2016年05月09日

現象学の最大の裏切り者は「フッサール本人」

伝記的に読むと、フッサールが『論理哲学研究』第1巻を出したときには、非常に多方面の学者が注目して、たとえば現象学的精神医学とかは、その直接的影響で今日でも評価のあるものだ。日本では木村敏とかがそれに入る。まあそれはなんかのWikiを読んでいただきたい。

それ以前の「算術の心理学」は、フッサールというか、哲学者が数学的存在を心理的にどう存在するかという暗黙の問題についてアプローチしようとしたものだが、それは、現代論理学分析哲学の祖フレーゲによって心理主義だと批判されてすぐに撤回したんだと思う。ここにフレーゲが出てくることにはもっと注意が払われるべきである。まあフレーゲの意味と指示には問題があり、分析哲学者らが批判しないことに不満はもっているんだけれど。

数学者は数学の存在論的地位についてあんまり注意を払わない。
しかし、ユークリッド幾何学からリーマン幾何学への転換=一般相対性理論の完成で、数学の空間的表象である幾何学が経験的な表象と合致しなくなった。これは相対性理論によって直観性を失ったのと並行した出来事である。
結論から言うと、この数学問題は、ヒルベルトの公理主義がほぼ勝利を収めたと言っていいと思う。
だが、直観主義は「排中律」に関して有効だと認められている。ちなみにゲーデルは、自分をプラトニズムだと考えていたという証言がある。ある意味素朴な直観主義であるラッセルのパラドクスは、ツェルメロ=フレンケルによる公理主義的集合論によって解決を見た。これを知らない論理学者もいまだ存在する(三浦俊彦「ラッセルのパラドクス」岩波新書 新赤版975、2005/10/20)。要するにラッセルは集合とは何かをちゃんと定義していなかったため、「それ自身でないすべての集合」というだらしない議論(ゲーデルに影響を与えた一点で価値があるが)をまだそのまま信じている奴がいるのである。

 おれがラッセル主義者をバカにするときのもっと簡単な説明
 集合とは「要素」の「集まり」である。ある「集まり」の要素は、「集まり」ではない。つまり「集まり」は要素でない。もちろんともにモデルだが、ラッセルは原子論者なんだから少なくとも要素に実在性をより多く認めていなければならない。「集まり」に実在性があると簡単に前提しているのは、これはびっくりだが、論理学をやる以前のラッセルはヘーゲル主義者だった名残だとおもっている。原子論も間違っているんだけど。究極の実在は、エネルギーの場である。たとえば電子は粒子だが、電子を静止した存在として観測しようとすると、例の不確定性原理が生じる(はず)。

 さて、フッサールの最初の本にはマックス・ウェーバーも注で参照しているくらいだ。

 多くの人文社会学科学者には、主観的経験を一般化するなんらかの方法と映ったみたいだ。
 だがフッサールは、第二巻以降超越論的現象学を提唱して弟子が全部離反してしまう。
 素人が考えても、万人が本質的に持つ普遍的主観性のことを言っているのだと思う。
 さて、このとき幾何学の問題を思い出してほしい。多くの近代西欧哲学者にとっても同じなのだが、幾何学は、一切の不確かな現象を超越し、歴史をこえて普遍的に妥当する理性の体現者だとしばしば考えられたことである。
 よって、めんどくさいのでまとめちゃうと、「普遍的意識に相関的な理念的実在が存在する」というのがフッサールの隠れた前提であり、それは間違いか、数学者は相手にしないということである。

したがって現象学の最大の裏切り者は「フッサール本人」である。

なお、第一次世界大戦によって、ヨーロッパの貴族的ブルジョア的隠遁文化というものはなくなる。
おそらく日本に多く影響を与えた有名哲学者たちはその文化を背景にしている。
その最悪の運命の体現者が、ヴァルター・ベンヤミンであり、共産主義運動に興じつつ、ドイツ文学におけるアレゴリーを同時に論じ、ヨーロッパを離れられず、ヒトラーに追われて、スペイン入国に失敗し自殺する。アドルノ、ホルクハイマーは後でアメリカ文化の悪口言いたい放題だったけど、アメリカに亡命した。
*アドルノは学生の反乱時代、女の子におっぱい見せられ、ショックを受けて直後他界した。ヒットラーよりおっぱい。
posted by Kose at 10:42| 哲学社会科学エッセー