2016年08月09日

支配の三類型から

憲法、伝統、威厳

これは、マックス・ウェーバーの支配の三類型、合法的支配、伝統的支配、カリスマ的支配を象徴天皇制に当てはまたものである。

政府もマスコミも学者も、憲法と伝統についてはご意見をお持ちのようだ。だが象徴天皇は、たんなる形式だと宮内庁も判断していたように思われる。

だが天皇陛下は、マックス・ウェーバーを学ばれたか知らないが(たぶん精読なされた感じがある)、象徴天皇制が合理的かつ伝統的な支配の形式に過ぎないとはお考えになっておらず、単に形式にとどまらない天皇の威厳の現代的なあり方を実践してきたことにたいする、宮内庁やマスコミや政府や学者の理解の足りなさに、自らの個人的主張として、天皇自身の実践から学べと言われてのだと思われる。

合法的伝統的な形式的理解では、天皇は何もしなくても、その威厳が保てるという曖昧で、腰の引けた理解しかできなかったのだが、天皇は、国民とともにあることを実践の形で示すことで、国民の統合の象徴であることにひとつの形だあるのだということを示されたのである。

先の大戦を経験した昭和天皇は、戦前の威厳というものを継承していたが、そこに同時にタブーも併せ持っていた。

今上天皇は、その威厳もタブーもないゼロからの出発だったのである。ご存知の通り、ほとんどタブーのない威厳をもつことを今上天皇がもつことに成功したと思う。

さてだから、生前退位の問題にすぎないのではないのだ。

天皇の象徴としての威厳の問題なのである。生前退位は、この威厳の継承の問題なのである。合法的伝統的形式に堕することは、永遠の戦後の天皇の威厳の発展を阻害するかもしれないという器具を共有していただきたいということである。この威厳は、右翼思想家が夢想するようなカリスマ性ではなく、天皇が国民とともにあることを日々実践することによってのみ維持される生きた威厳なのであるということなのである。

聡明な識者は今度のご発言をこういう見地で、じっくり考えていただきたい。

平成は、冷戦からナショナリズムとグローバリズムの世紀であった。世界各国がこの以降に大きく揺さぶられている。日本は、比較的その点で静穏な状態を保っている。だがEUにおける排他主義の伸張、イギリスのEU離脱、トランプのポピュリズム、中国ロシアの近大ナショナリズムを伴う古代的帝国主義化、中東での国民国家の崩壊・・・。平静にこの波を単によその国の危機とせず次世代に生かしたいものだ。
posted by Kose at 08:48| 評論