2016年08月20日

懐かしのジェンダー論

バカバカしいから一切書かないが、ジェンダー論は、フーコーが陥った実念論(概念実在論)の誤りである。
まったく話にならない。

LGBTも実念論的カテゴリー化である。
生育時のホルモンバランスがバックグランドにあり、文化的影響もあるかもしれず、境界はわからないが、男女とホモとヘテロの組み合わせから、「演繹」されるものではことは確実である。

それはフーコーや社会構成主義は、ジェンダーが恣意的に権力で作られたものだというアナーキズムであって、これをリベラルとかいうのはてんでおかしい。

少数者だから常にすでに人権が侵害されているとか、デリダか?もちろんスピヴァクが貢献しているのは確かだろう。朝日新聞の論調はこの手のものである。貧困でもジェンダーでもなんでもいいんだ。

概念実在論とデコンストラクショニズムから手を切らないジェンダー論はアメリカでは死んでいると思う。

20年以上前のアメリカの議論である。

「ガープの世界」(ジョン・アーヴィング作1978年、映画1982年)の時代から、このアナーキーな議論はあった。

posted by Kose at 12:36| 評論