2016年10月13日

あ、やっぱり誤変換ひどい

やっぱり睡眠薬効いているときは書かない方がいいかもしれないが、睡眠薬が効いていて自暴自棄にでもならないとなんか慎重すぎて何も書けないため、面白いから、眠れないシリーズをやっているのである。
*翌朝書いたのか覚えていない。あらため見て誤変換がひどくて焦る。

昨日の主張は

1)少なくとも日本の「女性」は共同行為をしていない(社会集団ではない)。フェミニズムは単に「女」だったら「共同行為」をすべきだという中身のない理論である。
2)客観的アンケート調査は、あたかも日本の「女性」が集団的意識をもっているかのような根拠ない前提をもっている

目が覚めちゃったので、これ以上論じる気力というか気の緩みはないので展開しない。
上野千鶴子のようなマルクス主義者がこういう分析的レベルを何も学術的に考えることすらできないのは自明である。

「女」は何か支配的実体(彼女は男だと言うが、貧乏であくせく働く非インテリの男と東大医学部教授が同じ男なんだかも考えることができない)に対してアンチ実体だというものの考え方である。

ニーチェは観念論の内部でこういう愚劣さに文句を言ったかもしれないが、観念論が間違っているので、問題はもっと簡単である。

インテリが社会に介入でき、それが現実の「よい状態」(政治的か、社会的か、文学的かさっぱりわからないが)をもたらしうるという信念自体が誤っているのである。

あ、朝なのでこれ以上書くことができない。

これからぼくはやはり年をとるが、上野千鶴子のような考えによると「高齢者」という実体になるが、そんなものはないのである。放っておけばかやろう。
posted by Kose at 07:26| 日記