2017年01月13日

森元良太『生物学の哲学入門』における決定論に扱いについて

森元良太『生物学の哲学入門』なのだが。

生物学の概念を分析するのが生物学の哲学だと、エリオット・ソーバーの著作からそう思っていたが、進化の決定論の議論は、生物学にまじめに取り上げられている概念なんだろうか。

心の哲学には明らかにそういう概念は存在する。いわゆる心身問題である。脳のある状態がこころのある状態を一義的に決定しているというのは脳科学者が仮説として掲げるのにはよい概念だと思う。決定しているか決定していないか、今のところ乏しい知識しかないからね。そしてこれについては20世紀後半かなり激しい論争があった。論争はまた局面を変えて続くだろう。

この乏しい知識しかないことを森元はラプラスの悪魔を持ち出して、本当は決定されているのだと主張する。
心の哲学においては、これをホムンクルスの悪魔と呼ぶだろう。実際には「論点先取りの誤謬」である。問いの立て方が間違いである。科学哲学の態度ではない。森元は自分が名声期に理解していないことことを書いたそれだけである。

このタイプの主張と、進化論の対抗バージョンであるインテリジェント・デザインを区別するのは難しい。インテリジェントデザインの場合は神様が決定しているのであって、ラプラスの悪魔ではない。これの別バージョンにはライプニッツの予定調和説がある。今いろいろなことがこのように起こるのは万能の神の意思がそうするようにしているからだというタイプの説明である。ラプラスの悪魔との違いは、わずかである。

そういうことを問題にしているのではなくて、そういう無益な哲学的一般論を「生物学の概念」だと主張することである。生物というのは、曖昧な言葉だが、ひとつのシステム(系)である。分子や原子の振る舞いは別の系である。地球という所与の環境もひとつの系だし、地球が太陽系の第三惑星であるというのもひとつの系である。そしてトランプ大統領のアメリカというのもひとつの系である。

ラプラスの悪魔は、今のところロシアのハッキングによる大統領選の操作ということになるらしい。

事実であれば、そうだが一般的にロシアがアメリカ政治を操作しているという科学的仮説を「陰謀論」と呼ぶ。日本の政治はアメリカが操作しているとか・・・まじめな科学は相手にしないだろう。事実だとしてもそれはニュートン力学の決定論とは何も関係のないことである。

だから生物学の哲学は、生物学者の有益な概念を扱うことまで任務を限定しないと話にならない。
生物学者の有限な知識と、人間一般の能力の限界は同一視できないだろう。後者は形而上学と呼ぶ。

だったら、森元良太はSTAP細胞事件を解決してほしい。

つまり森元良太は、生物学の概念上で自然科学だから決定論という仮説をもって見かけ上非決定な自然探求することを嘲笑しているようにしかみえないのである。

それはヘーゲルやハイデガーやデリダの文学青年の自然科学を見る立場である。まだマルクス主義の方がましである。たしかに歴史的弁証法の決定論に同調する哲学者はもはやマイノリティだろうからである。

一晩ぐっすり寝たはずだが、寝ていても考えているという現象は本当にあるんだな。
posted by Kose at 05:16| 評論