2016年10月03日

固有名(proper name)の議論の独自解釈

これは分析哲学をお勉強した人以外には全く関係のない話である。
だが集合論をモデルとした命題で外延がひとつである場合、その内包的定義は何かという奇妙なケースが確かに存在する。
数学なら円周率とかネイピア数とか特異な無理数があるけれど、それは一応近似的に一意に定義可能である。
そうではない日常言語では無数に外延がひとつしかない名辞は存在する。
この問題はラッセルが定冠詞のつく名辞は一般名辞で記述可能だという「記述説」としてごく短く述べたが、天才クリプキが噛み付いて大問題になった。ただし分析哲学の界隈だけだが。
クリプキの主張は、大変わかりにくいが例として、ゲーデルの不確定性原理を「実は」ゲーデルだはなく他の人が書いた場合、ゲーデルを不確定性原理の著者と記述するのは誤りだということになる。クリプキは固有名の指示は「因果的」だという。
これ自体瑣末な話なのだが、その後「意味の因果説」(デイヴィドソンら)に大きな影響を与えた。
断っておくと、分析哲学の言語哲学(The Phylosophy of Language)では、「意味」をなんとか頭の中のもやもやしたものという考えをいかに拒否するかが焦点なので、たいへんバカバカしい意味の因果説という袋小路に入って人気がなくなったのもうなづける。
それについて書く力量がないので、固有名だけ扱う。

ラッセルは間違いである。それは論理式の体系が現在形として考えられていること、つまり時制や様相がない普遍的現在で、記述を考えている点である。これはぼくが考える限りにおいて分析哲学がほとんど全部間違いであることすら含意すると思うのだがそれはあまりにいいすぎかもしれない。

しかし論理は、現在形+(時制、様相)なのである。クリプキだってそうである。

この点を抑えるとウィトゲンシュタインがひどい馬鹿であったことが単純に理解できる。後期の「哲学探究」で、子どもたちがあるゲームをしていて、そのやり方が変わったときのことを考察している断章があるが、その断章がウィトゲンシュタインの墓場のような気がする。

そういう論理や規則の独立した世界は「存在しない」ということである。

であるから、まああまり評価が変わらないゲーデルやアインシュタインを例に上げるのは得策でないから、ラッセルが好んであげた「フランス王は禿である」は時制や様相を加えることで、真理値をもつ場合があるのは明白である。このため今日の言語哲学の教科書では「現在のフランス王は禿である」と書き換えられていると思うが、それでもこの「現在の」に様相や時制を加えることができるので、「フランス王は禿である」と変わることはない。よってラッセルは、固有名の記述が様相や時制で変化するとは考えなかったという点で致命的に誤りである。今の議論の「フランス」が固有名であることに注意されたい。

以上。
posted by Kose at 13:50| 日記

Yahoo!ニュースがひどいのを知らないのにびっくりした

すぐに気づいた。
なんか、Yahoo!ニュースが、ステマニュースサイトとの契約を打ち切ったときに、気づいた。
なんかたとえば「こんなに日本を中国人がほめている」みたいなニュースがかつて死ぬほどリンクされ、リンクを辿っていくとほぼ同じニュースの中をぐるぐるし始めるみたいな現象があった。このようなサイトとの契約をYahoo!ニュースが打ち切った。
このあと、すぐYahoo!ニュースからこのようなネタサイトとのリンクがなくなったため、デフォルトだとほとんどスポーツニュースに、若干の芸能ニュースしか出ないようになった。
その時、クッキーを削除して、どんなニュースが出るか何度か試した。明らかにクッキーに閲覧履歴が保存され、それに応じて出てくるニュースが変化することがわかった。
ネットでこの現象を報じたものがない。どこでもやっていることだからだろう。そういうわけでネットニュースを見るときは、シークレットウィンドウで見ることにした。
そうすると、似たようなものが何度も何度も出てくるという現象はなくなる。もちろん広告ブロッカーは重たいので、Ghosteryというリンク遮断プラグインを常時稼働させてある。

Ghostery解説サイト
https://www.ptengine.jp/blog/index.php/ghostery/

Google Chrome版とFireFox版、Opera版があるようだ。IEやEdge版があるのか知らない。使わないから。
スマホ版Ghosteryがあるのかしらない。
*追加:スマホ版はGhosteryを別途インストールする形らしい。
 例:https://chrome.google.com/webstore/category/apps?hl=ja

強力で、ツイッター、フェイスブックなどのボタンすらシャットダウンする。使う場合は一時的ないし常時選択して許可すれば使える。まずほとんどの広告リンクが遮断される。ひどいと20以上の広告リンクが有ることがわかる。
上の解説サイトのGhosteryのブロックの結果は次のようである。
SnapCrab_NoName_2016-10-3_8-16-41_No-00.png
Ghosteryなしにネットやっているのは裸で外をあるいているようなものだ。

Yahoo!ニュースはほとんど価値ないのだが、そのネット世論と言う村で何がおきているのか兆候を見るくらいである。最近はめっきり寂しい感じがする。

とにかくYahoo!ニュースはシークレットウィンドウで見るは、常識である。それはエロサイトをシークレットウィンドウで見るのと同じくらい常識的な注意である。ぼくはエロサイトは見ないが。

ちなみにSeeSaaの記事のブロック状況。
SnapCrab_NoName_2016-10-3_11-59-9_No-00.png
さくらのブログは許可したソーシャルメディア以外ない。
SnapCrab_NoName_2016-10-3_12-2-11_No-00.png
あなたはこのように追跡されているのだ。
posted by Kose at 08:31| 日記

2016年10月02日

いい大人がひどく偏ったことをわめき散らずツイッターやフェイスブックは懲り懲り

Yahoo!ニュースですら、表示が初期化されるようにシークレットウィンドウで見ているため、ひどいカスタマイズされたニュースワールドにならないように気をつけているくらいである。
ましてグノシーとかスマートニュースとか他のネットニュースから買った記事を垂れ流しているだけの無責任メディアは見ない。見るとバカバカしい。アレラ見ている奴ら馬鹿だと思う。

テレビもひどい。ネタのない金のないワイドショーがこれでもかこれでもか連日同じ報道をする。基本はぼくはテレビも定時ニュース以外見ないので、盛土がどうしようと知ったことではない。

STAP細胞事件のグループでわかったことは、ある事件の背後には一定の陰の力があるという陰謀説が多かれ少なかれ入り込んでいることである。まあそれは個々人のバカさ加減の問題なのであまり触れなかったが、東大不正の報道がおかしい事件については、陰謀論丸出しで流石に腹が立った。

陰謀論を批判する幾つかの数少ない研究がある。

まず反面教師としてのフロイトである。いいことも悪いこともぜんぶリビドーのせいにする。これは陰謀論に共通でいいことも悪いことも陰謀のせいだということになる。そうじゃなくいいことは陰謀ではなく悪いことは陰謀だというのは、ほぼアニミズムである。日本人はそういうメンタリティをもっている。

なかなか証明が難しいけれど、すべて2013年以降のヒステリックなネットとマスコミの野合は、要するに東日本大震災を招いた責任を最初は東電、つぎはアニミズム的に小保方さんを初め次々に血祭りにあげている原始的行為である。NHKがあまりに長期間、東日本大震災の鎮魂をテーマにしすぎたのもある。そのような構成された偽善の雰囲気の中で、いわば東日本大震災の祟の主を探すプロセスに未だある。

これをネットのなんとかとか評論するのは間違いである。共通の信念として日本国民はなんと「祟に怯えている」というのが正しいと思う。

ベッキーが不倫しようが、舛添が小銭ちょろまかそうが大した話ではない。舛添の件は結果的に不透明な都の事業に小池氏がメスを入れるという意外な展開になったが。

つまりこの場合東日本大震災の祟がリビドーの役割を果たしているという仮説である。もっと肉付けしたかったが、正直ものすごく大変なので中断した。

第二こちらは肯定的な評価だがグラムシの権力論である。つまり権力というのは、ヘゲモニーであって、ヘゲモニーはいわば社会的に有力がグループがいる。このため統一した権力というというような左翼の幼稚な考えは妄想であり、諸権力がいかにに闘争しているかをいろいろな兆候で見なくてはいけないということである。このため反権力とか言う姿勢は反リビドーくらい馬鹿げた主張だとみなさざるをえないのである。

祟りの件で「正義感」が我が物顔で呼ばわるが、これは何か原因かわからない=怨霊かなまずのせいかもしれないというようなバカげた話なのである。

そういうわけで正義を呼ばわるフェイスブックもツイッターも単調で死ぬ。

だから見ない聞かない。まあ人昔々のエロ本の自動販売機のようなものである。
posted by Kose at 21:59| 日記

F1000Research相澤博士の回答

もうやらんとかいいなが、一応見たものは見たとしか言えない(丹羽博士のセリフ)ので、掲載する。
また来てほしいとか思ってはいない。もちろん二度とくるな馬鹿野郎ども!!!

相澤博士が改訂に応じるとは思わなかったが、スミス博士の権威からすれば当然だし、またおそらく投稿時に話はできていなければ、そもそも投稿自体がなかったはずである。今後のさらなる発展に期待したい。

オースティン・スミス博士とイレーヌ・デ・ラザロ博士の具体的問いに対して、相沢博士、元の論文を改訂した(どこを改訂したかはさっぱりわからない)。

全般的に、小保方氏の制作したSTAP細胞を単に前提しているだけで緑色蛍光について予備的に検討しただけであり、小保方氏の作ったSTAP細胞で、相澤氏はキメラを作れなかったことしか結論できないとしか主張していないようにおもえる。

「相澤氏の」厳しい監督下であるかについては何も「答えていない」が、ニュアンスとしては相澤博士の監督下になかったと暗に言っているとしか読めない。これは日本で知られたとおりである。

小保方氏との関係で、気になるところはにしたが、専門的な話はまるでわからないのは言うまでもない。The manuscriptが、レビューではなく相澤論文だということもわかった。こういう慣習は知らなかった。


https://f1000research.com/articles/5-1056/v1

To Austin Smith

Author Response 27 9 2016
Shinichi Aizawa, RIKEN Center for Developmental Biology, Japan
Dear Dr. Austin Smith,

I thank you for your comments. The manuscript was revised incorporating your suggestions. My responses are as follows:
1.The headings in Table 1 have been changed as suggested.

2. All oct-gfp cell aggregates exhibited fluorescence to some degrees.

3. No cell aggregates were generated from wild-type splenocytes. No direct comparison was made of the intensities of green fluorescence of cell aggregates with those in oct-gfp embryos or ES cells. I cannot state with certainty whether the green and red fluorescence was autofluorescence. RT-PCR analysis for GFP expression showed significant expression in several aggregates, but not in others that had green fluorescence; these data were very preliminary and thus are not shown. This examination focused on the multipotency of cell aggregates generated by Obokata using a chimeric assay, since this was the central feature of the STAP phenomena. Other data were only preliminary given the time constraints under which these experiments were performed, as described in Discussion.

4. To make chimeras, cell aggregates were prepared with cag-gfp splenocytes, thus GFP expression or green fluorescence cannot be used as a measure for the selection of cell aggregates. For this reason, they could only be selected by cell cluster morphology. In the present study, the selection was dependent entirely on Obokata’s judgment. If she had succeeded, our plan was next to ask her to describe “cell cluster morphology” precisely.

5. Many embryos injected with cag-gfp cell aggregates at 8-cell stage and cultured for one day to the blastocyst stage were examined for the presence of green-fluorescent cells, and such cells were found to be present.

6. Chimeric extent was examined at E9.5 or E8.5 in whole mount. The retracted Nature papers show extensive colonization of the cells (Fig. 4 in the Article and Fig. 1 and Extended Data Fig. 1 in the Letter). The article reported eight chimeric embryos, showing more then 50% coat color contribution, of 48 chimeras obtained; these animals yielded “STAP”-derived offspring. This was the central finding in the now-retracted STAP reports. However, in the present study, no chimera equivalent to those in Fig. 4 in the article and Fig. 1 and Extended Data Fig. 1 in the Letter was obtained, nor were any chimeras obtained showing more than 50% contribution to coat pigmentation. Indeed, no chimera showing more than 1% contribution was obtained. I have now revised the text accordingly. We have not examined the limit of detection (minimum number of cells) with the cag-gfp mouse line used, since this was not the point of the present study. However, I believe it to be the case that if dozens of cells had been present together in any tissue, they would have been detectable in whole mount at E9.5 or E8.5.

Best regards,
Shin Aizawa


To Irene De Razaro

Author Response 27 9 2016
Shinichi Aizawa, RIKEN Center for Developmental Biology, Japan
Dear Dr. Irene de Lazaro,

I thank you for your comments. The manuscript was revised incorporating your suggestions. My responses are as follows:

1. There was no FACS cell sorter in the laboratory in which Obokata performed the set of supervised experiments reported here. She had previously obtained “STAP” cells using splenocytes prepared using Lympholyte-M, so we sought to determine whether she was able to repeat this in the present study. If she had succeeded, our plan was next to generate STAP cells using CD45+ cells sorted by FACS.

2. The origin of the cag-gfp transgenic mouse line used in the retracted Nature papers is unclear, and was not reported in the papers. Dr. Wakayama informed us that he generated the cag-gfp mouse line himself while at the University of Hawaii, but we did not make a formal investigation into this. The mouse line was no longer maintained in the animal facility of CDB and was not available to us. Alternatively, the cag-gfp mouse line may have been actually an Acr/cag-gfp mouse line (Nakanishi et al., Genomics 80, 564-574 (2002)) as suggested in the report by Konno et al (Konno et al., Nature 525,E4-5 (2015). However, we only became aware of this possibility at the time of that report, which was after the start of Obokata’s replication attempt. In any case, the cag-gfp mouse line reportedly used in the original STAP reports is different from the cag-gfp mouse line (Okabe et al., 1997) we used in the present study. It is nonetheless difficult to conceive how the difference in cag-gfp transgene might affect the efficiency of “STAP cell” production and chimera generation.

3. In Fig. 4a of the retracted Nature article, the embryo being injected with “STAP” cells clearly has a zona pellucida. However, E4.5 embryos typically no longer have this structure. In the absence of zona pellucida, injection is practically impossible. We note that E0 is generally defined as 0:00 am of the day when the plug is identified, and suggest that E4.5 may be a typographic error for E3.5. Alternatively, Dr. Wakayama may have artificially delayed the development of the embryo; however, this was not reported in the retracted Nature paper.

4. We have now included a statistical analysis (t-test), which indicates that the efficiency of cell aggregate formation is significantly different between ATP treatment and HCl treatment in the C57BL/6 background. However, the difference is slight. We have revised the manuscript accordingly (Table 1 and page 5 in the text).

5. This study focused on the multipotency of cell aggregates generated by Obokata using a chimeric assay as this was the central feature of the reported “STAP” phenomena. Given the time constraints of this study, other data were necessarily limited, as noted in the Discussion. As it was not the focus of the present study, I cannot state definitively that the red fluorescence observed was autofluorescence, although I feel that this is highly likely. RT-PCR analysis for GFP expression showed significant expression in several aggregates, but not in others that showed green fluorescence; however, these data were preliminary at best and are not presented.

6. The effects on both cell aggregate formation and chimeric potency of the spleens’ genetic background were examined in the C57BL/6 and F1(C57BL6 x 129) background. It is well known that ES culture is strongly influenced by genetic background. Both of these backgrounds were used in the retracted Nature papers. I have now revised the manuscript (page 4 and page 6) to clarify this point.

7. The cell aggregates in Niwa’s report were prepared by Niwa, not by Obokata.

8. The two reports are now cited and briefly discussed (page 8–9). These works did not examine multipotency by chimeric assay, and the most important issue of the present report is that cell aggregates prepared by Obokata herself did not exhibit multipotency in chimeric assays.

Best regards,
Shin Aizawa
posted by Kose at 16:23| STAP

マイケル・トマセロの入門書で・・・

『行為と合理性』の翻訳にも問題があるんだが(commitmentの訳語)、マイケル・トマセロの『ヒトはなぜ協力するか』で『社会的現実の構成』(未邦訳)への参照があるんだけれど、それはまだいい。フーコーの『真理とディスクール―パレーシア講義』の訳者がアメリカ人とイギリス人の区別もつかないほどひどくはない。トマセロの訳者橋彌和秀は、多数の訳書があるトマセロの中心的概念「joint attention」を「共同注意」と訳すのはまちがいで「接続注意」だとすべきだとして訳しているのだ。だが辞書をひいても形容詞jointの訳語は「共同の; 合同の,合弁の,共有の; 連帯の」(Weblio)となっている。確かに幼児がモノに注意をたとえば母親ともつときのような場合、注意を他者の注意と「接続」したように読めなくはない。しかしトマセロのそこでの論点は、幼児がそのような注意の共有を通じて、本人がもつ注意と他者がもつ注意が同じ性質のものだと体得する点になる。これは9ヶ月ころに起こる発達の段階である。もっと遡る乳児の研究では、非常に有名だけれど、視線を追跡する装置で、スクリーンに写ったたとえば丸い影に注意をもち、それが影に入って消え、再び出てくるとき、乳児は驚かず、同じ丸い影が入って出てきたと感じているというという基礎的研究がある。ヒューム主義哲学者はこの実験をどう思うのかはさておき、その次元で個体の注意というものが存在するのは自明だとする。共同注意は、自分の注意をたとえば幼児が母親の注意に接続するような操作を行っていると主張するのは飛躍である。そのような幼児の内的プロセスを幼児の脳に電極を埋めて研究したのか?そうではなく、トマセロのは類人猿学者でもあるから、たとえばヒトの幼児でおこる共同注意がチンパンジーでは起こらないというような観察から導いたものだと思う(かなり前に呼んだので定かでないが)。だから、いちいち読むべき本が増えるのである。トマセロの本もKindleでもっているけど、STAP事件など扱っていたから置き去りになっていた。

最近思うのは、生物の進化の極めて初期の段階で、種が自分の種の仲間と他の種の個体をはっきり区別していることである。例を挙げる必要もないくらいだが、理性の立場から言うと、これはカクカクシカジカだから仲間にちがいないとごく低級な神経細胞の持ち主が「考えている」ことになる。これは背理である。生物学者のヒトは幹細胞ばかりやっていないで、どのように生物は同一種を区別するのかに答えてほしいと思う。

そのような生物学的背景がない限り、「人間社会がある」と主張するのはたいへん虚しい主張におもえるのである。「社会的存在論」にもそのようなバカバカしさがある。

頭でっかちの16〜17世紀のヨーロッパ人が白人と聖書に出てくる異教徒以外ヒトではないと考えたのは有名だし、新大陸発見後ローマ協会が、インディオがキリスト教徒に教化可能な「人間」か教化不可能なケダモノか論争が行われたことも知られている。(インディアスの破壊についての簡潔な報告

このような理性的議論がある程度バカバカしいのは明らかだろう。

というわけでjoint attentionが共同注意であり、今読んでいる『形而上学を社会化する』にもjointは盛んに出てくるので、これを書いた。ちなみにcommimentも盛んに出てくるが、後者には定訳がないままである。ライザップが正しいとしか思えない。哲学者ライザップに敗れるである。
posted by Kose at 09:22| 日記

2016年10月01日

最後のFACEBOOKアカウントを削除した

アカウントの削除方式は前に書いた。

問題は今度、FACEBOOKグループへのリンクを削除することだ。
記事のバナー代わりにかなり貼ってある。おいおい始末する。リンク欄のFACEBOOKグループは削除します。

だからブログやブログのコメ欄の時代は終わっており、したがってFACEBOOKも終わっており、このブログのSTAP記事も8月移行のものを除けば終わっているということだ。まだ8月以降のものはアホなBJ以外では扱われていない。

もとを正せば、ジョン・サールの論文を1月までなんとか翻訳していて、たまたま小保方さんの『あの日』が出て読んで面白かったの一言に尽きる。ジョン・サールをこれ以上続けるには、彼の卒論である『固有名』という論文まで遡って、彼がラッセルやフレーゲをどのように批判する意図があり、どうしてそこから発話行為論が出てくるかまで自分で確かめなくてはいけないという地味すぎるところまで追い詰められていたので、良い息抜きになった。

なんかお楽しみで作ったSTAP HOPE PAGEのSTAP細胞のOCT4マーカー発現の画像を、モノクロ化した上で、白黒を逆転し、フォトショップでホームページではっきりと分かるくらい拡大したものを掲載した。これはただ元の画像に陰影のようなものが見えたのでそれをはっきりさせる目的のためだけだった。そしたら頭のパーな自称STAP批判派自警団の嫌がらせにあったので、もはや意地である。彼らがゴキブリほどの実在性もないことを示すことが大いなる目的になった。そこで馬鹿みたいに彼らに粘着するのではなく、海外の研究動向を体系的に見ることにした。STAP擁護派の馬鹿もいちいち一つ一つの研究になどにすぐ評価を下そうとする傾向があって、ビジネスジャーナル紙のぼくが取材された記事も、オースティン・スミスの価値評価が重点に置き、しかも文脈上間違っていたため記事としての体をなさなくなってしまっていた。だがその後F1000Researchという科学誌の評価を踏まえ、それがいったん忘れられた相沢検証実験論文を、あらためてレビューするという手の込んだ仕掛けであることがわかった。彼らは小保方氏がどのような状況で検証実験をさせられたか確実に知っている。もっと多く知っているかもしれない。たとえば日本の留学生に『あの日』を翻訳してもらうくらいの時間は十分あっただろうからである。

オースティン・スミス博士は、幹細胞の基礎論の権威で、幹細胞で一発儲けてやろうという若山博士のような人物ではなかったということだ。スミス博士の研究は京大の先生も協調して行っていると思う。

そうではなく重要なのはセントルイス・ワシントン大学の研究である。
あれこそSTAP HOPE PAGEが存在した意義であり、その研究の成功で同サイトは役目を終えたのだと思っている。
さらに重要なのはセントルイス・ワシントン大のアクセプトの1週間後にSTAP特許の実体審査入りがなされたということである。どうかんがえても撤回されたネイチャー論文だけでは弱い。何か実体が望まれていたのである。当時。STAP擁護派は、あるはずだだとか自分に都合のいいことしか言わんし。待つこと3ヶ月、セントルイス・ワシントン大の論文がキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!なのである。
ひとつにセントルイスワシントン大がベンチャーとの連携が盛んであり(BJに書いた)、ブリガム&ウィミンズ・ホスピタルから特許が一部または全部VCell Therapiutics社に譲渡された、また頭の固いSTAP擁護派の連中は、住所からあるベンチャー支援企業を譲渡先だと思い込んでもう話を放棄したのだが、Vの取れたCell Therapeutics社(旧社名)は血液癌を中心とした製薬企業であるから、多少の推論の余地はあるけれど、ひとつの焦点が結ばれているということにSTAP擁護派の誰も同意しないのである。

もうどうでもいいという気分になっていたら、STAP細胞のように東大の研究不正を騒がないのはおかしいとか言い出す。もうやる気ないね。気に入らない奴がいたらお前らみな噛みつく野良犬か!STAP擁護派!

まだSTAP批判派の方が主張は理解できる。だってそれは公式見解なんだからさ。

もうぼくはSTAP細胞も小保方さんも知らん。ぼくは20年くらい大半はうつ状態の両極性気分障害に陥って結局事実上社会復帰できなかった。最初の医者が10年くらい間違えて統合失調の薬飲み続けさせたんだ。何ら普通の人でも10年強い薬飲まされたら病気であるかのように見えるさ。10年くらいしてから、医者の言うこと聞かないで、『ジャコ・パストリアスの肖像』(遺族の希望もあり絶版)で、晩年炭酸リチウム治療でずいぶんよくなったという話を読み、ジャコの立ち回りを見る限り、なんか似ていると思ったので、医者にとにかく炭酸リチウムの治療しろこの野郎といって、フラフラのその状態から、関係妄想のような症状や癇癪が出やすいところが治まって2010年代にはだいたいまともになった。

そうしたら、母に完全に痴ほうの症状がでて、次第に足腰が衰え、すぐに100%介護が必要になった。

ぼくが町田のアパートで、布団にうっつぷしてこの世の終わりを毎日経験してころ、ただ一人見舞ってくれたのは母だけだった。

だから母が安らかに他界するまで、母の相手をする生活だ。

BPOが出て、海外の動向が知られるようになれば、日本の情勢はあっという間に逆転するかもしれない。悶着はあるかもしれないが。それすら小保方さんが静養するよい期間になるであろう。

ぼくは一応希望としてはすぐにジョン・サールの社会的存在論の周辺の本を読めたらいいなと思う。

「固有名」については、よっぽど暇になったらやるかもしれない。

さて、小保方さん元気でねえ!

その他の皆さんとっとと帰れ!バ〜カ!


posted by Kose at 21:25| 日記