2017年07月13日

楽器木材の事実とディスコース

ギターにおける「スプルース」(松)と「メイプル」(楓)の使用は、バイオリン族の伝統をそのまま継承したもので、まるで変化がない。

楽器材の事実と神話のディスコースを根気よく調べたサイトがあって勉強になる。
楽器用材としてのトウヒ・カエデの仲間たち
http://www.geocities.jp/kinomemocho/zatu_Piano_Violin.html
(序より)
 楽器作りの素材としての木材に関しては、伝説的、職人的、科学的、あるいは怪しげな講釈がいろいろあって、これ自体が実に楽しい世界である。とりわけバイオリンに関しては途方もない金額で取引される古い時代の名器とされるものが存在し、楽器制作者はこれら名器を範として少しでも近いものを目指している。この風景はまるで古刀の再現を目指す刀匠のようでもある。一方、演奏家は更なる高みを目指す過程で、当然のことながらより評価の高いものを求め、手に入れることを夢見ているようである。 【2012.3】


神話だけで語っている人がいることを暴露している点も面白い。
ヴィオラ族はルネサンス後、リュートから17世紀頃突然発達したものだと言うことは歴史的にわかっている。
当然ながら初期西欧音楽は即教会音楽であるから、神話にどっぷりつかっていたのは当然であるが、神話主義者らが言う材の産地が、19世紀末まで残ったハプスブルク家の領土、オーストリア=ハンガリー帝国にあるのは偶然とは言えまい。もっと神話を加速させたのが第一次世界大戦によるオーストリア=ハンガリー帝国の解体である。もちろん西欧クラシック・シンフォニー音楽の最終形態は、ウィーンのマーラーである。西欧クラシックシンフォニー音楽が、19世紀の西欧の世界分割による富の集中で完成したことがわかる。

第一次世界大戦で、ヨーロッパの時代は終わる。その後ラジオとレコードが普及を始める1920年代を迎える。

19世紀にはギターはある程度普及しており、その材がヴィオラ族と全く同じであったのは、帝国主義的西欧中心主義が第二次世界後まで続くことから不思議ではない。

1920年代のアパラチア地方の渾然としたフォークソングでは、ギターが今日のように圧倒的な主役というわけではなく、フィドル(バイオリン)とマンドリンのようなヨーロッパ楽器となんと言ってもアフリカ・セネガル由来のバンジョーと併存していたと思われる。

レゾネーターギターが発明されるなど、他の楽器と比べ音が小さいと思われたんだろう。レゾネーターギターこそエレキギター出現の布石であるし、共鳴板に金属を使うという完全に西欧クラシックから隔絶した「材」の概念を導入した。

まあちゃんと調べないからわからんが、ギブソン、マーチンは、西欧帝国主義的「材」の概念を墨守し、し続けている可能性が高い。

ネックがメープルなのは、スチール弦の張力に耐える固さを持つ代替材がありえないため、例外がほとんどないから相当な合理性があると信じてもいいが、レスポールの場合、背面の材にメイプルを使っているのは明らかに西欧クラシックの伝統への郷愁に過ぎないと断言して構わないと思う。

まあ、どうせガキの遊びであるロックやフォークで、ボディの材についてむやみと口にするのは、どれだけ精白かその内少しでも明らかにできたらと思う。

YAMAHAはピアノで成功しているように、アコギでも成功はしているが、エレキでブランド力がないのが不思議である。他方ヘビメタ形のソリッドモデルその他で成功しているIbanezや、エレアコの代名詞ともなったタカミネと対照をなす。

なぜか音はいいし材もいいのに「かっこわるい」。なんとなくレスポールかストラトの変形という、テケテケ時代のメイドインジャパンのだささを醸し出している。要するにこれは得意なジャンルだという音がないんだと思う。サンタナと高中の過剰なオーバードライブに変わるギターはいくらでもあるし、エフェクターで簡単に得られるように時代は変わったのだ。

さて中華ギターに注目するのは、所詮西欧帝国主義時代の高価な「材」の価値体系かあら端から出発点が違うところである。

日本の楽器メーカーは他の産業や哲学と同じく、西欧基準の模倣で、第二次大戦を起こすほど強力に発展した。
戦後も基本的にその基礎の上に高度経済成長があったわけだ。哲学は成長しなかったが。

そういうわけで、西欧基準の「材」を無視した「材」でなんらかの音楽ジャンルに特に適合した音がするギターを中華ギターを作ってしまう可能性があるのだ。メイドインジャパン・メーカーはバッカスを除くとこの手の試みをやっていない。YAMAHAがインドネシア辺りで材の他社への供給をやっているという情報は知っているが。

とにかくギブソンはダメだ。西欧帝国主義の末裔である。
フェンダーは、関係ないからね。すがすがしい。だからフェンダーのギターについて材がどうのこうのというのは何も理解していないに等しい。フェンダーの場合はおそらく、そこら辺の家具材で使えそうなものをたまたま選択した可能性が高い。しばしばパイン(松)が使われる。

西欧クラシックのように完全に完成した音楽体系と、数年で流行り廃りがあるポップスで、材の適正について類似の基準を持ち出すのは、合理的なのではなく、類比的なものに過ぎないだろうと言うことである。

posted by Kose at 08:58| ギター