2017年03月23日

また眠れない

困ったものだ。
睡眠はしばしば浅いものの、だいぶよくなったと思ったのだが。

チャック・ベリーの曲を録音しようと取り組んてみた。しかしキーが全然違うので、なんか全然違うものになりそうなので止めてしまった。

いずれにせよフラットな8ビートは生まれていたかもしれないけれど、信じられないかもしれないが、本当にそれでヒット曲を作ったのはチャック・ベリーが世界初である。

フラットなリズムは、ブルーグラスとかアパラチアンミュージックとスピードの速いR&Bが結合したもので、ただ8分音符を8つ並べたという音楽が本当になかったのは驚くべきことだ。チャック・ベリーでもシャッフルと8ビートは混在していた「ジョニー・B・グッド」「ロールオーバー・ベートーベン」は8ビートだが、「ロックン・ロール・ミュージック」は、シャッフル、「ベイベリーン」はどちらかというとカントリーに2ビートだと思う。その他いろんなリズムを試していて、50年代のラテン音楽も取り入れてる気配があり、シャッフルをなくすアイディアが出たかもしれない。

合掌!

第二次世界大戦がなければ、ロックはなかった。
途中まで調べたんだけれど、第二次大戦前まではだいたいビッグ・バンド・ジャズ一色なんだよね。ラジオが1930年代に普及だから。
それで日本も娯楽は忌避されたかと思いきや、1930年代になるともう軍歌ばかり。戦前歌謡のCDを母が聞きたがったから買ってきたら、まあハレンチな愛国演歌ばかりだ。
アメリカでも若干に多様な愛国ポップスはあったんだが、それよりビッグ・バンドを維持するようなショートか何とかが出来なくなったのが、戦後ポップスを変えたと信じる理由がある。
まずチャーリー・パーカーらのコンボジャズの誕生である。これはカントリーに影響してバンドスタイルを取らせて、ハンク・ウィリアムズ、病気のため逃れたが、他のバンドメンバーが徴兵されたためソロでデビューして戦後のカントリーの礎を作ったし、ビル・ヘイリーに直接影響を与えている。「テネシー・ワルツ」はカントリーと思われるが、演奏はどちらかというジャズである。そしてアメリカ白人労働者が徴兵されたため、まずメキシコ人労働者が流入した所為もあって、戦後すぐラテン・ブームが起こる。シカゴジャズはすでに成熟していたけれど、まあレースレコード視されていたわけだ。マディー・ウォーターズにスカウトされたチャック・ベリーは、ブルースの歌詞を捨てて、若者の恋とダンスという軽薄きわまりない歌詞で、非常に速い曲を録音したらばかうけだったんだ。これって現代日本のクソポップスそのものだからね。その影響は恐るべし。

そういうわけでノーベル文学賞はチャック・ベリーが受けるべきだったと思うよ。

posted by Kose at 03:39| 日記