2013年02月05日

カントリーで行きまっせ #2 ジミー・ロジャース(カントリーの父)

3人のジミー・ロジャースがいる件で、すでにジミーロジャースを扱った。
1)カントリーの父、シンギング・ブレーキマン、ブルーヨーデルのジミー・ロジャース(Jimmie Rodgers:1897-1933)
2)マディ・ウォーターズ・バンドのギタリスト、シカゴブルースマン、ジミー・ロジャース(Jimmy Rodgers:1924-1997)
4)60年代ポップシンガー、ジミー・ロジャース(Jimmie Rodgers:1933)
似たような名前はさらにいくらでもいると思うが、米音楽界ではこの3人である。
1)と2)は同じくらい偉そうだが、3は格落ちである。

今回は1)カントリーの父、ジミー・ロジャースである。

Jimmie Rodgers.jpg

出身は、アパラチアやその周辺ではない。いわゆるミシシッピデルタの中心部といえるだろう。しかし彼は小作(シェアクロッパー)の息子でもなかった。
家庭の事情ではっきりしないが、ミシシッピ州東部のメリディアンか隣接するアラバマ州西部ゲイガーのいずれかである。父親が鉄道会社勤務で、ロジャースも鉄道への憧憬を持っていたが、早くも13歳で旅芸人のショウを始めた。彼の父親が鉄道の水係の仕事を彼に見つけ、ロジャースはそこで鉄道手やホーボーからギターピッキングを習ったりしたというロマンチックな話が伝えられている。そして彼の兄がつとめていたニューオリンズとメリディアンを走る「New Orleans and Northeastern Railroad」会社の制動手(ブレーキマン)の職に就く。鉄道の話が長かったのは、なぜ彼が「歌うブレーキマン」と名乗ったかで、このフレーズがその後「シンギング・カウボーイ」という用語の元ネタになるからである。
 その鉄道は現在は「Norfolk Southern Railway」に吸収されて残っている。
ロジャースは27歳で結果を患い、鉄道会社を一時辞めるが、そのとたん再び旅芸人ショウをを再開するが、サイクロンでテントをとばされ断念し、マイアミで再び鉄道の職を得るが1年経たずやめ、1927年メリディアンに帰る。

 すでに鉄道が整備されて、それで、旅芸人が巡回ショウやっていたことがうかがわれる。それがミンストレルと呼ばれるのか呼ばれないのか何にも分からない。しかし、ロジャースがさまざまな音楽に接する機会が豊富にあったことを示唆する。これは、通説のカントリーのアパラチアン起源説が、19世紀末以降の物理的交通や、社会的交流などの流動化を媒介にしてない、人的伝搬説であることを示唆する。ロジャースの存在は、鉄道とラジオが、後にカントリーと呼ばれるものに決定的役割を果たしたことを物語るものである。この移動や交流がない場合、音楽は宗教的装いを脱げないわけである。この点は白人も黒人も同じで、ゴスペルと、カントリーないしブルースにスタイル上の違いがないのはこのためである。それにすでに見たようにピアの移動レコーディングのテクノロジーが加わる。これらがすべて、沈黙していたかのような南部の音楽文化の一面を商業的で洗練されたものに変えるようになるのである。ミンストレルが起源であってもなくてもだ。

 そしてロジャースは、ノースカロライナ州アシュヴィルのラジオ局WWNCで4月18日午後9時30分オーティス・カイケンダルと演奏。数ヶ月後テバヴァ・ランブラーズというバンドを「ブリストルで」結成!ジミー・ロジャース・エンターテイナーズとしてラジオ番組を持つ。7月バンド仲間がピアのブリストルのレコーディングを知り、8月3日にブリストルに到着。翌日録音が決まったが夜の議論でバンドは解散。ロジャースだけの録音となった。「The Soldier's Sweetheart」「Sleep, Baby, Sleep」を約二時間で録音してロジャースは100ドルを受け取る。

 レコードは10月7日リリースされまあまあのヒットとなった。ロジャースは11月さらに娯楽性を高めようとニューヨークに行って、ピアとセッションを行い、「ブルーヨーデル」(Blue Yodel)と知られる「Tフォー・テキサス」(T for Texas)が生まれた。ビクターがリリースすると50万枚のヒットとなった。彼は一気にスターとなり、ショウはソールドアウトとなるようになった。

Jimmie Rodgers - T For Texas (1927)


コードはブルース進行を借用しているのは明白だし、次の歌詞の通り、美声とヨーデルにもかかわらず、ブルースである。
T For Texas(Blue Yodel No1.) *必ずしも同じではない。

TはテキサスのT、テネシーのT
TはテキサスのT、テネシーのT
TはテキサスのT、テネシーのT
TはテルマのT
俺を傷つけた女の名前さ
[Yodel]: O-De-Lay-Ee-A-Lay-Ee-O-Ly-Ee

女なんかいらないなら
もめ事とは関係ない
女なんかいらないなら
もめ事とは関係ない
女なんてお客よりたくさんいるから
汽車は汽笛を鳴らすのさ
Yodel

俺はピストルを買いたい
威勢をはるためにな
俺はピストルを買いたい
威勢をはるためにな
俺はかわいそうなテルマを撃つんだ
ただ彼女が驚いて飛び上がるのを見たいから
Yodel

俺はショットを買うんだ
長い縦断のベルトのついた奴
俺はショットを買うんだ
長い縦断のベルトのついた奴
俺の女を盗んだ
牧師を撃ちたいから
Yodel

泥水を飲むくらいなら
人のいないぼろ屋さがして眠るのさ
泥水を飲むくらいなら
人のいないぼろ屋さがして眠るのさ
アトランタに行って
野良犬みたいに扱われるくらいなら
Yodel


彼が、弾き語りで、それまでの主役のフィドルなどマウンテン・ミュージック楽器を使わなかったのは気がつかないが、きわめて新しい。これはレコーディング技術ででかい音の楽器に頼らなくてもよくなったことが大きいかもしれない。
またジミー・ロジャースが、ブルース詩をよく知っていたのは明らかである。自分を捨てた女への恨み節は、まあ多くのブルース歌詞の特徴であるから。ジミー・ロジャースがブルース詩に影響を与えた可能性も否定できない。ハウリン・ウルフは明確にインタビューで、ロジャースのヨーデルをコピーしようとしたできず、ハウルことになったと語った。
Howlin' Wolf - Smokestack Lightnin'


白黒つけたがる人には残念だし、黒人差別が厳然とあったのは本当だが、南部で相互に影響があった可能性はかなり高い。
初期のブルースマンも同時期レコーディング次々やっている。レイスレコードで黒人向けと思うかもしれないが、大半の黒人がプレーヤーを買えるほど恵まれていなかったのだから、録音の動機は曖昧で売れもしなかったらしい。

ジミー・ロジャースは、1928年からコロンビア映画のショートフィルム「シンギング・ブレーキマン」に出演し、その姿を後世に残した。というかビートルズに先駆けること30年余年、世界初のプロモーション動画。

Jimmie Rodgers, "The Singing Brakeman" (1930)



「Blue Yodel No.9」(1930)は、弾き語りではなく、ルイ・アームストロングとの共演である。
http://youtu.be/9BFbY9Vw8DM

人気のある曲のひとつ
'T.B. Blues' JIMMIE RODGERS (1931)
http://youtu.be/kgObKhTzHe4

結核の病気もちだったが、大恐慌後、ツアーを多数こなさなければならず、健康をむしばんだ。次の2曲が35歳1933年他界する直前に録音したものである。前者はマディー・ウォーターズに同名異曲のものがあるというか、「Tフォー・テキサス」同様、歌詞にマディ・ウォーターを読み込んでいる
'Mississippi Delta Blues' JIMMIE RODGERS (1933)


Jimmie Rodgers - Years Ago (The last recording of Jimmie Rodgers)


マール・ハガードがよくカバーし、「 Same Train, A Different Time: Merle Haggard Sings The Great Songs Of Jimmie Rodgers」というアルバムを出した。
Merle Haggard - My Old Pal
http://youtu.be/I0LlR9IJ1tI

Merle Haggard - Hard Times Blues("No Hard Times") Live
http://youtu.be/7FBVw6_kss4

ディランは、1997年多数のミュージシャンのトラックを含むトリビュートアルバムを制作した
The Songs of Jimmie Rodgers, A Tribute


1. Dreaming With Tears In My Eyes - Bono
2. Any Old Time - Alison Krauss And Union Station
3. Waiting For A Train - Dickey Betts
4. Somewhere Down Below The Mason Dixon Line - Mary Chapin Carpenter
5. Miss The Mississippi And You - David Ball
6. My Blue Eyed Jane - Bob Dylan
7. Peach Pickin' Time Down In Georgia - Willie Nelson
8. In The Jailhouse Now - Steve Earle & The V-Roys
9. Blue Yodel #9 - Jerry Garcia, David Grisman, & Jophn Kahn
10. Hobo Bill's Last Ride - Iris DeMent
11. Gambling Bar Room Blues - John Mellencamp
12. Mule Skinner Blues - Van Morrison
13. Why Should I Be Lonely - Aaron Neville
14. T For Texas - Dwight Yoakam

ブルースをナンバーをヒットさせた最初の人であり、ハウリン・ウルフだけでなく、当時の多くのブルースマンにも影響を与えた。イギリス人と違って白人が黒人をパクっていたばかりではないことを示す労働者階級のヒーローである。

Mississippi John Hurt - Let The Mermaids Flirt With Me
http://youtu.be/0Voii1RlWc0

残念だが、カントリーに偏見が多い日本人は、ジミー・ロジャースの功績をまったく評価できていない(僕も知らなかったが)。日本盤のCDはない。

Elton john and Leon russel - Jimmie rodgers dream (2010)
http://youtu.be/Iurh6-IQBxY
posted by Mondayota at 12:59| カントリー