2017年05月08日

今週中に、サール先生の新しいインタビューを訳す

Searle: it upsets me when I read the nonsense written by my contemporaries
by Zan Boag on January 25, 2014
NewPhilosopher
http://www.newphilosopher.com/articles/john-searle-it-upsets-me-when-i-read-the-nonsense-written-by-my-contemporaries/

だ。1/3訳した。2014年だから、『社会的世界を作る』(2010)と『ありのままに見る』(2015)の間になる。まだ特に新しいことを話してはいない。


どんな目的に哲学は貢献するのですか?また哲学がまだ有意義であることを守るため哲学者たちは何をしていますか?

ジョン・サール:ぼくは哲学者が人々が考えているようなことについて大して心配すべきだとは思わない。ぼくに関するかぎり、他の主題がより大きな問題に以下に関係するかによって重要性を持つから、哲学はすべての中でもっとも重要な主題だ。そしてそれが哲学とは何についてかだ。より大きな問題!

科学者や哲学者は密接に協力することについて知られていませんね。彼らはしばしば互いに競い合います。特に意識の問題となると。この数年以上、「ハード・プロブレム」の取り組みで科学者と哲学者の間の関係に改善は見られましたか?

ジョン・サール:ぼく自身はそんな経験はしていない。ぼくは多くの神経生物学者と認知科学者と協力している・・・ぼくはどんな専門的議論もみつけてはいない。彼らはぼくより実験室で研究しがちだが、ぼくらはともに共通の問題に取り組み、ぼくらが手にできるすべての知識を気にかけている。ぼくは哲学者と科学者の間にはっきりした区別があるとは思わない。ぼくは手にできるどんな素材も利用し、有効に思えるどんなことにも従うつもりだ。そしてしばしば経験的研究が、ぼくがやっている哲学的探求にたいへん役に立つことがわかるんだ。

ウィトゲンシュタインがあなたの仕事に影響したというのはフェアですか?

ジョン・サール:ウィトゲンシュタインは多くの面でぼくにとても大きな影響を与えたよ。否定的な影響をね。だって、ウィトゲンシュタインはぼくがやろうと試みている類いの哲学は不可能だと言ったからだ。君はすべての問題を解決する理論的哲学を試みるべきでも、すべきでもない、言語を検証することによって特殊な難問に取り組み、解決すべきだと言った。さて、誰かが哲学には一般理論はありえないと言うなら、ぼくの本能的に一般理論を構築することになるのさ。まさにそれこそぼくがやってきたことだ。だからぼくの企ては根本的に反ウィトゲンシュタイン主義なのさ。けどそう言ったからといって、ウィトゲンシュタインはが20世紀最大の哲学者であり、ぼくに大きな影響とインパクトを与えたと考えている言わなければならない。彼の全般的な哲学概念をぼくは共有していないというだけのことだ。

あなたの中国語の部屋の話のように哲学者が提案する思考実験の重要性について語りたいと思います。どのような仕方で、このような思考実験は重要なのでしょうか?

ジョン・サール:思考実験はたいてい実際の実験ができないから重要だ。そしてそれは哲学だけでなく科学でも本当だ。だから、アインシュタインが「宇宙を進む光線に座っていると想像せよ」と言ったが、そうさ、それが思考実験なのさ。
・・・・・




STAP細胞事件に首を突っ込んだのは、昨年1月まで、連続的にサールの未邦訳書を訳していたら、肩こりと睡眠の不調がきわまって、「たまたま」お嬢さんの手記を読んだら面白く、それでアマゾンのレビューに書いたらバカどもが絡んできて、ちょうどまじめに何かに取り組むのとは違う気分になったから、次々現れるバカを挑発して、肩こりと睡眠の不調が治るの待っていたわけだ。とにかく本を読む集中力がゼロだった。

昨年9〜12月は生物学の本をたくさん読んだが、ニック・レーンの本以外ひとつも面白くなかったし、DNAについて何も覚えられなかった。まあDNAというパラダイムはシャノンの通信理論のぱくりに過ぎないじゃないかとは思った。だからエピジェネティクスのアナログ反動革命のなかに、STAPが位置づけられれば面白いとは思った。桂調査委員会報告なんか旧デジタルパラダイムの化石にしか思えない。

しばしエレキギター趣味に没頭したが、5月になったらなぜか急に気が変わった。
趣味としてギター改造というのを今年着手することを決めたら、ギターを買うことはどうでもよくなった。
今やろうとしているのは、テレキャスターを先祖エスクワイアーさらにブロードキャスターに改造する博物館計画である。それはテレキャスターのラップスチール化計画から派生したんだが。それ自体ブロードキャスターがラップスチールから派生したという博物学の中の話である。テレキャスのネック・ピックアップはさまざまだが(シンライン用ハムバッカ―、P90、普通のハムバッカ―など・・・)、本当はどの程度違うのか、これは昨日やった音声編集ソフトによる周波数波形の倍音の分析で、数学的に書けるのじゃないかという話に今日さっき発展した。
テレキャスターの歴史を学んだせいで、テレキャスターのネック・ピックアップは、「低音用」ということではなく、レオ・フェンダー氏がなんとか「ジャズ・トーン」を実現するためだったのではないかという解釈に至っている。
そういうことを書いた本はたぶん売っていると思うけど、図書館にはないよな。サールの本がないように。

サール先生の本は、ニック・フォション氏の概説書の頭を1月にやったんだけれど、睡眠が思いの外悪く、停滞したままになってしまった。


John Searle

Nick Fotion
Philosophy Now
Routledge
2014
(First Published 2000 by Acumen)
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目次

序文
第1部 言語哲学
1 サールの発話行為理論
2 サールの分類学理論
3 非標準的発話行為と発話活動
4 メタファーとフィクション
第2部 心の哲学
5 心の志向性と言語
6 心の状態と言語におけるネットワークとバックグラウンド
7 心の再発見
8 認知心理学と無意識
第3部 社会の哲学と他の問題
9 社会的現実
10 制度
11 存在論
12 真理、表象、認識論
13 総括
文献
索引
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序文

ジョン・サールは分析哲学の伝統の中で育ったが、彼はその伝統を越えている。ひとつの理由はたとえば、分析哲学の伝統がひとつやふたつの主題の特定の側面に狭く焦点を当てるようフォロワーに奨励するが、彼はさまざまな主題について書くことである。長いキャリアの中でサールは言語哲学、心の哲学、社会制度の本性や構造、コンテキスト(彼はネットワークとバックグラウンドと呼ぶ)、科学、因果関係のような主題について幅広く書いてきた。
 だがそれを越えて、彼はこれらすべての主題をひとつにまとめてきた ― 彼は単一の「大きな絵」の哲学の立場を形成するようそれらを総合してきた。この本で後にわかるよう、彼の立場は大部分反論的である。それは視野にあるすべて ― とくに何が現実かについての私たちの感覚 ― について脱構築することに没頭する、事実喜々としているようにみえる強力で広範に根付いた現代のポストモダニズムの伝統に反論する。サールの立場はまた、意識を完全に無視したり、心の現象を説明するとき意識を軽んじる点で、意識の価値を毀損する心理学や心の哲学の支配的主張に対してもまた反論する。興味深いことに現実、意味、そして彼の大きな絵の立場を有意味にする彼の感覚を擁護するとき、サールは彼が反論する主張の多くと協力するのである。そう、彼は言う。私たちはある視点からのみ事物を見ることを知っているが、しかしなお私たちが有意味に現実世界と接する存在であると考えることができる。そう、彼はまた言う。科学は私たちの頭の中で無意識的に進行するものの言葉で意識を説明できる。だが、それは意識の重要性を無価値にする必要はないと付け加える。そしてそう。分析哲学の細部へのこだわりは重要だか、それは大きな絵、ないし「総合的」分析哲学に取り組むことをはばむものではない。サールの対立する主張のうわべの非全体的なまぜものは、すべての論的からの攻撃を招きやすくする。同時に、そのまぜものはその主張をおもしろくし、オリジナルなものにする。現代の哲学シーンで起きていることに興味をもつ誰もか遅かれ早かれ折り合いをつけなければならないものである。
 サールが分析哲学を超越する別の理由は、彼が言語について語ることは、哲学者だけでなく、言語学者の興味もまた惹く。彼が心について言うことは、哲学者だけでなく心理学者の興味も惹く。彼が社会的世界について言うことは、哲学者だけでなく、社会科学者の興味も惹く。そして彼が因果関係と科学的説明について言うことは哲学者だけでなく、科学者の興味も惹く。その場合、彼の著作は少数より、むしろ多くの人々にとって興味深いものなのである。
 さらに、別の理由は彼が書くスタイルに関係する。彼が育った欧米のジャーゴンで、サールはストレートシューター(謹厳実直)である。彼が何か言うとき、はっきりずけずけものを言う。彼は完全にジャーゴンを避けるわけではないが、控えめにしか使わない。彼の態度は直接的に明確に述べられないなら、それはかれが言おうとしていることを知らない印である。しかしときどきサールはあからさまにあけすけすぎる。自分に同意しない人と対峙する場合、彼の攻撃はしばしば真正面から、対立する。その結果、サールの読者、とくに彼に共感していない人は、彼が言っている内容についてよりも、彼の敵対的なスタイルに目を奪われがちになる。私はサールが論敵の多くの攻撃を指摘するが、彼らに対してわずかな議論しかしないというような哲学者と哲学者ではない人両方からの非難をどれだけ多く聞いたか思い出さずにはいられない。この問題のため、その非難は ― とくに主題が心の本性の場合 ― 彼自身の主張のためでさえどんな議論でも彼がわずかしか述べないとしばしばなされる。確かに、彼の論敵にとっては、サールが議論を欠いた人のようにみえるのである。つまり感情的で人身攻撃の訴えとみなされがちである。結果としてあちこちで乱闘が生じるがが、それは驚くことではなく、それで舞い上がるたくさんのほこりこそ、サールにかけられたすべての嫌疑のた原因に注意を引くことになるのである。
 その場合、サールについての、より少なくその論敵についてのひとつの最終地点は、ほこりが静まることである。いったんこうなれば、読者はたぶんサールのスタンスが様々な個々の哲学的問題についていかに適切か理解する立場にいることを知るだろう。第二の目標は、サールが書く様々な主題についての彼の主張がひとつの総合を形成するようにどの様に結びついているかを示すことである。彼自身1998年の著書、『心、言語、社会:現実世界における哲学』でそれをどの様に行っているかを示す。実際、彼はそれを哲学教授のために行うが、特に教養ある一般読者のためにそれを行う。彼は哲学者としての彼のつとめが幅広い読者が彼の主張に親しみやすくすることだと考えているようにみえ、彼は明らかにそのつとめを楽しんでいるのである。それでも、馬の口からだけでなく、馬からわずかに離れており、馬が客観的に言っていることを聞くことができる人にとって、良いニュースを知ることは時には役に立つ。
 サールの1998年の本は、彼の全体的哲学的立場の三つの主要な主題に対応する三部に分かれている。彼が取り上げる第一の主題は心である。論争のちりがもっとも分厚いのがここであり、おそらく彼がこの本の初めで心をなぜ取り上げるか、そして実際なぜ彼が他の主題よりこの主題により時間を割くかの理由である。だが、もっとありそうな理由は私たちが他の二つの主題について彼が言いたいことをよりよく評価できるということである。すなわち心がどのように働くかをいったん理解するなら、私たちは社会的現実を扱うのに、現実が心の構成物であるため、よりよい立場にいるのである。次いで、いったん社会的現実を理解するなら、私たちは、彼の著作の第三の主題である言語がいかに働くか理解することができるのである。サールは三つは互いに密接に結びついていると主張する。現実は多ではなく、一である。たとえそうであっても、社会的現実と言語はともに私たちの心の力の産物であるため、他を理解させる前に、心をもつ現実の彼のツアーを始めることによって彼の全体的な哲学的立場を説明することは、サールにとって意味がある。
 この本の仕事は異なる点からツアーを始める。それは言語哲学から、ついで心へ、そしてそこから社会的現実へと進む。これは彼がそのキャリアで実際にとって道筋である。彼は最初、言語についての著作でその名声を得た。そしてそれは彼が心の哲学についての問題にとりかかりはじめたのは、この分野の傑出した哲学者としての地位をすでに確立した後にすぎない。私たちの心的現象の理解にまつわる問題に彼は関心をもちながら、彼は社会的現実、より詳しくはその現実がいかに創出されるかについて書くため1990年代、その関心を拡大した。
 しかしサールの言語についての著作から始める主な理由は、彼の知的発展の後を追うためではなく、彼が言語について語ることを理解することを理解し、彼のアイディアが心に関するそれに、それから社会的現実になぜどのように発展したかを説明することをわかりやすくするためである。だから、この研究の第1章〜第4章(第一部)はサールの言語についての思想を探求する。これらの章で、私たちは発話行為(Speech Act)、彼の師匠であるジョン・オースティンから学んだ概念について彼が焦点を当てるのを見る。発話行為はサールにとって、言語コミュニケーションの最小単位、あるいはより適切には、実際の言語使用の最小単位である。私たちは単に指示したり(refer)、叙述したり(predicate)することによって言語を用いるのではない。すなわち、私たちは通常、「その絵画」と「赤」ないし「赤である」のような表現を発語して世界と関わるのではない。そうではなく、たとえば、当の絵画が掛けられているギャラリーにまだ行ったことがない友だちに話す時、私たちは「その絵は赤い」と言う。それゆえ、指示と叙述は発話行為の中でその役割を演じる。それは指示し、叙述し、その後そうすることで、発語する発話行為を組み立てる様なのではない。
 発話行為に焦点を当てることで、サールが自ら買って出た任務はそれらをよりよく理解できるようにすることである。彼はどのようにそれらが働くか、言い換えれば、それらがどのように分析すべきかを詳しく知ることを望む。今書いたように、この説明は彼が(発話行為内でなされる)指示すること叙述することに取り組むことを強いる。だが、赤い絵のような単純な例の場合でさえ、発話行為が発話者とギャラリーの状況に関するコンテキストを説明に入れることを含む。しかし多くの発は行為は、コンテキスト的により豊かである。たとえば、司令官が兵士に報告するよう言うとき、発話行為を理解することは、階級や軍隊の伝統について知っていることを前提とする。同様に牧師が若いカップルを結婚させるとき、教会の伝統やその伝統のコンテキストが役割を演じる。だから私たちは発話行為の分析が、すでにサールが将来社会的現実を理解することに関心を持つこと、そして直ちに私たちがあれこれの仕方で組織された単なる言葉の列として言語を見ることを越えさせることを理解する。これは私たちが言語それ自体を単に注目することによってでは言語とその働きを完全には理解できないことを意味する。言語だけに注目するなら、命令、約束、祝福、宣戦布告などのものはナンセンスになるだろう。発話行為はコンテキストに埋め込まれているのである。
 だが指示、叙述、コンテキスト以上のものが発話行為にはある。発話行為はある種の「行為」(act)である。そのようなものとして、サール(と彼以前にオースティン)は、発話行為は意図(intention)を説明に入れることなしに理解できないことを自覚していた。私たちが他の人とコミュニケートするとき、私たちは意図的に(intentionally)そうする。これが言語的形式で表現される感情的反応と発話行為が異なる仕方である。私が完全に真っ暗闇でむやみにドアの鍵穴に鍵を差し込もうと手探りするとき一連の文字化不能な表現を発語するなら、私は言語を意図的に用いているのではない。私が言うことは、出来事あるいはコントロールできない反応であって、行為とは見なされない。だが静かなとき、はっきり落ち着いた声で「ドアのところに変なやつがいる」「ドアを閉めてくれ」「君を雇う」「おめでとう」と言うなら、私は意図的に話している。そのようなものとしてこれらの発語はそれぞれ、発話行為なのである。
 意図や他の心の概念が他の仕方で、発話行為に関与する。「私は明日自分のオフィスにいると約束する」と言うとき、私は意図的に話しているだけでなく、その約束の中で、私はオフィスにいるだろうという「意図」を表明しているのである。他の発話行為は異なる心の状態を表明する。私がアトランタの今日の天気は晴れだと記述するとき、私は太陽が輝いているという「信念」(belief)を表明する。私が君にそのサンドイッチをとってくれと要求するとき、私は君がそうする「希望」(hope)を表明する。同様に、君がテニスの試合で勝った君を祝福するとき、私は君の成功の「幸せ」(happiness)を表明している。だから発話理論には心の概念が浸透しているのである。発話行為が何かを社会的、物理的コンテキストを説明に入れることなく完全に理解できなきないのとまったく同じように、この理論を様々な心の概念を説明に入れることなく理解することはできない。
 だがもっとある。発話行為の理論は意図、信念、希望や類似の概念だけでなく、また志向性(Intentionality、わざと大文字とする)の説明を与えなければならない。意図が私たちがする、あるいはしているつもりであることに関係しなければならないにもかかわらず、志向性は言語に見いだされる「アバウトネス」(aboutness、訳注;あえて訳せば「について性」)に関係する。アバウトネスに出会うひとつの仕方は私たちが世界を記述するとき、私たちが抱く信念にある。月が出ていると言う場合、私たちは信念を表明し、この信念は月の地位ないし状態「について」である。言語の中でアバウトネスが出る別の仕方はもっと直接的である。今夜は月が出ていると言う場合、私は月と呼ばれるモノ(object)「について」語っている。(訳注;aboutの訳語「について」の括弧は訳者が挿入)。
 そのためサールがそのキャリアの最初の部分で発話行為について広範に書いた後、社会的現実(発話行為のコンテキストの重要な部分)に注意を当てることで発話行為の彼の理解を拡張することに移ることができたのであり、心に焦点を当てることができたのだった。彼は実際まず後者を選んだ。おそらくなぜなら心の哲学や心理学の研究への関心が、1970年代と1980年代高まっていたからである。その頃、コンピュータとのアナロジーで、私たちはよりよく心を理解できると主張した認知心理学やより特殊な理論が大流行だった。サールはほとんどすぐ、この大流行にハマった多くの研究者や思想家が彼が言いたいことと対立することを心や心的現象について言っていることに気づいた。発話行為の著作を出すとすぐに、信念、意図、欲求、そして志向性のような概念が意味があり、彼にとって重要であるように思えた。だが心理学や神経心理学や関連する科学における「認知主義」的発見の権威を擁護する新たな概念を発展させることを望む人々に対して、サールの日常的概念は最低でも廃れつつあるもののようにみえた。
 その後、サールが『志向性』(”Intentionatlity”、1983年)と言うタイトルの本を書き、それを越えて彼が言語について言いたかった主なことを終わらせた後、すぐ心の哲学の他の本や記事を書くことになったのは理解できる。現在の研究で、心に関するこれらの著作は、第5章から第8章(第二部)で扱う。第5章は志向性の主題についてである。彼の議論はこの場合、心の彼の主要な特徴に関するフレームワークをなし、またどのように志向性が言語と心の両方に見いだされるかの問題を解決することでもある。第6章は言語の使用がコンテキストに埋め込まれているのとちょうど同じように、心もそうであることが直ちに明らかになるためバックグラウンド(あるいはコンテキスト)の概念を扱う。第7章と第8章は直接、心を扱う。それらは彼の心に関する主要な著作『心の再発見』(”The Rediscovery of Mind”、邦訳『ディスカバー・マインド』、1992a)に関係する。それらはまたサールと、すでに述べたようにあらゆる方面から彼に襲いかかる「敵たち」の間のほこりまみれの論争に関係する。
 心の哲学の土俵での闘いが続く中、サールは社会的現実に関連する問題に取り組むようになった。この場合、主要な著作は『社会的現実の構成』(”Construction of Social Reality”、1995a、未邦訳)である。この本とこの主題に関する他の著作は第9章と第10章(第三部、それは第11章〜第13章を含む)で議論される。この議論で発話行為の理論と彼の心の理論にさかのぼるつながりは明白である。事実、社会的現実のほとんどは、昔の概念、特に彼の言語哲学の著作によって構築されているようにみえる。この点で、なぜ最初の4つの章でサールの言語の理論を、その後社会的現実にもどる前に次の4つの章で心の哲学を論じることが意味あるのか評価できるだろう。
 第11章と第12章は後片付けの章である。主にそれらはサールの存在論に関するだけでなく、彼が認識論について語らなければならないことに関係する。サールはそれらについて独立した本を書くことはなかったが、彼のキャリアを通じてこれらの主題を論じてきた。存在論における彼の実在論(realist)の立場が彼の初期の著作の多くとぴったりはまることを書くのはおもしろい。あそこの自動車は青いと私たちに語る発話行為は、自動車についてであり、その実在する(real)青い自動車があそこにあることについてである。それは何かの印象とかセンス・データとかその他についてではなく自動車についてである。言語の志向的力(Intentional powers)は実在を指示する(point out)。だが心の志向的力は同じように指示する。私が自動車を見る場合、私は現実に自動車を見る。そして学生が私のオフィスに来るのを見る場合も同じである。なぜなら学生に支払う現実の授業料が入って来るからである。
 この本の最後の章はそれに先立つすべてをまとめる。そしてある程度、サールの哲学的立場全体について某か結論を書く。最後に、希望することは、読者がたとえ現代哲学で起こっていることの何らかの意味をもつべきなら、知らなければならない哲学者として、ジョン・サールを評価するようになることである。
 二つの最後の導入的な意見は次の通りである。第一に私はサールが書いてきたすべての主題を詳細に論じる試みをこの本では行っていない。たとえば、私は彼の論文「”べき”は”である”に由来する」(Deriving 'Ought' from 'Is'、Searle 1969; Ch.8)についてのテキストで何も語っていない。私はたとえこの論文がよく知られており、幅広く掲載されていたとしても、それはサールの倫理学や価値の理論へのサールによる孤立した乱入を表しているため、その主題を避けている。そのようなものとして、彼の「総合的分析的」立場より大きなキャンバスに入れるのは難しい。私はまた初期のサールの別の乱入 ― 大学政治の境域への ― についても何も語ることはない。カリフォルニア大学バークレー校の若き教授陣として、長い営みをしてきた社会が根本的外科手術を必要とした頃のはるか昔の学生運動に、彼は味方した。明らかにこの本のサイズでは、すべての話題をカバーできないし、それぞれ公正に振る舞うことはできない。
 第二に、この研究で、私は他の人たちのサールの立場への見解を最小限にとどめている。サールについての『哲学者索引』(The Philosophe's Index)にリストされたますます増える項目(すでに数百を超える)がある。これらの記事、議論、レビューのほとんどはサールを狙った練習のため使う試みである。これらのうち代表的な例を説明し、サールのそれに対する応答であるだろうものを構成しようとするのは、不必要に体裁を複雑にするだけだろう。結果として、読者は特定の問題についてのサールの立場も彼の全体的な哲学的立場も両方とも、見失うだろう。だから私はサールの立場を説明するのに助けになる目的に資する場合に限り、他の人の主張に言及し、見解を述べる。便宜ため、私はテキスト本文でこれらの見解を挿入する。別の場合、他の人の見解が妨害的に思えるなら、注で言及する。何にもまして、私は可能な限り率直かつ明快に説明を維持しようとする。そうすることはまさにサール主義者であるべきことである。

第一部 言語哲学

第1章 サールの発話行為の理論

背景
ジョンサールの最初の主著、『発話行為』(Apeech Acts、邦題『言語行為論』)は1969年出版された。それまでに、それが作られた言語分析の伝統は完成していた。事実それはすでに発展の第二段階だった。
 第一段階は多くの科学の業績によって強く影響された。19世紀の終わり、チャールズ・ダーウィンが1859年の『種の起源』と1871年の『人間の進化と性淘汰』で発展させた「自然選択」の革命的概念はすぐに定着した。1905年アルベルト・アインシュタインは世界に特殊相対性理論を突きつけ、1916年、一般相対性理論が続いた。同じこと電子と他の素粒子が発見され、マックス・プランクとニールス・ボーアが、その原子と量子の理論を発展させた。科学は活発であった。コペルニクス、ブラーエ、ケプラー、ガリレオ、ニュートン、ハーベイや他の者たちが、先立つ数世紀にもたらした科学の変化が革命なら、19世紀末と20世紀のはじめのより最近の変化は、等しく革命だった。
 新たな革命は多くの仕方でかつての革命とは異なっていた。科学は今やより完成された。それは理論的レベルとともに技術や医療の両方の多くの分野での成功の歴史をもった。観察や測定の精度は過去よりもっと洗練された。新たな科学にはまた心理学や社会科学がその家族に加わったため、より広い基盤をもった。世紀の変わり目、ヴィルヘルム・ヴント(1912年)や他のドイツの学者は哲学者の手から心理学の研究を奪いそれを実験室向きの心理学者のそれに置き換えた。
 しかし、内観を強調したヴントの実験室研究の形式が行動主義に取って代わられるのに時間はかからなかった。今や、行動主義のチャンピオン、ジョン・ワトソン(1919年)が心理学は正確な科学だと言うことができた。ワトソンは心理学の主題は外的(人間と動物の)行動であり、そのような主題は客観的に研究することができると論じた。その代わりに、心理学が内的な心的現象の研究として規定され、あるいは(主観的)内観を通じてのみ知られるえる者に関連して特徴づけられるなら、彼は物理学や化学が科学である仕方でそれは決して科学ではありえないことが運命づけられていると考えた。
 フロイトもまたその心理分析の理論でこの時代心理学に貢献をしていた。彼の業績は実験室ではなく医療現場に由来するものであり、行動主義者が行ったように客観的にはみえなかったが、少なからず科学的で革命的だと広く受け入れられた。彼が発見したものが臨床的観察に基づいている限り科学的だった。だが彼が発見したものが、その重要性はそのときに至るまでほとんどすべての人によってひどく過小評価されてきた無意識の思考や力を心が持つことを強く示唆するという点でもそれは革命的だった。
 これらすべては心理学で進んだが、マックス・ウェーバーは、実験科学にではなくとも、少なくとも経験的研究である、社会学となるものを行っていた。当然ながら、自然科学と社会科学におけるこれらすべての発展の増大において、すべての個別科学は、科学の旗の下に統一されえ、科学的進歩は避けがたいという楽観主義があった。この新しい革命の一部として厳密に言って化学とは関係しない学問の分野における重要な発展もあった。すなわち論理学と数学には、多くの貢献者の中にバートランド・ラッセルとアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドがいた。新たな論理と数学の体系を提起することによるこの分野への直接の貢献に加えて、この分野への多くの貢献者(必ずしもラッセルとホワイトヘッドにかぎらないが)、この分野内で起こった主張は特別な地位をもつといういう見解に至った。それらは言語の主張以外の何ものでもなく、それ自体「モノ」(object)についてではないと主張された。論理と数学の内の主張が私たちに語ることは、どのようにある言語表現が他の言語表現に関係するかである。それゆえ、それらは科学内でなされる主張とはまったく異なると言われた。科学は世界の外部にあるかについての「垂直の」主張するため言語を用いる。対照的に、論理と言語は「水平の」主張をすると言われる。だから「もしxならy」(if x then y)と言う場合、これは「もしyでないならxではない」(if not x then not y)と言う別の仕方であり、あるいは「xではないではない」(Not not x)と言う場合、これは「xである」(x)と言う別の仕方である。また「私は4つリンゴをもつ」という場合、これは「私はリンゴ2個に加え(plus)、さらに2個もつ」あるいは「私はリンゴ3個に加え(plus)さらに1個もつ」と同じ、あるいは等価である。「もし〜なら」(if-then)、「と」(and)、「加え」(plus)を含むこれらの主張は、これらの表現の意味について何かを私たちに語っているとされる。
 その場合、論理、数学、語の意味でさえ言語の研究であるかぎり、またこれらの研究がいったいどんな問題に私たちが直面するかについてより明確に考えるのに資することが明確であるかぎりにおいて、過去行われてきたよりもっと言語に注意を払うのは当然である。すなわち、論理や数学が私たちが思考する道具であるなら、それがどのように働くか、それが私たちの思考を間然するのにいかに役に立つかをよりよく理解するため、この道具を注意深く調べることは重要でなければならないと考えられる。言語一般にこの見解を拡張するのにそれほど想像力はいらなかった。また必要なことは、どんな主題について真剣に考える際、私たちが取り組むの場合、私たちが用いるすべての種類の概念の意味のよりよい理解であったと言われた。この見解の一つの側面は、言語の分析の取り組み失敗するなら、私たちはおそらく哲学をし、科学の理論的仕事をする場合、実際どんな真剣な思考を行う場合、誤りに陥るだろうということだった。
 まったく当然、20世紀初頭の、この「言語的展開」(ローティ 1970)をになった多くの人たちは、何よりもまず科学の言語にその注意を向けた。結局かれらは科学に強く魅せられたのであり、彼らの多くは、なにがしか科学に貢献さえした。さらにさまざまな科学の驚異的成功は科学内の言語使用がちまたで見られる言語の使用とは異なり、おそらくより優れていることを示唆した。ちまたの、あるいは日常の言語は曖昧さと非一貫性であふれているものとみなされ、非科学的で反科学的概念で満ちているように言われた。思考の道具として、日常的会話は役立たずよりさらに悪い。それは実際私たちの思考を実際混乱させた。それがこうなる多くの仕方のひとつは概念を具象化するようにすることによってである。「平均的な男性」「こころ」「赤」のような表現が、日常言語の分で名詞として現れるため、私たちは(誤って)平均的な男性がどこか(私たちの国の中心の近くのどかに必ず)存在するとか、こころや魂のような(死とともに身体から離れる)実体があるとか、外部のどこかに(おそらく観念の世界に)赤さのような実体があると考える誘惑に駆られると言われる。
 対照的に、偉大な科学者が採用するなら、科学言語は論理的原則により忠実に従い、適切に数学を用い、より注意深く用語を定義し、観察にこれらの用語の使用を密接に結びつける。それがこれらのことをすべて行うため、科学言語は理想的言語であることに近づく。驚くことではないが、私たちが日常言語でなくそれを使う場合、私たちは誤りに陥ることになりやすくはないだろう。
 同様にまったく自然に、このとき分析の焦点が、言語の科学的使用についてであるなら、強調点は、科学者が出来事や過程を記述するとき科学者が行うことを理解することに不可避に置かれる。科学は過去、現在、未来についての記述的主張を語るために主に言語を用いる。これらの主張は温度計を読む形式や、植物の高さの報告や、部屋にいる人数に関することで明確にできる。あるいはそれは、熱せられた場合ガスが膨張したり、学習は報酬が増すだけより進むというような科学法則の形で一般化できる。科学的主張は本質的に理論的でありえる。事実、19世紀と20世紀の科学の進歩の多くは理論の普及によって計られる ― 進化論、相対性理論、原子論、量子論、心理分析理論などである。だが科学内でどんな種類の主張がなされていようと、それらは直接、間接に観察に基づいているため、そのためそれらは真か偽の集まりである。それ自体科学は総合的(知識を与える)主張の地位を受けた。
 だが当時見られたように、考慮すべき分析的な主張もあった。真偽の次元に関して評価すべきであるとも言われた。しかしこの次元についての地位は、観察によってではなく単にこれらの主張における用語の分析によって、すなわち文それ自体の内的(すなわち「水平的」)分析によって決定される。論理的数学的主張はもちろんこの分析的見出しにもとに含まれる。だがそれじゃ他の主張も同じである。私のおじが本当に私のおじであるなら、私は彼が私のいとこの母ではありえないということを(分析的に、すなわち「おじ」の意味によって)知っている。同様に私は観察によってではなく「三角」と「四角」の意味を分析することによって四角い丸がありえないことを知っている。そして最後に、私はもし何かが赤いならばそれは色がついてなければならないことを(分析的に)知っている。
 1920年代と1930年代、ウィーン学団(すなわち、ルドルフ・カルナップ、ヘルベルト・ファイゲル、オットー・ノイラート、モーリッツ・シュリック、フレデリック・ヴァイスマン)と呼ばれたものを作った人々と、彼らの何人かの仲間(すなわち、A.J.エイヤー、C.W.モリス)の手で、これらの思想の多くがさらなる思想 ― もっとラジカルに聞こえるもの ― につながった。論理実証主義(あるいは論理経験主義)と後に呼ばれるようになるこれらの哲学者たちにとって、特定の主張だけが有意味だとみなされた。彼らは科学(と日常的な観察)の総合的主張を、そのような主張をすることが可能であることが科学の成功に貢献するものであるため、有意味だとみなそうとした。彼らはまた論理と数学の分析的主張を、これらが結局私たちが考える仕方についての基礎を形作るため、有意味だとみなしたかもしれない。だが、実証主義者にとって、私たちが他の種類の主張をするなら、私たちは無意味なことを話すようにおもえる。検証の実証主義の原則ー文が有意味だとみなせるかどうかを教えると考えられた原則ーのエイヤーのバージョンについて彼が有名に(悪名高く)語る通りに彼に耳を傾けよう。
私たちが事実の明らかな陳述の真実をテストするのに私たちが用いる基準は、検証の基準である。どんな人も、どのように表現を主張すべきか知っている場合、その場合に限り ― すなわち、ある条件下で、観察が、真であるものとして命題を受け入れるか、偽であるとしてそれを拒否するするよう導くことを彼が知っている場合、その場合に限り ― 私たちは文は事実として有意味であると言う。他方、もし推定上の命題がその真または偽の仮定が、彼が関心を持つかぎりその場合、彼の将来の経験の本性が、トートロジー、単なる疑似命題でないならそれが何であれ、どんな仮定とも矛盾しないというような性格をもつ。それを表現する文は彼に感情的には意味があるかもしれないが、字義通り有意味ではない。
(Ayer 1952: 35)
 それゆえエイヤーの思考法にとって、芸術批評、倫理、哲学、宗教でなされる主張は無意味である。それらは真でも偽でもない。これは、どんなしかたでも合理的に評価できないということである。
それらはほかでもなく喜びや不満の叫び声に近いものだと言われる。このような無意味な主張をす人はもちろん別のことを考えているのだが、エイヤーにとってこれが示すすべては彼らが明確に思考していないということである。
 分析的運動の第二段階は明確にこのような極端な主張に対する反動であった。実証主義批判とその仲間は多くの方面から来た。実証主義最盛期の間でさえ、科学的言語(と研究)は無意味さの排他的所有者ではないと考えた者がいた。20世紀初はじめ、G. E. ムーアとやや遅れてギルバート・ライルは私たちの街の言語は実証主義が認めるより有意味であり、結果としてそれもまた研究の価値があると考えた。結局それは私たちが生活でさまざまなことを考えるとき、私たちのほんどが用いる言語「であった」。加えて、彼らには実証主義が考えるように、それがまったく欠陥の多いものだとは思えなかった。だから科学、論理、数学における印象深い発展の方向における単なる承認するだけなら、これらの哲学者たちは、多くの哲学が過去で行ってきたものが、注意をより日常言語に払っていたなら、その多くの誤りを一掃できたという結論に至った。彼らにとって、日常言語の(あるいは概念の)誤りは悪い哲学に導くのであった。第二次大戦後、この思想の列にポール・グライス、R.M.ヘア、H.L.A.ハート、ピーター・ストローソンを含む他の者たちが加わった。
 だが誰にもまして、論理実証主義を放棄したあとのルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインと、日常言語が無意味であるという主張を運命づけた実証主義のゴミ箱からそれを救ったジョン・オースィンだった。ふたりは日常言語はわれわれが記述的主張を可能にする以上のことができると論じた。ウィトゲンシュタインは『哲学探究』(1953年)で日常言語の中に無限の数の「言語ゲーム」のようにみえるものを私たちは演じることができると言うことで、この点を主張した。彼は科学的活動の取り組みは単一の言語ゲームではなくそれ自体さまざまな言語ゲーム(すなわち言語的活動)の寄せ集めだと言った。だがそれに加えて、彼は私たちは言語で演じることができる非科学言語があると言った。私たちは命令し、約束するなどができる。オースティンは、より体系的に『言葉で物事をする方法』(How to do things with words、 1975年、邦題『言語と行為』)で大いに同じことを言った。その本の中で、「私は公園で君と会う約束する」というような発話は真か偽かいずれかとして評価できないと彼は論じた。だが、そのような発話は、他の仕方で上手くまたは拙く作られるため完全に有意味だと言う。たとえば、上手く作られた約束を行うための必要条件は、それを可能にする人がそれを実行する能力を持っていることである。別の必要条件は約束されることが将来起こることである。「私は君に私が言うとおり行うことを命じる」というような命令も有意味だが、それもまた真か偽かとして評価できない。オースティンは再びそれがどのように評価できるかを私たちに語り続ける。そのため、命令をする必要条件は、それを言う人は命令される人に何らかの権威をもたなければないということである。兵士が将軍に「命令する」なら、私たちは笑うか、まじめに軍における兵士の去就について関心をもつだろう。
 オースティンは他の無意味という割れる発話が意味をもつと論じ続ける。彼は「こんにちは」、「君は破門だ」「私はあなた方を夫婦と宣言します」「助けて」などを論じ、さらに多くをあげる。もちろん、オースティンにとって、実証主義が支持する主張も有意味である。彼はそれをまず記述的(constatives、普通「事実確認的」と訳される)と呼び、私たちの注意を引いているさまざまな発話と対比させる。彼はこれら他の発話を遂行的(performatives)と呼ぶ。遂行的発話はこれらの言語の使用が「している」(doing)ないし、言語的パフォーマンスであるとオースティンには思えるため、その名を与えられた。サムと約束をする際、発話者は言語的パフォーマンスをし、状況が適切ならば、その場で、誰か ― 普通約束をする人 ― のため将来何かをしなければならなくなることを知る。
 その本の終り近くで、オースティンは彼のすべてのカードをテーブルに広げる。「草は緑色だ(と(私は言う)」というような真か偽の主張を発話することは、「芝を刈ることを私は約束する」と同じであるため、記述的(真か偽か)は遂行的でもあると彼は言う。だから結局、すべての言語の使用は遂行的なのである。だがさまざまな遂行的発話があることは以前より明確であるため、互いにどのように類似し、しないかを語るため、どのような種類があるか特定する義務を彼は感じる。それはあたかも、いったん私たちが結婚している言語がどれくらい微妙で、多様で強力かについて彼が理解するならば、必要なのは、離婚ではなく、理解であるようだ。

ジョン・サールに入る
その後、サールが『発話行為』で取り組んでいるものを私たちが見るのはこの背景においてである。1969年までに、主題ではなく、用語法が変わった。(言語使用における)遂行的について語る代わりに、「発話行為」が流行り出した。オースティンは発話行為を発見し、私たちにそれについての多くの興味深いことを語った。彼は探検的仕事を行った。オースティンの学生であるサールは発話行為のより完全で体系的な説明を提示することによって彼の師匠の仕事を成し遂げることを自らに課した。
 発話行為のサールの説明を検証する前に、ふたつの予備的なコメントをしておくのは役に立つ。第一は、主題を扱う。サールは『発話行為』の主な焦点は「言語」の哲学であって、「言語的」な哲学ではない(1969;3−4)。後者は哲学的問題を扱うための方法である。心身問題、科学と倫理、そして実在の本性(存在論)と以下に何かを知るようになるか(認識論)の関係をよりよく理解するため言語分析に取り組むなら、私たちは言語的哲学をするだろう。言語の哲学研究は最終的に(言語的)哲学を行う助けになるかもしれないため、そのような研究に取り組むことは重要である。にもかかわらず言語の哲学の研究における注意は言語自体にある。言語学者もまた言語を研究するが、その仕事の多くは、あれこれの特定の言語に関心をもっている。対照的に、サールの関心はどのように言語学が国民や民族の境界を越えて働くかを示すことである。彼はどのように言語が ― どんな言語でも ― 働くかを示すことを望む。
 第二のコメントはサールが哲学を行うスタイルを扱わなければならず、とくに言語分析を扱わなければならない。たとえば私たちがすべての発話を分析的か総合的かに分類するのに役立つ明確な線を見いだすことができないなら、その区別を本当に理解するのではないというような哲学者とは異なるようになるとき、サールは境界にはとりつかれてはいない。あるいは私たちが約束することと、約束しないことを区別するのに役立つ異なる明確な線を見いだせないなら、約束が何であるかを理解できないと彼らは言う。しばしば哲学者にとりつくこのような境界は、明確な線の欠如が分析的と総合的発話や約束することの概念のような区別を台無しにすると議論するため続く。
 サールには、そのようなものはないだろう。彼にとって、「緑の物は空間的広がりをもつ」が総合的か分析かどうかがわからないということは、私たちがこの区別について多くをすでにわかっていることを当然としているということである。私たちは、その境界かははっきりと他の主張を区別できないならそれは境界線上の主張であると呼ぶことはできないだろう。私たちはみな「私の叔父には兄弟がいる」ことは分析的だが、「私の叔父には二人の兄弟と一人の姉妹がいるということはたとえ以前この発話をしたり、聞いたりしたことがなくても総合的であることを知っている。私たちの母語の用い方は、何が明確に分析的であるか、総合的であるか、また何が不明確に分析的か総合的かを私たちに教える。その場合、サールのスタイルはまず最初に明確なあるいは範例的なケースを探すことであり、そのあとで境界的ケースについて検討する。それは、発言行為の一種としての言明を説明する際、真か偽かいずれかを、どのような意味で言うのが困難でありえるフィクションの言明に直ちに焦点を当てないことを意味する。そうではなく、彼は「あれは大きな木だ(と私は言う)」とか「ジョンはマリーを深く愛している(と私は言う)」というような日常的言明に焦点を当てる。それはまた、ある非範例的な使用が、わたしたちがどんな区別をしようとしているかにかかわらず、いくつかのそれほど明確でない境界にたち向かうことを彼が完全に認めるつもりであることを意味する。結果として、たとえば私たちは申し立てられた約束が実際約束であるかどうか決定することができないかもしれない。
 その場合、日常言語日常的使用についての彼の注意を明確にするなら、サールはその仕事の課題を概ねふたつのパートに分割することによって発話行為の分析を始める。私は例示を単純化する目的のため、彼が行ったよりふたつのパートに分割する。パート1を私は発話行為の構造分析と呼び、パート2を発話行為を行うことによるコミュニケーションの過程の分析と呼びたい。要するに構造と過程である。
 発話行為の構造は次の図で示される。
発語内行為(Illocutionary act)
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 『発話行為』から引用した次の文はそれが何を意味するかすべて説明するのに役立つ。サールは語る:
 1. サムはタバコを吸う(Sam smokes habitually.)
 2. サムはタバコを吸いますか?(Does Sam smoke habitually.)
 3. サム!タバコを吸え!(Sam, smoke habitually!)
 [これは例外的なものだろう、すなわち標準的英語話者は実際には言わないかもしれない。]
 4. サムはタバコを吸うだろう(Would that Sam smoked habitually.)
(1969;22)
 話し手がこれらの文のいずれかを発話するとき、指示する行為は同じである。サムは指示される人である。すべての文で叙述する行為も同じである:すなわち、タバコを(習慣的に)吸うことである。一緒になった指示する行為(reffering act)と叙述する行為(predicating act)は、サールが命題的行為(propositional act)と呼ぶものとなる。命題的行為は私たちがそれについて語っているものを私たちに語る。それは発話行為の内容または主題(すなわち、命題内容) である。だが、それはぜったい何かを言うことの普通の意味でそれ自体何かを言うことではない。命題的行為を発話することは「サムの喫煙習慣」と発話すること(あるいは書くこと)のようなだけである。話し手がそれ以上多く発話しても、聞き手は困惑するだけだろう。彼らは、「ああ、君はサムの喫煙習慣について話しているね、それは君の主題だ」というような何かを言いたくなるだろう。「それについて私たちに話す」ためには、話し手は行為を表示する発語内的力を何か生むことによって文を完成する必要がある。(1) 「発語内」(illocution)という語はジョン・オースティンの「発話行為論」(How to do Things with Words;邦訳『言語と行為』 Austin 1975: 98)に由来する。接頭辞「il」は「in」を、「locution」は「speech」を意味するため使われている、だから「illochution」は何かを「話す中で」(in speekingないしin saying)を意味する。上記1で、表示行為(indicating act)は言葉の秩序によって引き起こされる。その秩序は聞き手に話し手がサムの喫煙について主張をしていると語る。2で言葉の秩序と疑問符は問いが尋ねられていることを伝える。実際に1と2の両方で何かを実際言宇場合、話し手は今やその聞き手の理解を扱うのである。聞き手は話し手が主張し、問いを尋ね(3)、要求を訴え(4)ていることがわかっている。行為を表示する発話内的力が命題行為に付け加えられる場合、オースティンとサールはは話し手は発語内行為(実際に何かを話す行為)を付け加える完全な発話行為を発行するのであった。

コミュニケーション

不幸なことに、コミュニケーションを引き起こすためどのように発話行為がはたくかを理解することは、発話行為の言語学的表現の意味での構造について単に知る以上の何かを必要とする。それ以上の何かの一部は、意図にかかわらねばならないし、奏すことでプロセスとしてコミュニケーションを理解することにかかわらなければならない。肌意思で歩いているとき爪を固く踏まれたとき、「Ow」とか「G..damn it」と叫ぶのに意図はない。後者の文の叫びはおそらく後者と同じくもちろん英語である。おそらく爪を踏まれたときのロシア人の叫びはまたちがうだろう。それでも弦の感情的「使用」は意図を書いているため行為ではない。叫び声は出るのであり意図的に発っせられるのではない。だから叫び声は行為ではなく、出来事として考えた方がよい。サムがヘンリーに「今雨が降っている」と言うとき、彼はヘンリーが外の気象条件について知らせる意図を持って発話行為を行う。彼の意図は事前の熟慮の結果として必ずしも形成されてはない。もっとありそうなのは、「雨が降っている」と言う行為に単に組み込まれているようにみえることが無意識的だと言うことである。野球でバットでボールを打つ場合と同じである。ボールがバットにあたる前本の一瞬を除いて スイングをする決定があらかじめ必然的になされていないとしても、スイングは意図的である。
 だからサムの意図は雨についてヘンリーにメッセージを送ることである。だがヘンリーとコミュニケーションする場合、サムは別の意図、再びおそらく無意識的な意図をもつ。この意図はメッセージがヘンリーに意図的に送られていることを認識させることである。第二の意図は、その場合、第一の意図をヘンリーに認識させることである。おそらく第二の意図はサムが発した発話行為をに責任があることをヘンリーに明確にするのに資する。その場合発話行為の真偽、正確さ、適切さなどについて疑問が生じるなら、聞き手はその行いに責任のあるものとして話し手に指摘できる。
 その場合ヘンリーがメッセージと意図について明確だとする。ここまではよろしい。だが「雨が降っている」という見たところ無邪気な発話行為をすることに隠れている別の意図がある。サムは「雨が降っている」と表示される言語規則を通じて彼のメッセージを受け取ることを意図するとサールは論じる。ヘンリーへのメッセージが彼がわかる規則を通じて渡され、メッセージがその規則によって渡されることを意図することをヘンリーがわからないなら、そもそも私たちはコミュニケーションをもつことなどない。たとえサムがヘンリーに「雨が降っている」と話しているとヘンリーが考えるようになったとしても私たちが手にするのは、偶然のできごとである。それはあたかもサムがドイツ語しかわからないヘンリーに英語で話し、ヘンリーがサムが言ったことについて正しい結論に至るかのようである。
 その場合、単純な発話行為の分析は、それほど単純ではない。これは驚くべきことではない。ボールを投げる単純な行為の分析もまたそれほど単純ではない。その分析はどのように投手が中を曲げ、横に足を踏み出し、後ろ足を押し出し、膝を少し曲げ、バランスを保つよう他方の腕を維持しながら、投げる腕を頭の後ろに引き、投げながら肩を回し、頭を上げ続けるかなどを私たちに語るかもしれない。ボールを投げるすべての行為は(発語行為と等しく)、見た目では、ほとんど思考抜きの、ひとつの単純な動きのようになされるかもしれないが、分析の目の下では極端に複雑である。
 ボールを投げるより、後に手短に見るように、問題ははるかに複雑であることを除いて、それは発話行為でも同じである。だがこれらの複雑さを論じる前に、これまで言われてきたことに関連する二つの非常に重要な点を解決する必要がある。第一のものは先ほど議論した、聞き手にメッセージを伝達することを扱わなければないという最初の意図を扱う。
 サムがヘンリーに発する二つ目の発話行為を検討する。「ドアを閉めろ」とサムは言う。ヘンリーは英語の規則を通じてそのメッセージを受けとり、完全に理解する。そうしてサールが発語内的力と呼ぶものをサムは成し遂げたことになる。コミュニケーションは彼の発語行為を発することを通じて起きたのである。だがサムはそれ以上のことを望んではいない。彼はドアが閉まること、すぐ閉まることを望んだ。しかしヘンリーは今のところ言いなりにならなかった。彼は「地獄に落ちろ」と答えて言う。サムが発話行為によって達成できなかったことは、(ヘンリーにドアを示させるよう試みる発語媒介行為を通じた) 発語媒介的力(perlocutionary effect)である。この用語はオースティン(1975:101−32) (2)のものだが、サールはそれにしたがう。発語媒介的力(とそれに対応する発語媒介的行為)は私たちの例で証明した字義通りの発話行為の一部ではない。発語媒介的力はすでに完全に伝達された言語的行為に対する因果的反応でありそれゆえそれはその行為の部分を厳密に語ることではない。それは話すこと(完全な発語内行為を発すること)に由来するものである。
 第二のものは、発話行為を発する話し手の意図の一部が発語媒介的力を生むためしばしば行動される。また発語内的力の達成の成功(発話行為を通じたコミュニケーションの成功)が誌上にしばしば発語梅光的力達成の成功(多くの発話行為の欲求された因果的結果)を伴うため混同が生じる。二つの力を混同は間違った哲学につながりえるとサールは考える。ヘア(1952: 13-14)は、サールが賛同するだろうこの混同の一例を呈する。彼はチャールズ・スティーブンソン(1945)の倫理の説得理論が発語媒介的力に関係すると言う。それは倫理的ディスコースが、私たちが望む通りに人々が行うようにさせる(引き起こす)のに用いる操作と宣伝の道具であると特徴づける。スティーブンソンは倫理的ディスコースは操作と宣伝の道具であると私たちに語っているように思える。だが、ヘアにとって、倫理的ディスコースはそのような道具ではない。むしろ、彼がしたとおり、ディスコースの発語内的(厳密に言語学的)特徴に焦点を当てるなら、それは行動について人々に指図(忠告、指示)し、指図を理由で裏付けると私たちは理解する。行為に人々をおもに扇動ないし刺激するのに用いられる道具であること(すなわち、スティーブンソンのテーゼ)とはかけ離れて、道徳的ディスコース(発話行為)は私たちが命令を発する人の手に意思決定をゆだねるのである。ヘアの言語哲学における良い著作は、それゆえ、「倫理とは何か」への大きく異なる答えを与え、言語哲学を上手く行うことの価値示す。
 第二の点は、言語の規則(rule)に関係する。サールにとって、「“言語を話すこと”は行動の規則に決定された形式を行うこと」である(1969:41)。言語の規則は、話し手がメッセージを送ることを可能にし、聞き手がそれを理解させるようぶんに意味を与える媒介として振る舞う。しかしこのような規則は単に本来単なる規制的(regulative)なものに過ぎないのではない。規制的規則は私たちがすでに行っている行動を変えるのに資する。このような規則はいかに、いつ、どれほど、何を食べると、いかに練習をするかとか、どれほど長く、どれほど懸命に働くか、どれくらい速く、どのように自動車を運転するかなどにかかわるべきものである。言語学的規則は最終的に私たちの言語学的行動を規制するよう発展する。だがそれ第一に、規制的規則は、構成的(constitutive)規則でそうするのである。
 これらの規則は新たな行動形式を創出する。サールは構成的規則とは何かの彼の考えを理解させるために、ゲームのアナロジーを使う。テニスで1セット奪うことが意味するものを知ることは、そのゲームの発明された規則の一つと関係でのみ意味をなす。それはあたかも、ゲームが長い歴史を持ち、規則の制定者たちが、こんな仕方やあんなしたかでそれを帰ることによってゲームをいかに規制するかを私たちに語るようになったかのようであるというのではない。そうではなく、試合、セット、エース、ネット、コート、ラケット、(テニス)ボールの概念が「発明」される以前、私たちが今日知るテニスのゲームは存在しなかったのである。同じような仕方で、言語規則は約束、契約、命令、宣戦布告などのような「制度」(institution)を生成する。これら構成的規則とそれが生成する制度的事実について語ることはもっとある。しかしこれらの問題のサールのもっと広い取り扱いが彼のキャリアのもっと後で起こるためその議論は待つことが最善だ(この本では特に第9章と第10章を見よ)。
 続いて今までの議論を要約しよう。発話行為(speech act、illocutionary act)のサールの説明は非常に一般的である。彼は、これらの行為の言語学的構造は、(命題内容をもつ命題行為を形成する)指示(reffering)と述語(predicating)の下位行為と、いかに私たちが(私たちが用いる言語で何をするかを他者に語る)発語をするかを示す行為を含む。適切に合わせれば、これらの下位行為形式は発話行為を完成する。これらの完全な、あるいは成熟した行為は、言語コミュミュニケーションの最小単位であると彼は言う。それは言語哲学の研究にとって興味深いものにする。これらの同じ思想についてサールがいかに語るかはこうである。
発話行為の研究に集中する理由は単純にこうである:すべての言語的コミュニケーションは言語的行為を伴う。言語的コミュニケーションの単位は一般に考えられてきたようにシンボル、語、文、あるいはシンボル、語、文のトークンですらなく、発話行為の遂行におけるシンボル、語、文を産み出すこと、ないし発することである。トークンをメッセージとみなすことは生み出された、あるいは発せられたトークンとそれをみなすことである。より正確には、ある条件の下での文のトークンの産出ないし発行が発話行為であり、発話行為は・・・言語的コミュニケーションの基本的ないし最小の単位である。
(1969:16)

 サールはこの場合これらの最小単位の正確な性格を特定することがたやすいと示唆しているのではない。しばしば私たちはあることを言いながら、他の何かを意味する。すなわち彼が文の意味と話し手の意味と呼ぶものの間でギャップが生まれる。そのギャップは、皮肉を込めて私たちが言うことの反対を意味しさえすることができるほど大きい。
・・・・・・・・・・・・・・




さて、もし脳科学まだでかい顔していたなら、『神経生物学と哲学』という論文集を本気で訳そうとしたかもしれない。『新世紀の哲学』という新しい本に、チューリングマシーンや中国語の部屋について回顧した論文が入っているのでそれをやれば、バカな科学者につける薬のひとつにはなるだろう。本来は「社会の哲学」やる使命感があるんだが、これは自分しか興味がないという寂しい状態である。

ギター改造もやるし、サールもやる。なんか元気になったような気がする。

そして少しずつ弱りつつあり、眠っている時間が少しずつ増えていく母が起きているときにはつねに傍らにいて優しくする。


posted by Kose at 21:56| 日記

STAPについての本当に最後のポスト―【和モガ】「STAP細胞事件」-残された最後の謎を解く―全コピペ

本当に最初の頃書いたのは、同じタイプのマウスのトークンがES細胞であることとSTAP細胞であることは排他的ではないので、STAP細胞はES細胞だというのは、単純な論理的誤解、誤謬推理だということだった。
結局この主張は全く崩れなかった。
和モガ氏だけが、ある資料が何かはそれ自体は全然わからず、ラベルがそれを指示しているだけだが、その因果関係は不明だと明示した。現代アメリカ分析哲学は、「指示の因果説」というのが主流で、困ったものであることをサール先生が指摘していた。ものすごく頭の切れるドナルド・デイヴィドソンとかソール・クリプキとかがそっちの路線だからだ(こういう哲学がメインストリームなのは数学や物理科学をモデルにして現代の科学の神学的権威にすがりたいからだろうけれどね)。もっと頭の悪い自然科学者なんて指示の因果説なんだろう。容器にSTAP細胞というラベルが貼ってあったら、それは因果的に直接その内容がSTAP細胞だと信じて構わないということだ。これは因果的でないことを示したのは和モガ氏だけである。
最終的に、マウスのタイプあるいはサブタイプの分類学はできるが、それをES細胞とかSTAP細胞と結びつけるのは、人の行為である。名前だけである。その試料から因果的にES細胞か、STAP細胞かを導くことができないのだから、その時点で「正気の科学者なら調査を断念すべきであった」。
それに比べて、小保方氏ばかりかES細胞研究の国内でトップクラスの研究者である丹羽氏、笹井氏が証言し、画像を残したSTAP細胞やFI細胞の胎盤は、いまだもっと雄弁である。

小保方氏がまるで小娘みたいな日記を書くので満足しているようだから、もうあまり望めることは多くないだろう。
村上春樹の20歳の小僧みたいな自分探し小説すらぼくは許さないのであるからいわんやおや。




【和モガ】「STAP細胞事件」-残された最後の謎を解く
http://wamoga.blog.fc2.com/blog-entry-151.html
STAP幹細胞FLSの由来とされたES細胞は若山研に在籍していた大田氏が作ったもので、小保方氏が着任する1年前に京大へ転出した際、全て引き上げたというES細胞だった。そしてそれは、若山研が山梨大に移転した後、理研の小保方氏の保管BOXから見つかっている。小保方氏がテラトーマの実験のため、ヌードマウスにOct4-GFPのSTAP細胞を移植して渡米すると、その組織から全く異なるAcr-GFPが検出された。また、小保方氏が2014年4月の会見で保管していると答えたSTAP細胞の存在を証明する「光る胎盤」は、12月の調査委員会の会見時にはなくなっていた。「STAP細胞事件」はとにかく不可解である。

この不可解さは、真犯人が小保方氏がES細胞を混入させSTAP細胞を捏造したと偽装したことにある。偽装に無理が伴うからそのほころびが不可解さになって現れる。その偽装の痕跡を見つけ、混入偽装犯がいることとその手口をかれこれ2年近く書いてきた。情報公開請求によって次第に明らかになってきた事実は全て「混入偽装」を裏付けるもので今や、「STAP細胞事件」が「混入偽装事件」であったことは疑いようがない。その「混入偽装」で最後に残ったのが、複数のSTAP関連試料が同じ染色体の構造変異を持っているという謎だった。

STAP細胞がES細胞由来とされた理由のひとつは別の細胞株や組織から同じ染色体異常が見つかったことである。STAP細胞はそれぞれ仔マウスから作られるので、別々のマウスから得られた細胞株や組織が偶然、同じ染色体異常を持つのは考えにくい。しかし、それらがもともと染色体異常を持ったES細胞なら、そのことが説明できるからである。

2011年12月27日に移植されたテラトーマと2012年1月31日から2月2日にかけて作られたSTAP幹細胞FLS、2012年5月25日と7月9日に作られたFI幹細胞CTSは第3染色体と第8染色体に同じ欠失がある。CTSについてはFLSとすり替えられている可能性はあるが、テラトーマの組織はすり替えが出来ないので、別の組織に同じ染色体異常があるのは間違いない。

この謎を解くヒントが学とみ子氏のブログ「2014年のヤフー知恵袋には、小保方氏が受け取ったマウスはクローンマウスヨ!と書いてあるのです。」に書かれてあった。以前、FLSの親マウスはクローンだと書いたが、そうではなく、小保方氏に渡された仔マウスがクローンマウスで、FLSはクローンマウスから作られたSTAP幹細胞だったというわけである。クローンマウスなら同じ遺伝子をもつので、それでSTAP細胞がつくられたとするとそれらの関連試料から同じDNAが検出されることになる。

これを裏付ける内容が「あの日」に次のように書かれている。

実際に独立して再現実験に成功した当時の学生さんは、「幹細胞株化された細胞からクローンマウスを作製する」という、若山先生に割り振られた研究テーマをもとに私とは別の論文の執筆を開始していた。 (中略) こうして、この学生さんによって執筆された論文は実際に投稿されたが、騒動になったのち静かに取り下げられている。

クローンマウスは卵子の核を取り除き、かわりにドナーとなる体細胞の核を入れて受精卵もどきにし、疑似妊娠させた仮親に移植して産ませるもので、仔マウスはドナー細胞と同じ遺伝子を持って産まれてくる。取り下げられた論文とは、取り除いた核にドナーとしてSTAP幹細胞の核を使ったということであろう。

当時の若山研ではSTAP細胞実験と平行してクローンマウスの実験が行われていた。この実験は長年継続されており、2012年の動物実験計画承認計画書(継続)では卵子提供用に4500匹のB6D2F1マウスと仮親用に2000匹のICRマウスが申請されている。

この実験は2013年3月7日に「Successful Serial Recloning in the Mouse over Multiple Generations」の題で論文が公開されており、Fig.1Aには1回の実験で生まれたクローンマウスの写真があり、Fig.1BにはトリコスタチンA(TSA)を使いクローニング効率も10%程度あることが書かれている。

クローンマウスの仔
[画像]

「テラトーマの解析結果にみる「混入偽装」の証拠」に小保方氏が2011年12月27日に移植したSTAP細胞に混入偽装犯がSTAP幹細胞を上乗せしたと書いたが、このSTAP幹細胞が第3染色体と第8染色体に欠失をもっていたとすると、この細胞の核を使ってクローンマウスを作り小保方氏に渡せば、そこから作られたSTAP幹細胞は同じ欠失を持つことになる。

FLSが作られたのは2012年1月31日〜2月2日で、12月27日には既にSTAP幹細胞が出来ていたとすると、FLSがクローンマウスで作られていてもおかしくない。FLS1〜8が全てオスだったのもクローンマウスだったからということになる。

また、FLSと同じ時期にキメラ胚からつくられたSTAP幹細胞FLBは細胞株のソート(選別)が行われている。これは、STAP幹細胞の核を取り出す際にホスト胚のES細胞が混ざっていることを見つけ、ソートが必要なことを知ったからだろうと思う。

しかし、実際のところクローンマウスはSTAP幹細胞と完全に同じ遺伝子を持った個体にはならない。ミトコンドリアは元の卵子のミトコンドリアのままである。このため、調査委員会が調査したテラトーマの組織とFLSのミトコンドリアを調べればその違いが分かったはずである。

テラトーマに注入されたSTAP幹細胞は市販のメスの129X1マウスとオスの岡部B6マウスを掛け合わせた仔マウスから作られている。このとき、ミトコンドリアは母方のミトコンドリアが受け継がれるので129になる。それに対し、FLSはホストの卵子がB6D2F1でB6D2F1は母方がB6なのでミトコンドリアはB6になるのである。

混入したとされたES細胞129/GFP ESをFLS3を培養して作ったのは、このミトコンドリアの違いを考慮したからだろう。

桂調査委員会の調査で分かったのは、「STAP関連細胞株と酷似のES細胞がある」というだけである。これは偽装犯がそうなるように仕込んだからに他ならない。それを調査委員会は「STAP細胞はES細胞由来」と思い込んだのである。思い込みは論理的な思考が一切働かない。それが根拠のない思い込みであることにも気づいていない。実際、2014年12月の結論から2年以上も経つが、ES細胞の混入なのかすり替えなのかそれとも他の方法なのか、いまだ誰一人として、その根拠を挙げた者はいない。そろそろ、それは思い込みに過ぎなかったことに気づくべきだと思う。

STAP細胞実験の流れ
[画像]


posted by Kose at 11:51| STAP

周波数解析ソフト網羅的な紹介サイト「オーディオ計測器 フリーソフトウェアの紹介」発見


オーディオ計測器 フリーソフトウェアの紹介
http://hamanako-kankou.uzusionet.com/free/audio/index.html#voxgen_span

このサイトの網羅度はすごい。ただ多すぎるから一般音声編集ソフトから小さなものまでベタに並んでいる。

Audacity
Wavosaur
SoundEngine free

のようなメジャーな音声編集ソフトに周波数解析機能が備わっていることがわかった。窓の杜で入手可能。

VSTPluginsもある
Blue Cat's FreqAnalyst
 *いろんなVSTがつまったパッケージBlue Cat's Freeware Plug-ins Pack IIもある。
また別
VoxengoSPAN

Sonic Visualiser
はマルチプラットフォームの本格的ソフトのようだ。プラグインもたくさんみたいだが全部英語で紹介されていて、とりあえず後回しにすることにした。
ダウンロード
プラグイン

*MP3エンコーダーが使えるかどうかはPCの場合重要だが、「Audacity」「Wavosaur」(後からlame_enc.dllを本体の実行ファイルフォルダーにコピペ)と「WavePad」(デフォルトで対応)はOK。他は研究の余地がある。まあコンバーターソフトを使えばいいんだけれど。SoundEngine freeは、最新バージョンは全くMP3対応拒否。

音声でも動画でも何でもとりあえずこれで簡単?
XMedia Recode
他に死ぬほどあるので探して頂戴。
posted by Kose at 07:16| My Music

なぜネックピックアップは24フレットの位置にあるか

なんかちゃんと本借ってきて勉強すべきだと思うが。

24フレットの位置にネックピックアップがあるため、2オクターブ以上の倍音は基本的に拾わない。

これである。
さっきの周波数グラフでも青線が2オクターブから極端に減っていたのはそういうことだ。
反対にブリッジピックアップは、2オクターブ以上の倍音を拾っている。
だがストラトやレスポールのようなピックアップが同じタイプの場合、そんなに違いが明らかにない。高音が押さえられるハムバッカーの場合は特に。

だがテレキャスのネックピックアップは、ブリッジピックアップと異なりおそらく磁石もコイルも弱いので、やはり50〜60年代フェンダーがジャズトーンを模索した痕跡が残っていると言わざるをえない。

ではネックピックアップをもっと強いP90とかハムばっかにするとどうなるか?
この場合はジャズトーンを捨てて、ロックトーン変えることになるだろう。
実際フェンダーのシンラインはそういう作りだからね。

お好みのカラーのものがプレイテック品切れで、すぐにラップスチール化の工作には入れない。
それとプレイテックのピックガードはフェンダー準拠のものが使えないそうだ。
そのため、プレイテックは、エスクワイア配線+ラップスチール専用にせざるを得ない。
それにブリッジがスクワイヤ・アフィニティ(スタンダードも)同様6連サドルなので、レトロ感がない。

今ぼくのもっている、バッカスは3連サドルでたぶんフェンダー準拠ピックガードが使えると思うから、こちらは1)コントロール部を含めてエスクワイア化、2)ピックガードごと、ネックピックアップを変えることができる仕様にしたい。1がピックガード変更だけでできないか配線を検討したいが。プラグがどのようなのがいいかわからないが、ピンジャックならそんなにロスはないだろう。お財布具合に応じて、ネックピックアップ変更工作をやる。なんだったら誰もやっていないが、ストラトブリッジピックアップ(安物でもかなり強い)をもう一個ネック側につけるとかお馬鹿な実験もしたい。

おおバッカスのネックピックの穴(専門用語でザグリ)は専用の形なのでハムバッカーなど形状の異なるピックアップにする場合には、掘らないといけない。まあギター改造のイロハだからちょうどいいと思う。

プレイテックの方は穴はそのまま。ラップスチールの用のなんちゃって指板を貼るから。

スクワイアのギターを新品にせよ中古にせよかわないで住むことになった。バッカスの改造は、科学的なものである。正直テレキャスのアレンジ品がどんな音か文章で伝わる物を読んだことがないのである。

テレキャスのネックピックアップの科学的理由の一端はわずか1日でわかった。

ギターオタクの曖昧なボキャブラリーの貧弱にはたいへん腹がたつ。
もう何年のこの商売をやっているんだろうから、そういうイメージだけの商売はいい加減にして欲しい。
安いギターが、難点が何かあるのは確かだが、10万円あたりで、無難な素材で無難なパーツで作りましたというのは本当によくないと思う。人件費とパーツ代を単に合計すればそういう値段になるんだよ。で?

今は、中国工場が実力をつけているため、人件費で競争できないんだ。パーツを大量生産して、可能なかぎり同じ型を多数のメーカーが流用していると思う。それで後はパーツがしっかりしてくれば、無難な素材で無難に作ったアメリカ製、日本製はやばくなりそうな気がする。

ここでブランド名は絶対に気にしないというのが「安い!ギター愛好会」の肝だと思うよ。

まあ全然いいギター弾いたことがないのは問題あるかしれないが、高いギターは耐久性は優れていると思うが、気に入る音かは保証がない。

ギブソン系はいじる気がない。まあピックアップのパワーの問題しかあるように思えない。

その後は、ストラトキャスターのライ・クーダー化だ。これはピックアップがたまたま手頃に手に入らないかぎり無理。スープロのラップスチール、ブリッジピックアップと、テスコのフロント(センター)のピックアップだ。
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スライドギターは、デュアン・オーマンのオープンEしか弾けない。スタンダードチューニングなら弾けるけど。そこから抜け出したい。





posted by Kose at 00:48| My Music