2013年12月24日

ディンカとヌエルは民族対立ではない

読売新聞が軽率にも、南スーダン現大統領キール政府に対する、前副大統領マシャール派の背後に民族対立があるとかいたが、全くの嘘っぱちである。

民族(ネイション)が、未だ存在しないのが南スーダンの政治的現状である。民族がいない以上、民族対立はない。

存在するのはかなり緩い通称ディンカとヌエル、アザンデその他非常に多くの部族的集団である。これはイギリス植民地やイギリス社会人類学者や言語学者がつくったカテゴリーでしかなく、およそフランスやスペイン程度の広大な地域に、少なくともヌエルやディンカは分散して住んでいるのであり、互いに同じ文化集団に属していると知っているかどうかもわからず、政治的統一性を持つようになったのは、70年に渡るスーダン内戦でディンカがアラブ支配の北スーダンとの先頭でSPLMの組織的な中心となった後、それを通じてでしかない。

ヌエルは政治的統一性に非常に乏しいと思われるし、アザンでやその他は、局地的集団であるともわれる。

南スーダンでは、独立前後から、SPLMの地方の武将が反乱軍となる事象が起こっている。

マシャール派は政治中枢に近いから規模は大きいが、民族的な政治的統合を背景にしたクーデターではなく、あくまでも武将の反乱にすぎないと思われる。

隣の中央アフリカやチャドなど、このあたりの反政府勢力というのはそういうものだ。

ヌエルは分散して牧畜(有名な牛信仰をともなった)民で、全く伝統的なウシ泥棒に内戦で氾濫した銃が加わって、ディンカとではなくジョングレイ州の様々な集団と致命的な衝突を繰り返しているが、これは何ら政治的意味合いがないし、それとマシャール派の反乱を結びつけるのには強い証拠が必要だ。読売新聞はこの検証を欠いているし、また検証には、世界中の文化人類学者や民屋学者の動員が必要だろう。言語だけでも莫大な数を数える。ようするにこの辺りは、ナイルとサハラを通じた集団の交通点で、文化的的言語的集団すら非常に流動的なのである。

国土がかなり手付かずの密林や草原でしかなく、舗装された道路もない中で、例えばユニティー州を反乱軍が掌握したというのは、どういう意味があるのだろうか。ジョングレイ州のボアを制圧したというのは、広大なかなり荒廃した土地として知られるジョングレイ州の何を掌握したのだというのか?つまり掌握できても、点でしかないのである。

移動は困難を極め、反乱軍も政府軍も攻撃用ヘリコプターもミサイルも持っていないから、ゲリラ戦程度しか起こりえないと思われる。

そもそも、民族=国民形成途上で、有力なディンカとヌエルが、政治的統合に向かっているというのが、ジャーナリズムが書くべき事柄である。その文化集団の政治統合が平和裏にか抑圧的にかなされるだろう。そのプロセスは避けては通れない。

彼らが南スーダン人というアイデンティをもつのか、ディンカやヌエルの政治統合を通じた南スーダンへの統合となるのか事態は複雑である。

今回の反乱は、近代化のプロセスの事象にすぎないので、例えば日本の明治維新後の西南戦争と比較することができるだろう。

民族(ネイション)は、近代化の途上、想像力により作られるものなのである。
posted by Kose at 13:54| ダルフール&スーダン