2016年10月04日

「おち」とかいうやつがスミス博士にメールしたんだと

説明の必要はないと思うけれど、相澤論文をF1000Reserchに掲載するにあたって、相澤博士とスミス博士で合意があったのは当然であろう。またスミス博士は、小保方博士と連絡が取れないと書いているが、彼は丹羽博士(共著論文がある)と相澤博士と連絡が取れているのは確実なので、小保方博士とも直接か間接かは分からないが、当然実は連絡が取れており、その上であのような言い回しの書き方を「わざと」したということが推察できない人間は低能である(ビジネスジャーナルの記者も同程度でがっかりした)。
したがって「おち」とかいうやつがスミス博士にメールを送ったとぼくに自慢してきたが、それこそ日本に低能で騒ぎが大好きな連中が大勢いる事情は、丹羽博士、相澤博士ほかのルートを通じて十分知っており、スミス博士は「ああ、本当にこういうゴミみたいなやつがいるんだ」と思い今頃、相澤博士や丹羽博士に「”おち”と言うゴミがメールしてきたけど無視するけど、一応知らせておくよ」とメールしているかもしれないか、あるいはメールもせずにゴミ箱に入れられたかのいずれかであろう。
「おち」と言うバカの低能は、「科学」の公式の形式でF1000Researchを利用して、検証実験を科学的に議論するということをやっているのであって、プラベートなメールで何を言っても「科学的に」無意味であるのがわからないのである。なさけない。日本ではなんとツイッターやプライベートな匿名サイトで「科学」を論じることができるという信念をもっている人間が多すぎて呆れる。STAP HOPE PAGEは「科学的」には存在しないことがわからないのが「おち」のひどいところである。存在するのは形式的に科学コミュニティーの媒体上の議論だけである。
「おち」はSTAP HOPE PAGEと相澤論文を混同しているのは明らかだ。これだけでも相当な低能である。
ぼくの見解では、STAP HOPE PAGEはセントルイス・ワシントン大の要請で小保方博士が連絡の方便で作ったものだと推定している。そしてセントルイス・ワシントン大は、3月末にそれを見て5月に論文をアクセプトさせるのに成功したという「因果関係がある」というのがぼくの推定である。
したがって、セントルイス・ワシントン大の成功をもって、STAP HOPE PAGEの最小の役割は終わったと推定できるから、あのサイトの何もかもが過去のものだと言ったことがあるはずだ。さらに推定ではセントルイス・ワシントン大の研究が、STAP特許の譲渡の条件の一部である可能性があるとすら考えられる。それは5月のわずか1週間の間に起こったことである。
この経緯と、スミス博士と相澤博士がF1000Researchで何がやりたいのかは全然別であるとだから推定しているのである。
スミス博士が一部の幹細胞学者のリジェクトの乱発に批判的な人物であることはWikipediaに書いてあるだろう。
In February 2010, together with 13 other leading stem cell researchers, he wrote an open letter to journal editors to voice the opinion that obstructive reviews by a small number of researchers in the field were hindering publication of novel stem cell research.

だから、スミス博士がSTAP細胞についてどう考えているかは分からないが、2010年に出したオープンレターの精神から、STAP細胞の「ような」「novel stem cell research」に幅広くシンパシーを持っているのはWikipediaでわかる。
Wikipediaも読めない「おち」に一体何がわかるのだ???
もちろん、世界の研究者はメールで当然やり取りできる環境にあるのは当たり前で、今頃「おち」はすくなくとも日本のゴキブリのブラックリストとしてメーリングリストで回覧されているかもしれない。
Ochi is an obstructive wing of novel stem cell researches in Japan. Go to major science magazine editors, Ohi!

とか。
だいたいぼくなんか何の専門家でもないのだからぼくにメールをくれても苦情をいうことくらいしかできない。しょうがないからメールフォームにアクセス解析を付けて、ぼくにメールするやつのアドレスをアク禁にするようにはした。それくらいである。

テイブレークを始めとして「おち」はゴキブリだということでもう相手にすんなと声を大にして言う。相手にすべきでない必要かつ十分な根拠を示した。科学的コミュニケーションについて全く理解がないということである。しかしSTAP細胞にまとわりついている連中の多くがそうだからどうしようもないなと思い、足を洗った。ぼくの小保方博士へ関心はヒューマンなもので、それは手記が面白かったという点で瀬戸内寂聴さんと同じである。

だが、もうジョン・サールの論文のお仕事始めたため、いちいち人の代わりになって意味の分からない科学論文を訳すことはやらないから、F1000Researchの相澤博士のリプライはただ貼るだけにとどめたのである。

とにかくSTAP細胞事件の延長線上にいる人たち(いわゆる擁護派も批判派も)とは話がしたくないのである。あれはあれである。あなたたちは歴史に置いてけぼりを食らうであろう。
posted by Kose at 21:18| 日記

日本人じゃなきゃどうでもいいのかよ:ノーベル物理学賞




ザ・ガーディアンの説明を読んだがさっぱりわからなかった。
https://www.theguardian.com/science/live/2016/oct/04/nobel-prize-in-physics-2016-to-be-announced-live
The prize has gone to three physicists working in the field of condensed matter physics. They discovered totally unexpected behaviours of solid materials - and came up with a mathematical framework ( in the field of topology) to explain these weird properties. The discoveries have paved the way for designing new materials with all sorts of novel properties.
ほぼGoogle訳
賞は、物性物理学の分野で活動する3人の物理学者に送られた。彼らは、固体材料の全く予期しない動作を発見した - そして、これらの奇妙な性質を説明するために(トポロジーの分野での)数学的枠組みを着想した。この発見は、新規な特性のあらゆる種類の新材料を設計するための道を開いてきた。



Wikipediaより
David J. Thouless
デイヴィッド・J・サウレス(David J. Thouless、1934年9月21日 - )は、アメリカ合衆国の物理学者。専門分野は凝縮系物理学であり、ウルフ賞物理学部門受賞者。スコットランド、イースト・ダンバートンシャイアのベアーズデン(Bearsden)出身。2016年ノーベル物理学賞受賞。
サウレスはコーネル大学でハンス・ベーテに師事し、博士号を取得した。彼はイギリスのバーミンガム大学で数理物理学の教授を務め、その後(1980年には)シアトルのワシントン大学 (UW)で物理学の教授となった。彼は、原子、電子、ないし任意の核子からなる拡張系(extended systems)の理解に関して多くの理論的貢献をした。また彼は超伝導現象、核物質の特性、複数の原子核中における集団励起運動などの領域でも業績を残した。
サウレスは王立協会、アメリカ物理学会、アメリカ芸術科学アカデミー、全米科学アカデミーの特別会員である。彼はウルフ賞(1990年)、ディラック賞(1993年)をはじめとして多くの受賞歴がある。


ダンカン・ハルデン?(日本語版なし)
Duncan Haldane
Frederick Duncan Michael Haldane FRS (born 14 September 1951) is a British physicist who is Eugene Higgins Professor of Physics at the physics department of Princeton University in the United States. He shared the 2016 Nobel prize for physics with David J. Thouless and John Michael Kosterlitz.
He is known for a wide variety of fundamental contributions to condensed matter physics including the theory of Luttinger liquids, the theory of one-dimensional Spin chains, the theory of Fractional Quantum Hall Effect, Exclusion Statistics, Entanglement Spectra and much more. His awards include Fellow of the Royal Society of London; Fellow of the American Academy of Arts and Sciences (Boston); Fellow of the American Physical Society; Fellow of the Institute of Physics (UK); Fellow of the American Association for the Advancement of Science; winner of the Oliver E. Buckley Prize of the American Physical Society (1993); Alfred P. Sloan Foundation Research Fellow (1984–88); Lorentz Chair (2008), Dirac Medal (2012) [2] and Nobel prize in Physics (2016)


ジョン・M・コスターリッツ
John M. Kosterlitz
John Michael Kosterlitz is a professor of physics at Brown University.
J. Michael Kosterlitz, Nobel Prize-winner and native of Aberdeen in Scotland, is the son of the biochemist Hans Walter Kosterlitz. He received his B.A. and M.A. at Cambridge University. In 1969 he earned a D.Phil. at Oxford University. After a few postdoctoral positions, including stays at the University of Birmingham, collaborating with David Thouless, and at Cornell University, he was appointed to the faculty of the University of Birmingham in 1974, first as a lecturer and, later, as a reader. Since 1982, he is professor of physics at Brown University.
He does research in condensed matter theory, one- and two-dimensional physics; in phase transitions: random systems, electron localization, and spin glasses; and in critical dynamics: melting and freezing.
Michael Kosterlitz was awarded the Nobel Prize in Physics in 2016, Maxwell Medal and Prize from the British Institute of Physics in 1981, the Lars Onsager Prize from the American Physical Society in 2000, especially, for his work on the Kosterlitz-Thouless transition. Since 1993, he is a Fellow of the American Physical Society.
posted by Kose at 19:11| 日記

ライク・ア・ローリング・ストーン(ハードロック風)



転がる石

昔、威勢のいいとき、きみは立派に着飾って、乞食に小銭投げてったんだろう
みんなは言う。お姉ちゃん、君だって落ちぶれるんだぜって
君はからかっているって思っていたんだろう。
君はうろつきまわっている連中を笑ってたもんだ
今じゃもう大声じゃ話せない
今じゃもう自身満々には見えない
次の飯を探し回らなくちゃならないことについてはね

どんな気分?どんな気分?家がないってのは?誰も知らないってのは?転がる石みたいだってのは?

ああ、君は一番立派な学校に通ったんだってね。OK、ミス・ロンリー
けど、君はただ搾り取られただけってわかるだろう?
誰もストリートで生き抜くすべは教えちゃくれなかった。
今や君はそれをものにしなくちゃいけないんだ。
怪しい浮浪者と妥協なんかしないって君は言ったね
けど君や気づくのさ
彼の目の真空に吸い込まれ、君が取引しないというとき
彼は君の証人にはならないことを

(コーラス)

ああ、君を引っ掛けようとする、ジャグラーやピエロのしかめっ面を
見ようと振り返りもしなかった
他の人が君にケリを入れるべきじゃないとか
別にいい考えじゃないと決して理解しなかった
君はシャム猫を肩に載せたおしゃべり相手とブリキの馬にまたがってたものだ
盗めるだけ君から全て盗んだ後にならなきゃ
そいつがいまいたところにもういないと気づくのは難しいことはない

(コーラス)

ああ、お城のお姫様と美しい人たち
奴らは高価な贈り物をやり取りすることだけ考え、酒を飲む
君はダイヤの指輪を質に入れたほうがいいぜ
君はズタ袋の中のナポレオンと彼の言葉に見せられたもんだ
さあ、やつの下へ行け、彼が呼ぶ、君は拒めない
今や君は不可視だ、隠すべき秘密もない

(コーラス)
posted by Kose at 17:11| My Music

固有名2

「現在のフランス王」というのは「IS」の問題を主語における形容矛盾に変える場当たり的な解決で、これを載せている哲学の教科書はアホウである。
問題は「IS」の方にある。
This is a pen.
というのは無意味な教科書英語の典型だが、これくらい意味が無いようにおもえる。
つまり基本的な命題形式は「過剰な一般化」が引き起こす矛盾のたぐいをもつことがあるということである。
「クレタ人はウソつきだとクレタ人が言った」
はパラドクスの類で、まあこの場合は「〜は真/偽である」と言う命題が「真/偽である」というエセ、命題はだいたいこの見かけ上のパラドクスを起こす。
しかし一般化の程度を下げればクレタ人は嘘つきだといったクレタ人は真偽について思慮があり、クレタ人以外には「実は」ということが可能である。もちろん全員がウソつきである場合何が真であるかについて論理的遊戯はオモシロイかもしれないが、それはそれである。
「アメリカ黒人は全員ウソつきであるアメリカ黒人が言った」
というのをマジメに受け取るのだろうか?トランプ氏が言ったならパラドクスにならないのだろうか?
バカバカしい。

さて固有名の問題は、名前は一般的な記述に変えることができるか、それとも実在するもの/ひとと必然的に結びつかなければならないのかというのが対立軸である。

ラッセルの記述理論は、ラッセルの視点で記述するため、他の視点からは別用に記述可能である。さらに実際には、時制や様相の問題は、命題の方にあるのではなく世界の方の本質的な問題である。したがって、彼の記述は実際すぐに陳腐になり、同意が得られないケースがあっておかしくないのである。これは歴史学で珍しいことではない。よってラッセルは「まったくの間違いである」。

では実在への必然的な結びつきというのはあるのか?
もちろん現代のパスポートのような制度があればそうかもしれないが、普通そのような因果的証明は必要がない。
コミュニティのメンバーがそう呼ぶことを受け入れれば固有名はある実在を指示するのに十分である。たとえそれが勘違いであっても、偽名であってもそうである。
「XをCでYとみなす」というのがサールの社会的実在の一般定式なので、固有名はこの定式でちゃんと扱うことができると考える。
まじめに分析哲学のクズのような問題を無理なく扱おうとするならジョン・サールはいいと思うのである。

名前の場合、当の主体は名前にとってどんな地位を占めるのかについては、分析哲学では一切扱われていない。サールの場合Cに依存すると思うが、ぼくは自分はジョンと呼ばれたいが、コミュニティは中村公政としか受け入れないとか、ネットでぼくはジョンと名乗っているが、実名は中村公政だとか、いろいろ。



posted by Kose at 06:44| 日記