として知られるグラム・パーソンズの紹介でデラニー&ボニーに参加。ここがあれだけれど、ブラインドフェイスの前座をツアー中に知り合ったクラプトンとアホな友人ジョージ・ハリスンが先に入ったという点で、1年間程度の間のことだが、全く機会が異なるということが初めてわかった。

傑作「アローン・トゥギャザー」(ブルーサム)と、コロンビア移籍後の「忘れえぬ人」の間の、ほぼ無視される3枚に意味がないとは思われない。
*どっかの馬鹿が、「アローン・トゥギャザー」がMCAだとかほざいていたが、ブルーサム出だされ、MCAに売られた子だ。

まずロサンゼルスに住んでキャス・エリオットなどと親交を結ぶことで、むしろ南部音楽より、ウェストコーストのアコースティック・サウンドの影響が強くまた、好きだったとしか言いようがない。

「アローン・トゥギャザー」の方が南部ブームの副産物というべきであろう。

それは「レイラ」がそうなのと同じである。まあクラプトンファンは同列に並べるのはご不満だろうけれど。

とにかくデュアン・オールマンが死んじゃったのだから、南部ロックなんてお先がしれていたのである。

「キャス・エリオット」は、一部CS&Nと聞き間違えそうになるほどアコースティックでコーラス重視であるが、曲がなぜか1960年代へ逆戻りしているのである。これが話題にならなかった理由であろう。ママス&パパスのイメージもついて回っただろうし。

さてドミノスに参加をすぐにやめたのは「アローン・トゥギャザー」制作のためだとわかった。それは大変利口なことだった。ただしソロ第二作で、ブルーサムとメイスンがギャラの問題でもめたため、なんと作りかけの「ヘッドキーパー」を含むオリジナルテープを、デイブ・メイスン、スタジオからかっぱらって逃げたのだそうだ。やるじゃないか。

トラフィックに出たり入ったり、結構主導権争いではトラブル・メーカーの面を優しい曲を書くメイスン氏もっている。ただ酔っ払って何でも人任せにしたりはしない。

それで、ブルーサムが強硬手段に出て、スタジオに残ったテープと、トルバドゥールでのライブテープで、「ヘッド・キーパー」と「デイブ・メイスン・イズ・アライブ!」の0.5枚のスタジオアルバムと1.5枚のライブアルバムをリリースしたのだった。

その後裁判を経て、コロンビアへ移籍し、そして制作した「忘れえぬ人」が、正式なソロ第2作と言ってよろしい。

さすがに、トラフィック時代の音源を混ぜた「アライブ」は、非難を免れないが、デラニー&ボニーの「オン・ツアー」のひどさに比べたら、「オンリー・ユー・ノウ・アイ・ノウ」のできは「アライブ」の方がよろしい。

たとえばクラプトンに「ECワズ・ヒア」というひどいアルバムがあるが、あれよりは100倍ましである。

なんといっても、「ヘッドキーパー」と「アライブ」のライブの会場がトルバドール(Troubadour)であるというのは、嬉しい。若きイーグルスの最後の曲「サッド・カフェ」はこのトルバドールのことを歌ったものである。

ライブの日付が全くわからないが、「ヘッドキーパー」が1972年2月リリースで、「キャス・エリオット」(1971年3月)の曲が含まれるので1971年後半か、ってそんなこともわかっていないってどういうこと。

まあしかしまだ古き良き夢のカリフォルニアの香りがしない?しないか・・・

さて、一般にブルーサムが悪くて「ヘッドキーパー」と「アライブ」がアーチストの意向を反映していない偽物だという評価が支配的だったのだけれど、どう考えても、バンドの主導権をめぐって出入りが激しいことだけは明らかなデイブ・メイスンのわがままな気質から、制作途中のテープを盗み出したことはそんなに正当化できないようにも思えるね。

そういうわけで、「ヘッドキーパー」は作りかけの「忘れえぬ人」だし、1.5枚のライブは、別に演奏が悪いわけでないし、小さな会場でリラックスして演奏している感じは、大金飛び交うロック業界ではなくなったものの一つだと思うよ。まあドキュメンタリ以上の価値はある。

さて、アコースティックでハーモニーが豊かなその後音楽は、デラニー&ボニーとうより、CS&Nに近いのであって、なんかわからないが彼のイギリス人的なマイナーなしっとりしたメロディ感覚が、カリフォルニアのメジャーな乾いたサウンドに混じるという離れ業を評価しなさすぎである。

まあロックから離れすぎじゃないか、やはりもう少しギターの練習しろよ、という気がしないでもないが、逆に演奏志向の肥大化したスーパーグループがお好きな人にいわれる筋合いはない。メロディや曲を練らないでセッションの延長で録音しちゃう人とは縁がないのである。

ちなみに、「アライブ」のジャケットについて考えたことはなかったが(買ったのは高校生の時である)、これって何か金属製のケースにデイブ・メイスンをいれてねじで留めて、盗まれないようにしたとみるのが正しいのだろう。
Dave Mason Is Alive! big.jpg

posted by Mondayota at 17:14| 日記

2012年07月04日

図書館行って日経をコピーしてこようと思ったが

前回の投稿が有料会員限定であったため、図書館に行って新聞自体をコピーしてこようと思ったが、暑くてそのことすっかり忘れて、単にぶらぶら散歩して帰ってきた。その散歩の途上「歌謡曲」という歌謡曲をかけるかなと思った。

家族の寝静まった夜
あたしはイライラ眠れない
そこに忘れられたラジカセ
スイッチ入れる 歌流れる 歌謡曲

あ〜夫ははげていびきをかき
あ〜子供は彼に似て間抜けに育つ
あ〜私歌謡歌手にあこがれて
自分がブスなんだと気づくの遅れたの〜
歌謡曲 自分に酔う しらふじゃいられない
酔いしれる 夜明け前 カラスが〜〜〜〜鳴き始める

というのはどうだろう。
通常演歌の「女性」が水商売の女であると暗に仮定されていることがキチガイであると言った一つの根拠である。
かりに、単なるブスの主婦に関するリアリズムの立場に立った歌謡曲というのはこういう歌詞になるのじゃなかろうか。

また午後図書館に行くつもりだ。
また練習曲のトラックをギターを弾きながら変えたので掲載する。ギターはミュートしてある。

posted by Mondayota at 10:57| 日記

2011年01月02日

写真:王子稲荷

王子稲荷は、関東の稲荷の元締めであるそうだ。
稲荷信仰自体は、かなりあてにならないけれど、江戸時代に大変人気が出て、まあそこらじゅうに稲荷様が祀られる自体になったそうである。しばしば私有地にあるのもその流れであるらしい。狐と稲荷はそのころ結びついたんじゃないか?
王子稲荷は落語に「王子の稲荷」というのがあって、その稲荷である。そういうわけですべての稲荷が神道かどうかはかなり怪しい。狐火とか狐憑きとか、かなりが民間信仰、その外国の通信社風に書けばアニミズムに近い。

王子稲荷そばの名主の滝はお正月でお休みでした
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王子稲荷門
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王子稲荷階段
*なぜこんな急な階段かというと江戸時代、この下は海でずっと上野までそうだが崖だったのである。
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王子稲荷の狐
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王子稲荷本殿
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王子稲荷奥の石を持ち上げられるかで占う社への入り口の稲荷っぽい赤い鳥居
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その石を持ち上げる社を上から見たところ
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posted by Mondayota at 16:58| 日記

2010年05月18日

重力に逆らって坂を転がり上るボールの映像+エッシャー

重力に逆らって坂を転がり上るボールの映像


スラッシュ・ドットに掲載されていたもの:
ポイントは、柱が斜めになっていることと正方形の中心に頂点がないく、最初の状態だと真ん中が長く、正方形に対して突き出て見えてしまうことか?
明治大学の杉原厚吉特任教授という人がやっているそうだ。

次はエッシャーの無限階段を立体模型にしたもの


そう言う見地でないエッシャーの無限階段作品もあった。
A Day In The Life Of An MC Escher Drawing (Short Film)


下の階と上の階が直角であるエッシャーの騙し絵のCGによる解説


エッシャーネタは多い。


メタモルフォーズ 360%の変身
posted by Mondayota at 12:33| 日記

2010年02月06日

DT記事を投稿してしまったので・・・

DTの記事を投稿してしまった。
これは同じブログシステムを使っているため、FireFoxで複数のタブで、あっちとこっち開いている時、新しく開いた方にログインした状態で、古い方に記事を投稿したつもりになった場合起こるミスなのです。

哲学的話題ばかりが続いていて申し訳ない。
ダルフール和平協議が、再始動する様子が確認できないため、なかなか楽しくないスーダン史のことをやる気にならないだけである。
べつにもしダルフールがある程度終わっていたら、ハイチのことをやった方が、アクチュアルだし、ナショナリズム研究の射程にはいるので良いのかも知れない。
DTではハイチの救援イベントの情報は、何の断りもなく掲載している。それはぼくがダルフールについて何の背景もなく関与したのと同じことである。

ナショナリズム論は、生産的ならダルフール紛争分析に大いに貢献するだろうけれど、ネイションとは何か、エスニシティとは何かという抽象論・本質論であるかぎり無意味であるのは、ラッセルのパラドクスで示したのである。もっと抽象度の高い集合論において、そのような自立的人間集団を定義するのは、困難なのではなくパラドクスなのである。国籍は法的暴力的定義があるので、その限りで、定義が可能である。しかしそれは集団の一体性の一部でしかない。国籍よりも広くあるいは狭く、人間の自立的集団性はあり得るのである。しかしパラドクスに基づく恣意性のため自立的集団性は排他的でも固定的だとも弾ぜられないのである。

「エスニシティとは何か」で、ヌエルのメンバーがお互いに同じメンバーかアイデンティティを持っているわけではないというのは、単にそう言うことである。

何らかの紛争とか権力が同一性の自覚を作るとしか言いようがない。したがって、ダルフール紛争を人類学的に解釈するのを完全に拒否するのである。まさにダルフール紛争の経緯の中で、地域の集団の恣意的境界性が活性化したと言うべきなのである。あるいは、植民地権力が分割統治をしようとしたその恣意的権力によって、おそらく多元的な集団的アイデンティティが、分類整理可能なものに変容されたのである。スーダンというのは、そのように考えない限り、まったく捉えようがないのである。

何もしていないと言うことはなく、青柳真智子編「国勢調査の文化人類学:人種・民族分類の比較研究」古今書院、2004年という本も読んだ。面白くないので放ってあるだけである。この本は実は同氏の「エスニシティとは何か」の続編である。そのヌエルとディンカに関する非決定性に関する議論が採録されている。比較研究とタイトルにあるが、何も比較はされていない。スーダンに関する項目もあるが、あまりにずさんで、これ以上人類学者を罵倒するのも忍びないため、論評しない。ーダンの国勢調査がずさんだということを、裏付ける研究をしていないためである。

とにかくスーダンに言論の自由、移動の自由、命の保証がないのだから、スーダン学者にすこしでも期待する方が間違いである。

さて、現象学にこだわっているのは、デリダの現前の形而上学批判が、エクリチュールよりもパロルを優位とするのが、形而上学という点を、ダルフール紛争に当てはめるためである。人類学者はパロルの、写真家は視覚の現前の形而上学に取り憑かれていると応用できるわけである。
まるで百聞は一見に如かずで、ダルフールに言って、あなたはナニ族で間に語を話し、ナニ派ですかとインタビューしてまくり、彼らの写真を撮りまくって、写真にキャプションをつけてダルフール博物館を作れるか?という問題設定を立てるのである。

いったいその博物館の真実性は保証されるか。それは空想の博物館であり、おそらく何の区別も付かなくなるだろうというのがぼくの現前の形而上学批判である。

これに照らして、国勢調査からナニがわかるかと言えば、権力者の偏見とタブーと政治的正しさから、国民について不整合な、あるいは非常に不十分な証言しかしえないであろうと言うことである。

こういうことはまるでダルフール紛争と関係のない、ラッセルとデリダと、それによって補強されたナショナリズムの理論の一部からあらかじめ結論されてしまうと言うことである。

つまり経験主義者は間違えると言うことである。まず相対的なアプリオリな枠組みを作る方が、お金も時間も節約できるというわけである。

そのような枠組み無しに、現地に行くのは阿呆船に載るようなものだと言うことである。

いちおう暫定的な考えは以上。
posted by Mondayota at 20:32| 日記

2007年02月12日

白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ

父親がしょっちゅう言っていた短歌はつぎのもので、若山牧水作だそうです

白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ

解説は次のページで。近代短歌の金字塔だそうです。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/bungsono/shisoro/100nin084.htm
http://question.excite.co.jp/kotaeru.php3?q=1592138
*哀しからずや=尊いな

普通の解釈では青を背景とした白の存在感の印象主義的な描写ととるべきでしょう。父親が何を考えていたかは僕もわからないので、まあ真相はご想像にお任せします。
posted by Mondayota at 18:17| 日記