2016年10月08日

また眠れないので馬鹿話

電通の東大卒1年目の女性が過労で自殺したのが労災認定されたそうだ。

ぼくの場合は不眠不休で二週間に一度少し睡眠をとることしかできないのが3ヶ月続いて壊れた。
システム開発だったんだが、コンピュータ化に反対する日共系の組合に知られないように極秘裏に2〜3人での仕事だったのだが、一番若かったぼくに仕事が集中したためだった。完全に不眠症が顕在化して、最初睡眠導入剤をもらいに通勤の途中のクリニックに行って処方してもらった。その仕事が終わったら専門の部署に配属して貰う約束でそれでもがんばったのだが、組合の横やりが入って、ぼくは職場を移動できなくなった。その時点で精神的におかしくなり始めた。周囲の人間が全員悪意の塊にしか見えず、どんな言葉も裏の意味を勘ぐるようになった。これが関係妄想に発展した。結局それが取れるのに20年かかったんだが。結局職場の移動ができるまでに12年かかった。12年かかった後、職場を変わったら、躁状態になっちゃってさらに精神の異常に磨きがかかった。まあ冷静に考えれば当然の反応だよな。そのときには日共形の組合のボスが潰されて、移動した職場にはぼく専用の管理職が配置されるくらい大事にしてもらったんだが、もう手遅れだった。結局もう自己管理不可能なので、実家のそばのアパートに引っ越して、様子を見てもらうようにしたが、そうしたら通勤にものすごい時間がかかるようになって、ある日「辞める」と思い電話した。

その最初の医者がものすごいヤブで、抗うつ剤からメジャートランキライザーからリーマスからあらゆる薬を山のようにくれた。まずメジャートランキライザーは、ふいに眠くなるので、生活のリズムを破壊するのに十分だが、何の効果もなかった。あなたもメジャートランキライザー貰って数ヶ月飲めば生活は破綻すること保証する。そのため睡眠導入剤の量が更に増えたのは当然である。一部の睡眠導入剤は明らかな副作用、特に喉の渇きがあって、これをやめてもらうように説得するのが大変だった。また問題が指摘されたパキシルやハルシオンはひどい副作用はないように思われたけど、他の薬の副作用がひどいのでよくわからない。もう薬が増えすぎて収拾がつかないので、ある日医者を突然紹介状をもらって変えた。だがその医師は県の医師会を通じて俺の手配状を回したとしか思われないらしく、北里大学病院の医師に「あんたみたいなやつがどうのこうの・・・・」と初診で怒鳴られる経験をした。そのため、県医師会がやばいということで東京都町田市でクリニックを探すことになったが、そこで処方された抗うつ剤(もはや何かわからん)で突然激しい躁転に襲われ、3日後にマンションの契約をした。まあそれは穏便に解決したし、またそれは抗うつ剤の効果だけなのか、職場の移動に伴うものも影響するのかはっきりは分離できないが、まあマンションを買う事件はほぼ直接抗うつ剤の影響だと思う。

その後全部の薬をやめた。若干の弱い抗不安剤以外飲まなかった。そして上に書いたようにある日「辞める」と思い電話した。

これで15年くらいかかっているのではないだろうか。

だいたい職場を退職したのは2000年前後(よく記憶がない)だと思う。健康状態はものすごく悪く、痩せていたし、床屋に行ったら髪に栄養分がないですよと言われた。

死んだほうがマシだったが、もう15年そんな感じなので今更死んでもしょうがないなあと思った。あるいはホームレスになる勇気があるかどうか検討した。まだ家族が健在なのでそこまで自己決定のヒロイズムを発揮する必要はないと判断した。

実際辞めるとき何も考える余裕がなかったので計算上、本当に数年で路上生活者になる予定だった。

母が、親身に心配をしてくれてぼーっとしているだけのボクに変わりいろいろな手続をしてくれた。
もうだいぶ年だったんだけどね。母がいなかったらぼくはいずれ自殺していた。

どうなんだろう。いつごろから良くなったのかな?自覚がない。分析するにもすべてめちゃくちゃだからぼーっとしているしかしょうがなかった。2006年末に父が他界してから、少しメチャクチャな状態に完全の兆しが見えた。このブログはそのことから始まっている。長期に読めばぼくがどれくらい狂っていて、どれくらい落ち着いてきたかわかるかもしれない。

こう言うと躁うつ病の妄想だと言われても仕方ないのだが、ネット世論は耐え難い愚劣さで充満している。

若山清香について具体的に書いたのは、陰謀論のたぐいを排して、具体的な自分の関係で辿れる範囲で最小限の仮説を組み立てることが最初にやるべき「科学的方法」だと考えるからである。もちろんいろいろ場当たり的な要因も絡んでくるとは思うが、最小限の仮説はこれで十分である。その観点からすると大マスメディアや政府の対応なんてのは、たったひとりのおばさんのヒステリーにものすごいえらい人たちが引っ掻き回された喜劇にしか見えないのである。これは有志の会と正反対の見解である。だからものすごく怒ったのである。

こう言う手法は、たとえばプトレマイオス天文学の場当たり的な周転円の煩雑さつさを嫌って、ケプラーが楕円軌道による地動説をキリスト教の弾圧を恐れて、地下出版したのとにている。

仮説が多すぎるというのは間違いである状況証拠である。

ぼくの仮説は見事に要素が少ない。これは小保方応援団の諸君の無知蒙昧を一掃したいから実名を上げて提示したものだ。それ自体は検証されるべきであるが、

最大の理由は1)若山氏は英語が極めて苦手でできたら読み書きしたくない、2)故にサイエンスの査読の指摘を若山氏は精査しておらず、もし精査していたら画像の切り貼りの責任は若山氏にある。だが知らないのだであるから、それっは若山氏の側近若山清香氏が、小保方氏の論文を貶める材料として、黙認した。3)ネット査読が始まると若山清香が遠藤高帆にサイエンス情報を提供し大スクープになり、後は有象無象のネット告発が相次いだということである。

ここがいかに確信的かを理解しない小保方応援団なんか解散すべきか、ただのファンクラブ以上でも以下でもないことを自覚すべきである。全く不愉快である。

でもう6年位、ぼくは平静にいろいろな技術文書やジョン・サールの翻訳をやって世間に注目されない喜びに浸っていたが、ビジネスジャーナル事件でちゃんと用意をして実名の戦闘モードに入る準備をした。だが、批判派の翻訳文を引用したのをぼくがカバーしたり(ぼくは科学ジャーナリストではない)、その他いろいろだ。┐(´д`)┌ヤレヤレ

もうBPO勧告が出たらネットのダラダラした議論は何の意味もなくなるし、オースティン・スミス博士の情報はなんとかネイチャー・アーティクル論文を別の形で補う方策を見致す為のチャレンジで、成否は未定だが、それはこれまでよりずっと強い国際的な動きで、それはネットのコメント欄とは何の関係もない「現実」である。BPO勧告も「現実」であり、小保方応援団は、事態が「現実」上の動きになったとき何の役割を果たさないことに全く自覚がない。

このため東大不正事件告発の件については烈火のごとく起こった。ぼくらは現実に小保方さんにとって状況が良くなることを願っているだけである。

正義感に狂った馬鹿者は、STAP細胞にいずれ立場を取るものであれ、そのリアリティに対応できなければ、掃き溜めの沈黙である。

ぼくは長い精神病の闘病を経て、妄想でない現実をみわけるスキルをみにつけるのにたいへんな時間を割いた。
集団的に妄想以上であるネット住民は、僅かな期間で、証拠、推論、陰謀論の除去、可能な合理的な推論の選択に真剣に取り込まないといけないし、それができないなら、それはぼくの病気時代以上に重症の精神障害であると結論せざるを得ない。
posted by Kose at 21:56| 日記

村上春樹?

壮大なつまらない作品『1Q84』を読んで以来、もう読んでない(その前の『海辺のカフカ』も読んでいないが)。

彼の処女作は面白い。断片が、ちゃんと計算されているとは思えないのだが、それがなんか短い話を大きく膨らませているからだ。これを誰かが丁寧に並べ直すという作業をしたのを読んだことがあるが、確かうまくあっていない結果となったと記憶している。

この作品がピント外れにならないのは確かラジオのリクエストがふたつの断片を繋ぐ役割を果たしていたからだと思ったものだ。

だがこの手法はカート・ヴォネガット・ジュニアの『チャンピオンたちの朝食』のモロパクリなのにもすぐ気づいた。ハルキスト諸君には初歩的知識だと思うが。

彼が、アメリカ現代小説のもろ輸入盤なのは、なんとなくユーミンや桑田佳祐に似ている。
ユーミンや桑田佳祐と村上春樹の違うところは、ユーミンや桑田佳祐は、あれだけの海外のジャパニーズ・カルチャー・ブームなのに全然評価されないところだ。バブル期桑田佳祐は、恐れ多くもジャパン・マネーの力でレイ・チャールズにカバーさせるという愚挙に出た。ユーミンはジャパンマネーの力で、ジョアン・ジルベルトの娘ベベル・ジルベルトにボサノヴァのカバーを出させたが何の評判にもならなかった。たまたまベベウ・ジルベルトのライブに行って、小さな会場だったので、話をしたんだが(英語で)、「あれは最悪だった」と言われた。
だから和製ポップスとしては、村上春樹は異例の成功である。その点は桑田佳祐やユーミンと比較する限りにおいて尊敬に値すると思う。

村上春樹がノーベル賞というデマは、単に「フランツ・カフカ賞を受賞した作家はノーベル賞を受賞する」と言うジンクスのためだと思う。

カフカ自身は1912〜1924年と言う12年間しか作家活動を出来ず他界した。その中に重大な「変身」は含まれるがいずれも中短編である。死後に「審判」や「城」のような長編が刊行された。

『世界との終わりとハードボイルド・ワンダーランド』などは、カフカを彷彿とさせる雰囲気があるのは確かである。『世界の終わり』は、処女作をもっと膨らませ、ふたつの世界のアレゴリーを彼の中途半端な無意識理論で補ったかのように思わせるものだ。

テーマは、むしろ『羊をめぐる冒険』の「鼠の死」を書き直したものだと思う。

さて要するに1960年代の「挫折」を主人公が見捨ててポップな1980年代のカルチャーを生きるというのが彼のすべてである。

なんでそんなに共感があるのかというと1960年代の挫折じゃなくても、青春の挫折はありふれたものであり、毎日を慎ましくしかしスタイリッシュに生きる自分を肯定したいという、都合のいい立場の人はたくさんいるからである。

だが、また挫折が待ち構えるとは思わないのである。

そして村上春樹についていけば、挫折を経験しないこの世が約束されているというようなところが、新興宗教みたいな感じなんである。

『1Q84』の壮大な失敗は、村上春樹教団に対する問いがなく、オウム真理教や性的暴力に対する勧善懲悪しかなかったところにある。

ちなみに馬鹿なブロガーがレシーバーとパシーバーの理論を分析しようと試みていたが、それは記号論のパロディでしかないとわからないといけない。

村上春樹は、『カフカ』で、フェミニズムと大江文学を、『1Q84』でオウム真理教と記号論をパロディ化しているんだが、それにインパクトがなさすぎである。前者ではパロディにしたものを凌駕していないし、後者ではパロディにしたものがすでに力を失っているからである。

なんか彼はそのようなリアリティと対決する力がない。

海外の読者が、そのような背景をどう読むのかわからない。噂ではアメリカ訳をするとき、そういう部分を適当に変えて他の言語に翻訳しているらしい情報もある。

それで、現代のろくに読書家とはいえない人々に広く文学「的」な作品を供給する点で、そして現代の慎ましい生活をスタイリッシュに送り、若き日のあったかもしれない挫折への郷愁に思いを致す、ごく普通のなんということのない短編的世界を、3部とかいうろくでもなく長い確かに文章力がなければ持たない量までふくらませるのはある種の才能ではあると思う。

さて調べたら、フランツ・カフカ賞、第一回がフィリップ・ロスであり、普通文句なくフィリップ・ロス>村上春樹だろう。なんせパクリ元なんで。ポストモダニズムと言えば、トマス・ピンチョンやミラン・クンデラのような重鎮がいる。村上春樹のごてごてしたポップな飾りを取ったものなら、ポール・オースターの方が全然いいと思う。

だが20世紀後半の反ヒューマニズム=ポストモダニズムは、アメリカ式消費社会の普及と、ちょっとした毛沢東のプロパガンダに影響されたから騒ぎであったと思ったほうがいいと21世紀になって思うようになった。

村上春樹はちょっとした毛沢東騒ぎとアメリカ式消費社会以上の何かがなければ20世紀後半の徒花としか言えないと思う、とちょっとした文学者なら思っていると思う。

別に彼の自己流精神分析理論については言うべきことがあるのだが、彼はそれも間違っている。精神分析なんてウソである。ウソをウソとして描くなら文学的かもしれないが河合隼雄との出会い以後、完全にそのウソは文学的想像力を欠いたものになったと思っている。

慎ましいスタイリッシュな日常とあったかもしれない青春の挫折への郷愁にぜひノーベル賞を!!!

posted by Kose at 15:19| 日記

日記だからな:若山清香と画像切り貼りについての仮説

なかなか何度も渋谷一郎氏の「STAP細胞はなぜ潰されたのか」は読み返せないのだが、暇ができたので読み返すことができた。
渋谷氏の著書で良いところは、研究当事者の発言から見る限り、STAP細胞に疑問の余地がない点を示していることだが、出色は、論文発表前後の不自然な動き、とくにPubuPeerへの投稿やその後の画像加工の投稿時期のあまりの速さを指摘しているところで、第一にネイチャー論文発表前に、内容がリークされてポール・ノフラーの手に渡っていてのは確実であるなど、背後での工作活動が暗示されていることを明確にした点である。
 最近のオースティン・スミス博士の活動で、STAP細胞がいわば幹細胞保守派の餌食になったことがだんだんわかりつつある。いったい世界の幹細胞学者の派閥がどのようになっているかは、大学で無駄飯食っている科学社会学者、科学史学者、科学哲学者に任せる。10年後でも使える美味しいネタだと思う。

さてぼくの仮説は、若山清香が、旦那がデレデレしたヤキモチで小保方氏を破滅させたいというのが「最大のそして継続的な動機」であるということである。

この仮説は、和モガ氏が若山研時代から妨害工作がなされた形跡があることや、ラベルの張替えでSTAP幹細胞をES細胞と誤認させることができる若山研のマウス等の資料管理者としてそれが可能だから支持されるだけでなく、NHKスペシャル、ES偽盗難告発に密接に関わっているので、この人を疑わないで誰が疑えるのかわからないほど真っ黒であることから遡及して導かれる。

いわゆる小保方応援団の多く人が、若山照彦博士を黒だと、小保方手記から短絡して結論して、若山清香主犯説を取らないからめんどくさい。説得する気もない。

若山婦人について、ハーバードのお土産の件以外書かれていない不自然さを指摘している人はあまり少ないが、これは「盗まれた手紙」の話ですでに書いた。

若山照彦氏の幹細胞樹立は、和モガ氏を除いて、誰も分析できておらず、なんか魔法を使ったんではないかと小保方さん応援団のかなりの人が信じているが、それでは小保方さんが魔法を使ったんではないというと軽薄な世論と何も変わらない。

要するにレベルの低さが同じである。

和モガ氏が完全に正しいかはまだ将来の課題として残る部分はあると思うが、和モガ氏を高く評価すべきなのは、多数の自称理論家の中で、唯一BPO勧告という期限前に、結論を出したことである。後からはなんでも言えるからである。

そういうわけでSTAP実験はすべて不正なく成功しており、若山清香を主犯とする妨害工作が大成功して、小保方さんの社会的抹殺と、笹井博士の氏を導いたという結果だけが残る。

笹井氏が本当に自殺なのかはわからないが、死の1ヶ月前くらいから明らかなうつ症状が出ていたのは明らかであるが、周囲のサポートが殆どなかったので、うつ症状による自殺であっても別に驚かない。彼の経歴を見ればわかるが、生まれてこの方、一度もたりとも挫折らしい挫折はなく、今回の事件が与えた衝撃の大きさを周囲の人は過小評価している。

昨日電通の新入社員の自殺が労災認定されたというニュースがあったが、笹井氏だって、人の子である。むしろ小保方さんが周囲のサポートがあったにせよ、耐え抜いたことこそ驚愕すべきことである。小保方さんはユニークだなと思う。普通抑うつ状態だったら手記やホームページを完成させる途中でエネルギーなくなってしまうと思う。とにかくそれを最後までやり通すのだから、彼女はうつ病という病気なんではなく、強いショックによる何かの障害なんではないだろうか。正確には分かんないが。だから体調は悪いと思うが、やればできる子であり、うつ病の際「がんばれ」は禁物だが、彼女は大丈夫なんじゃないかと思う。少しずつがんばったほうが病状は良くなるようなきがする。

以上は、単なる前フリである。

1)大前提:若山照彦は英語が極端に苦手である。これはWikipediaに書いてあるくらいのことだし、それを伺わせる最大のエピソードは、若山氏の撤回理由の書き換えで、英文の意味が全く通らなくなったと言う証言があることだ。留学先のハワイ大学は日本語が通じた。2014年2月17日のおそらくチャットインタビューで綴りや文法を訂正したとインタビューアに書かれた。笹井氏の手の入った論文が理解できなくなったと言った。そもそも小保方さんの手による論文すら読んでなかったし、読めなかったか、読む努力を惜しんだのである。(それゆえ不正報道後パニックになった理由だとすら合理的に詮索できる)。これは理研が若山照彦を英語力の欠如を無視して雇用した違反があったことを知っている者がいたのであり、ハーバードから来た小保方さんの英語力を疑問視する報道が出たのは、その裏返しである。
*渋谷一郎氏はこの大前提を受け入れないため、分析に失敗している。
*追加:その後、調べたら若山氏は、Anthony Perry氏と抱き合わせで理研にリクルート(条件が破格であったらしい)されたことがわかった。余談かも知れないが、ペリー氏は2010年理研を離れており、偶然にも入れ替わりに小保方さんが若山氏のもとを訪れたことになる。
Fobes
http://www.forbes.com/2002/03/04/0304japan.html
理研
http://www.cdb.riken.jp/research/laboratory/past_index.html

2)中前提:サイエンスの査読で問題の画像の不適切さの指摘があったのに、若山氏は小保方さんに伝えなかった。なぜなら若山氏は英語がほとんど読めず、若山清香はそれを読んだが、小保方さんに「あえて伝えなかった」。

3)小前提:若山清香が、サイエンス誌に指摘された問題の画像の欠陥をkahoに伝えた。

4)結果:まるでkahoが独自に問題の画像の欠陥を発見したかのようにいまだに信じられている。

渋谷氏の本によれば、kahoが問題の画像の切り貼りを報告するのにたった6日と12時間後にしかかからなかった。それは「画像補正アプリを使って初めて分かる」ほどのもので見た目にはわからないと渋谷氏は書いている。(p109)。渋谷氏はこう書く。

「どう見ても、そうした加工がされていることを知っていたものによるリークだろう」(p110)

この件とサイエンスの指摘が以前あったという話が別に語られるため、曖昧になるがぼくの大好きな時系列法で整理すると:

1)若山清香は小保方さんを憎んでおり、出来る限りの妨害工作をSTAP論文に対してすることを決意していた。
2)リジェクトされたサイエンス査読者の指摘を照彦は知らず、清香が知っており、「あえて」小保方さんには伝えなかった。
3)ネイチャー発表後、若山清香が、遠藤高帆につたえた。
4)1週間後それをkaho名義で遠藤高帆がネットで暴露したが、それが若山清香情報に基づくものとはもちろん明かさなかった。(1週間のつもりがあまりに興奮して半日前倒しになった)

これらなら、その微細な加工を安々と見つけることが簡単に説明できると同時に、その後の遠藤高帆のすべての行動は全然中立的ではなく、若山清香と協調して行われた評価に値しない妨害工作でしかないと断言できるわけである。

もちろん若山清香が無関係である余地はたくさんある。しかし、このストーリーは、なかなか楽しい高い合理性をもっているとぼくは思うのである。
posted by Kose at 11:22| 日記