2016年10月07日

眠れない、腰が痛い、母が乱調だ、気晴らしに歌うと歌がへただ、ますます頭にくる

何も言うことはない。

気分的には厭世的である。

本当に50過ぎてから、なんとか病気が良くなったため、復職の努力をしたが、なかなか門戸はかたく、めげていたら、母が痴呆で寝たきりになってしまった。だいぶ葛藤はあった。というのもこのままではぼくがこの世に存在した証というのはなくなったまま、いつとはしれない母の他界まで、ひとつ屋根の下で介護をするだけだからだ。
ぼくが介護に専念するようになって、少なくとも二度母の体調の変化に気づいて入院させた。一度は固形食が食べれなくなり極端な栄養失調にかかったとき、もう一度は軽い脳梗塞を起こしたときだ。だいたい数ヶ月で母の状態は何程か悪くなり、先の知れない先が見えるような気がして気が滅入る。

やはりぼくは基本的に躁鬱病が良くなっているだけで、劣悪な人間関係に入るとダメだということがビジネスジャーナル事件でわかった。もう復職を希望することはないであろう。なんか「高齢者」として何かする機会はあるかもしれないが。59歳で自分が高齢者だと考えるのは厳しいが、病気でキャリアが途絶えちゃっている上、楽観的でも再起したとしたらそのときは高齢者になっているにちがいない。

ぼくは20世紀後半に社会学や一部の哲学を勉強したけれど、もう40年は経つだろうか。

だが、社会学の劣悪さは古市憲寿をみるまでもなく、何処かたてを付けていいのかさっぱりわからない。方法論的なエセ客観性があレバ、客観的で普遍的だと簡単に主張する。もっとひどいのはジェンダー論である。色眼鏡で見ているのは社会の方ではなくジェンダー論者の方であるのは一般読者が感じるとおりである。

哲学はひどい。なんで西欧近代哲学を日本人がやる普遍性があるのか理解ができない。また諸科学が着実な進歩を遂げている中、経験的問題は哲学の思弁的問題とは違うから参照するに至らないという態度はいかがなものか?いい例が脳科学や人工知能で、これにまともに応えられる哲学者はいない。サール先生を除くが。

サール先生はたまたまで、あまりAI論争に関わる部分は関心がないから深追いをしない。おおくのAIとマスコミで呼ばれるものはパターン認識とセンサー技術の組み合わせだけであると思う。知能とは何の関係もない。この場合アホ哲学者はアリストテレス以来知能とは特権的に神から人に与えられた能力と理解する傾向がある。どん詰まりが「自由意志」の問題である。

あまり認知心理学でも心の哲学でも取り上げられないから行っておくが、成人男女は、すでにほぼすべての欲求の因果性を少年期に「発現しない」ように訓練されている。だから自由意志の一部はそのような因果的原因を抑止することを「やめる」ことである。

リベットの実験などはこの観点が欠如しているのでバカバカしい。札を上げないことについて、殆どの人間は高いスキルをもっている。その場合リベットの観測した遅れは存在しないはずである。

まあサール先生いろんなことに首突っ込むので、マスメディアで話題になるようなことはバカバカしいだけので特に発言しない。特定の目的で規則化された領域に特化されたAI以外は無能である。
「特定の目的で規則化された領域に特化されたAI」を成功させることはいいことであるが、たとえば小説を書くことを目的にするのはいいとして、その規則がパターンとして認知させるかというと全然場当たり的である。小説家は良い、面白い、小説を書こうと努力しているのに、あたかも小説のような出来損ないをAIの成果として線でするマスコミは馬鹿げている。

音楽は別である。非常に規則が多い。多くの凡庸な作曲家は、その規則を適当にアレンジしているだけなので、まあそれはAIでできると思う。いいかどうかは別とするが、ポップスくらいならAIで作れる公算は高いと思う。

要するに対象や目的の性質によってAIに向き不向きがあるのであり、それはあらかじめわからないのである。

政府が予算を出すからって派手にプロモーションばかりやっている日本企業に未来一切ないと思うよ。

おれの歌は声がひどいのでうんざりするが、これをデジタル処理で美声にして何が面白い。
そういうことではなくてこれまで生ギターで弾き語りって全然やったことがほぼないので試しているだけだ。なんか望みなさそうのはわかってきたが。

母は今日乱調だったな。何を話しても怒る。おれだって怒りの真っ最中なので、小一時間フテって、また気を取り直して介護する。
介護は母の安らかな他界の必定条件だが十分条件ではない。
ではぼくは母の安らかな他界のために介護をしているのか???

アホか?

いろいろニュースなどを見てたわけた意見を言いたくなるときもある。
だが一応自分で哲学的訓練をしたので、ものすごく抑制がかかる。

たとえば憲法だが、憲法学者は解釈改憲に反対だという。これはマスコミはどう捉えているのか?
通常法律学者は実定法主義であって、規定の法源と解釈の演繹的結論を述べるだけである。
だから法源の根源とその解釈である、憲法の解釈改憲について、そもそも意見が言える法律学的地位を担保していないのであるというのがぼく見解である。
憲法は立憲主義だというのが本当か調べてない。モンテスキューくらい遡らないとそれは言えないのではないか?
むしろアメリカ憲法はほとんどが構成的規則である。政府を規制するというより政府を作る規則集である。
それはどうなのか?
最後の問いはどんな憲法も、自然権のキリスト教的解釈の尻尾がついた基本的実験が、戦後の国連憲章に関する合意によって十分克服されたのか全く議論がない。
自然権として人権なんかはファンタジーであるが、国連憲章は国際社会規範を合意によって真とするものである。「真理」と言う観点からすると両者には文字通り天と地ほどの違いがある。
日本が国際人権規約の一部を受け入れていない以上、人権がどうのと言う前にその点についてでかいことを言うやつは詳らかにすべき義務があると思う。

国際社会との関係ないし主権だ人権だとかいう主張はそもそも一国法律主義に陥っている。
なにも西欧がいいからそうすべきだというあさし新聞的論調には一切賛成しがたがいが、それに対してアメリカの謀略だとか、国連の陰謀だとか言う産経新聞には付き合いきれない。

以上は、いい大人がわめき合う大前提の部分なので、そこに及ばない議論は雲霞のようなものである。

とにかく何を目にしても頭にくる。
posted by Kose at 23:05| 日記

ツイッター身売り連日報道

ツイッター社が身売りするという観測が流れていて、ツイッター社の株価が上昇していた。
だが、このニュースのとおり主要な売却先の撤退が報じられ、一気に株価が下がったという気ぜわしいニュースである。
ツイッター社が窮地なのは本当らしい。140字制限をなくすかどうか報道があったが、結果として画像部分を除いて140字という小さな改変で終わったようだ。インスタグラムに妥協した極めて保守的な改変であるとしか評価できない。
要するにビジュアル的に訴えるものがあるユーザーはインスタグラムを、それもないユーザーはわけの分からないたわごとを書いたりリツイしたりしいて、無限に暇つぶしをしているわけだ。
ぼくはアカウント削除したのでその世界は「存在しない」。
ツイッターが身売りしないとなるとどうなるんだろう?よく知らない?

ツイッターの身売りバブル崩壊 グーグルなど入札見送り報道で株価急落
Forbes JAPAN 10月7日(金)10時8分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161007-00013842-forbes-bus_all

身売り報道により上昇していた米ツイッター株が6日朝、一転して急落した。
ITニュースサイト「リコード(Recode)」は5日夜、これまでツイッター売却先の候補とされてきたグーグルとウォルト・ディズニーが入札を見送った他、アップルも消極的な姿勢を見せていると伝えた。
24.87ドルで同日の取引を終了していたツイッター株はこの報道を受け、時間外取引で17%下落、6日朝には21ドルを下回る水準で取引を開始した。
リコードの報道が事実ならば、高額売却先としてはセールスフォース・ドットコムが最有力かつ最後の候補となるのはほぼ確実だ(セールスフォースの株主は高額買収を不安視しているようだが)。
セールスフォースのマーク・ベニオフCEOは現在、この件に関し沈黙を続けているが、フォーブスが今夏に行ったインタビューでは、ツイッターの経営立て直しを実現する具体的なアイデアが自身にはあると豪語していた。
今後予想される熾烈な入札合戦に加え、今月27日に予定される四半期決算発表も、ツイッターの身売りに対する大きな試練となるだろう。
Steve Schaefer
posted by Kose at 12:14| 日記

2016年10月05日

【ryobu-0123】Stap事件―小保方氏の研究パートは有益な事実E Irene de Lazaro氏とAustin Smith氏の査読コメントに対する、相澤氏の回答

もうぼくが放棄した仕事を、ryobu-0123氏が真面目にやっていてくれて大変うれしい。

以前貼って、若干コメントした相澤博士の査読に対する回答である。ryobu-0123氏のまえがき部分だけコピペさせてもらう。相澤氏の回答の全訳が掲載されているので、それはryobu-0123ブログをご覧いただきたい。
コメントすると、
「小保方パートの部分は予備的事項として公開がなされず、キメラ検証を主眼として、その失敗を示す検証になっていた」

とryobu-0123氏は要領よくまとめているが、それだけではなく、OCT4発現の実験系である緑色蛍光と自家蛍光の判別も相澤博士は行わなかったこと、またそれはなぜかについて相澤博士が言葉を濁しているという印象を与える点は小保方さんの手記などから察することができない点であると思われる。というのも小保方さんは、単に論文のプロトコル通りにSTAP細胞塊を作る実験を厳しい監督下で1615回行っただけであり、その細胞塊がどう扱われたか小保方さんは知らないことについて、言及がない。つまり、小保方さんが作ったものは「多能性が発現しているはず」だから、それから「単にキメラを作る作業を行った」という馬鹿げた話になると思われるのである。
キメラ試験法を用いて、小保方により生成された細胞塊の多能性が示されており、このことがSTAP現象の中心的特徴であるので、ここに焦点を絞って検証しました。

当然キメラ実験の際、前提となる小保方細胞塊について多能性があるかどうかをまるで試験せず、単に相澤氏は実験を続けた結果を発表しただけと言う単純な話になると思う。ここからそうすると実験計画に問題はなかったのかという議論に発展するかもしれない。そうすればこの査読はいよいよ佳境に入るものと思われる。

Stap事件―小保方氏の研究パートは有益な事実E Irene de Lazaro氏とAustin Smith氏の査読コメントに対する、相澤氏の回答
http://ryobu.hatenablog.com/entry/2016/10/04/021133
2014年に理研の行ったSTAPの検証実験に関わった、総括責任者相澤真一特任顧問の当該検証論文が2016.6..1付の論文としてオンライン誌「F1000Research」に発表された。
https://f1000research.com/articles/5-1056/v1
その論文中に記載されたIrene de Lazaro氏とAustin Smith氏の査読コメントを、本ブログの“小保方氏の研究パートは有益な事実Bhttp://ryobu.hatenablog.com/entry/2016/09/17/221617)とChttp://ryobu.hatenablog.com/entry/2016/09/20/192250)”に独善的な意訳を紹介した。(これらの記事を参照すると以下が理解しやすくなります)
今回は、2016年9月27日に相澤氏の回答が寄せられていたことを、中村 公政氏のブログ「白鳥は鳥にあらず」( http://lunedi.sblo.jp/article/177108895.html ) 及び、tea*r*ak2氏ブログ「理研STAP細胞論文調査委員会報告、改革委提言等への根本的疑問」( http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt2/17560753.html )を見て気づき、またしても独善的な意訳をしてみた。
不適切な個所は多々あるかとは思われるが大筋は理解できるかと思われる。原文も転載したので参照ください。
☆今回の相澤氏の回答には、驚くべき重要な事柄が示されている。
あの理研の検証実験は、一言で言えば、
小保方パートの部分は予備的事項として公開がなされず、キメラ検証を主眼として、その失敗を示す検証になっていた。
その他にも、じっくり味わってみると、大変貴重な内容が暴露されていることに気付くであろうと思われる。
続きをryobu-0123で読む・・・
posted by Kose at 19:52| STAP

ノーベル化学賞、ジャン・ピエール・ソヴァージュ、ジェイムズ・F・ストッダート、バーナード・フェリンガ:追加

ガーディアンの記事
https://www.theguardian.com/science/live/2016/oct/05/nobel-prize-in-chemistry-2016-to-be-announced-live
Jean Pierre Sauvage, James Fraser Stoddart and Bernard Feringa win Nobel prize in chemistr



読売記事だが、なんだか全然わからん。だからどうした!
ノーベル化学賞に米などの3氏…分子機械を合成
2016年10月05日 21時04分
 スウェーデン王立科学アカデミーは5日、2016年のノーベル化学賞を、仏ストラスブール大のジャンピエール・ソバージュ名誉教授、米ノースウエスタン大のフレーザー・ストダート教授、オランダ・フローニンゲン大のベルナルド・フェリンガ教授の3人に贈ると発表した。
 3氏は、刺激を与えると分子が機械のように動く「分子機械」の合成などに成功した。
 ソバージュ氏は1983年、二つの輪が知恵の輪のように結びついた構造の分子機械「カテナン」を、従来より確実性が高い手法で合成した。ストダート氏は、ダンベルの軸に輪が通った構造をした分子機械「ロタキサン」の研究を進めた。輪の位置を上下に動かせるようにした結果、「分子エレベーター」の開発につながった。
posted by Kose at 19:00| 日記

スミス博士のサイト復活ほか

単にサイトの更新中だったかもしれない。4月頃ハーバードのヴァカンティ博士のページにアクセスできない時期がわずかあって、本当に退職したのかと思ったが、割とすぐ復活した。
Austin Smithでググれば最初に出てくるから勝手にやってほしい。

さてそこで気づいたので、自称Ochiのメール全文を貼るが、まず最初に混乱していることに気づくだろう。スミス博士のメアドはそのページ書いてある(もちろんたぶんまず事務方に届くし、無意味にメールをOchiみたいにしないように祈るしかないがね)。だから別に「ケンブリッジ大学出版局関連を通じて」連絡する必要がないのである。キャッシュでもわかるのであるから、こいつ本当に馬鹿なんである。

第二に前に指摘したがSTAP HOPE PAGEはセントルイス・ワシントン大に関係するかもしれないが、スミス博士とは何の関係もないのは「明白である」。スミス博士は相澤論文の査読(レビュー)をしているのであって、どうやるとその査読がSTAP HOPE PAGEと関係するか一般には理解不可能である。
Ochiだけが勝手に関係あると思っているのである。もしOchiなる人物の知り合いだったら、その人物が見かけ上妄想の中にいるようにしか思われないことについて忠告してやってほしい。(短く言えば「STAPストーカー」と呼ぶべきであろう)



お名前 = Ochi
問合せ種別 = その他
メッセージ =
ケンブリッジ大学出版局関連を通じて、A.Smith氏には、間接的には小保方氏のあのHP画像(グラフ)のGapdhの問題について、説明したよ。まあ、その他いろいろね。

今後、小保方氏は大恥どころじゃなくなるかもね。
仕方ないけど。

相澤先生はどう説明するんでしょうねー(棒)


------------------------------------------------------------
送信日時 : 2016/10/04(Tue) 17:14:04
ブラウザ : Mozilla/5.0 Windows NT 6.1 Trident/7.0 rv:11.0 like Gecko
ホスト名 : em1-115-14-238.pool.e-mobile.ne.jp
------------------------------------------------------------
posted by Kose at 16:56| STAP

腰痛と怒りによる睡眠不調でお休み中


ビジネスジャーナル被害を受けたのはもう2週間以上前となるが、その後の反東大不正キャンペーンでさらに頭にきて、睡眠絶不調である。
どうしょうもないので不要な情報が否応なく入ってくるツイッターとフェイスブックをやめた。健康の問題である。
意味の分からない投稿をしたけれど、小保方さん支持の人の非常の多くの人が何らかの形で陰謀論に陥っているのは事実である。事件全体がどのように起こったか不明であるため、知らず知らずのうちに陰謀論仮説を少なくとも部分的に受け入れている。
たとえば東大、文科省、政府ですら、特定が甘いとしか言いようがない。各メディア間、メディア内でも温度差があることすら注意が足りない。陰謀論を取らない仮説は次のようなあものである。
犯人について
1)第一犯人は若山清香である。単に旦那がおぼちゃんに夢中になって嫉妬に狂っただけである
2)第二に理研内の腐敗研究者、GDの一人を含む。さまざまなリークを行ったグループである。所詮がん細胞であるiPS派閥も加わっているかもしれない。
3)科学の男女共同参画フェミニストグループの一部である。表立って小保方バッシングを行った連中である
 政府主導のリケジョ・ブームにルサンチマンを抱いた人間たちであり、大隅、若山らは事前に知人である。
 若山清香の嫉妬がこのようなフェミニスト・ルサンチマンの小保方博士憎悪を決定づけた。

中核はこれだけである。1〜2ならそんな大事にはならなかったのだが、3がマスメディアにアナウンスした。それがNHKスペシャルである。
4)マスメディアの科学部は、震災原発報道で、当時思わぬ窮地に追い込まれていたので、それが震災原発報道並みの大ニュースに単なる先端科学の論文の問題を巨大なニュースであるかのように仕立てたのである。
5)政府の特定国立研究開発法人のスケジュールに事件化が影響したため、政治的解決が図られたのが2014年4月以降の最大の力であるが、それは事件報道とは関係ない。理研が政治的対応をしたことについては、ある意味凡庸な組織防衛でしかないとしか思えない。それに怒ってもしょうがない。これらにアンチの姿勢を取るのが左翼小児病だというのである。

陰謀論の正体は次のような社会心理学的現象である。
6)このような集団ヒステリーは、東日本大震災(原発事故ではない)の犯人探しとして、日本人のアニミズムが噴出したひとつのそして最大の珍妙な現象である。誰も自覚がないがこの正義は怨霊退治なので、まったく全体はバカバカしいのである。全体がグロテスクなのはこのためである。この怨霊退治は未だ続いており、NHKの偽善と表裏一体である。

ネイチャー論文の内容が誤りである証拠は何ひとつない。だからオースティン・スミス教授の主張通りである。
さらにネイチャーの姉妹誌で堂々ネイチャー論文の内アーティクル(小保方=バカンティ論文)が引用されているので、スミス博士と主張と合わせて、「事実上」アーティクルの撤回は無視できるようになった。F1000Researchの試みは、アーティクルの撤回(それは若山博士が、破綻した「マウスが違う説」を前提に全く勝手にやったことであることはわかっている)に何かチャレンジする試みであると推測できなくもない。

和モガ氏は,BPO勧告後、業務妨害で若山清香を告発するかもしれない。

まあ今の感想はこんなものだ。

腰が痛いので、座って長時間作業することができない。今しばらく静養して、もっと正気で、もっと誰も関心を抱かないことをやる。

posted by Kose at 10:49| 日記

2016年10月04日

「おち」とかいうやつがスミス博士にメールしたんだと

説明の必要はないと思うけれど、相澤論文をF1000Reserchに掲載するにあたって、相澤博士とスミス博士で合意があったのは当然であろう。またスミス博士は、小保方博士と連絡が取れないと書いているが、彼は丹羽博士(共著論文がある)と相澤博士と連絡が取れているのは確実なので、小保方博士とも直接か間接かは分からないが、当然実は連絡が取れており、その上であのような言い回しの書き方を「わざと」したということが推察できない人間は低能である(ビジネスジャーナルの記者も同程度でがっかりした)。
したがって「おち」とかいうやつがスミス博士にメールを送ったとぼくに自慢してきたが、それこそ日本に低能で騒ぎが大好きな連中が大勢いる事情は、丹羽博士、相澤博士ほかのルートを通じて十分知っており、スミス博士は「ああ、本当にこういうゴミみたいなやつがいるんだ」と思い今頃、相澤博士や丹羽博士に「”おち”と言うゴミがメールしてきたけど無視するけど、一応知らせておくよ」とメールしているかもしれないか、あるいはメールもせずにゴミ箱に入れられたかのいずれかであろう。
「おち」と言うバカの低能は、「科学」の公式の形式でF1000Researchを利用して、検証実験を科学的に議論するということをやっているのであって、プラベートなメールで何を言っても「科学的に」無意味であるのがわからないのである。なさけない。日本ではなんとツイッターやプライベートな匿名サイトで「科学」を論じることができるという信念をもっている人間が多すぎて呆れる。STAP HOPE PAGEは「科学的」には存在しないことがわからないのが「おち」のひどいところである。存在するのは形式的に科学コミュニティーの媒体上の議論だけである。
「おち」はSTAP HOPE PAGEと相澤論文を混同しているのは明らかだ。これだけでも相当な低能である。
ぼくの見解では、STAP HOPE PAGEはセントルイス・ワシントン大の要請で小保方博士が連絡の方便で作ったものだと推定している。そしてセントルイス・ワシントン大は、3月末にそれを見て5月に論文をアクセプトさせるのに成功したという「因果関係がある」というのがぼくの推定である。
したがって、セントルイス・ワシントン大の成功をもって、STAP HOPE PAGEの最小の役割は終わったと推定できるから、あのサイトの何もかもが過去のものだと言ったことがあるはずだ。さらに推定ではセントルイス・ワシントン大の研究が、STAP特許の譲渡の条件の一部である可能性があるとすら考えられる。それは5月のわずか1週間の間に起こったことである。
この経緯と、スミス博士と相澤博士がF1000Researchで何がやりたいのかは全然別であるとだから推定しているのである。
スミス博士が一部の幹細胞学者のリジェクトの乱発に批判的な人物であることはWikipediaに書いてあるだろう。
In February 2010, together with 13 other leading stem cell researchers, he wrote an open letter to journal editors to voice the opinion that obstructive reviews by a small number of researchers in the field were hindering publication of novel stem cell research.

だから、スミス博士がSTAP細胞についてどう考えているかは分からないが、2010年に出したオープンレターの精神から、STAP細胞の「ような」「novel stem cell research」に幅広くシンパシーを持っているのはWikipediaでわかる。
Wikipediaも読めない「おち」に一体何がわかるのだ???
もちろん、世界の研究者はメールで当然やり取りできる環境にあるのは当たり前で、今頃「おち」はすくなくとも日本のゴキブリのブラックリストとしてメーリングリストで回覧されているかもしれない。
Ochi is an obstructive wing of novel stem cell researches in Japan. Go to major science magazine editors, Ohi!

とか。
だいたいぼくなんか何の専門家でもないのだからぼくにメールをくれても苦情をいうことくらいしかできない。しょうがないからメールフォームにアクセス解析を付けて、ぼくにメールするやつのアドレスをアク禁にするようにはした。それくらいである。

テイブレークを始めとして「おち」はゴキブリだということでもう相手にすんなと声を大にして言う。相手にすべきでない必要かつ十分な根拠を示した。科学的コミュニケーションについて全く理解がないということである。しかしSTAP細胞にまとわりついている連中の多くがそうだからどうしようもないなと思い、足を洗った。ぼくの小保方博士へ関心はヒューマンなもので、それは手記が面白かったという点で瀬戸内寂聴さんと同じである。

だが、もうジョン・サールの論文のお仕事始めたため、いちいち人の代わりになって意味の分からない科学論文を訳すことはやらないから、F1000Researchの相澤博士のリプライはただ貼るだけにとどめたのである。

とにかくSTAP細胞事件の延長線上にいる人たち(いわゆる擁護派も批判派も)とは話がしたくないのである。あれはあれである。あなたたちは歴史に置いてけぼりを食らうであろう。
posted by Kose at 21:18| 日記

日本人じゃなきゃどうでもいいのかよ:ノーベル物理学賞




ザ・ガーディアンの説明を読んだがさっぱりわからなかった。
https://www.theguardian.com/science/live/2016/oct/04/nobel-prize-in-physics-2016-to-be-announced-live
The prize has gone to three physicists working in the field of condensed matter physics. They discovered totally unexpected behaviours of solid materials - and came up with a mathematical framework ( in the field of topology) to explain these weird properties. The discoveries have paved the way for designing new materials with all sorts of novel properties.
ほぼGoogle訳
賞は、物性物理学の分野で活動する3人の物理学者に送られた。彼らは、固体材料の全く予期しない動作を発見した - そして、これらの奇妙な性質を説明するために(トポロジーの分野での)数学的枠組みを着想した。この発見は、新規な特性のあらゆる種類の新材料を設計するための道を開いてきた。



Wikipediaより
David J. Thouless
デイヴィッド・J・サウレス(David J. Thouless、1934年9月21日 - )は、アメリカ合衆国の物理学者。専門分野は凝縮系物理学であり、ウルフ賞物理学部門受賞者。スコットランド、イースト・ダンバートンシャイアのベアーズデン(Bearsden)出身。2016年ノーベル物理学賞受賞。
サウレスはコーネル大学でハンス・ベーテに師事し、博士号を取得した。彼はイギリスのバーミンガム大学で数理物理学の教授を務め、その後(1980年には)シアトルのワシントン大学 (UW)で物理学の教授となった。彼は、原子、電子、ないし任意の核子からなる拡張系(extended systems)の理解に関して多くの理論的貢献をした。また彼は超伝導現象、核物質の特性、複数の原子核中における集団励起運動などの領域でも業績を残した。
サウレスは王立協会、アメリカ物理学会、アメリカ芸術科学アカデミー、全米科学アカデミーの特別会員である。彼はウルフ賞(1990年)、ディラック賞(1993年)をはじめとして多くの受賞歴がある。


ダンカン・ハルデン?(日本語版なし)
Duncan Haldane
Frederick Duncan Michael Haldane FRS (born 14 September 1951) is a British physicist who is Eugene Higgins Professor of Physics at the physics department of Princeton University in the United States. He shared the 2016 Nobel prize for physics with David J. Thouless and John Michael Kosterlitz.
He is known for a wide variety of fundamental contributions to condensed matter physics including the theory of Luttinger liquids, the theory of one-dimensional Spin chains, the theory of Fractional Quantum Hall Effect, Exclusion Statistics, Entanglement Spectra and much more. His awards include Fellow of the Royal Society of London; Fellow of the American Academy of Arts and Sciences (Boston); Fellow of the American Physical Society; Fellow of the Institute of Physics (UK); Fellow of the American Association for the Advancement of Science; winner of the Oliver E. Buckley Prize of the American Physical Society (1993); Alfred P. Sloan Foundation Research Fellow (1984–88); Lorentz Chair (2008), Dirac Medal (2012) [2] and Nobel prize in Physics (2016)


ジョン・M・コスターリッツ
John M. Kosterlitz
John Michael Kosterlitz is a professor of physics at Brown University.
J. Michael Kosterlitz, Nobel Prize-winner and native of Aberdeen in Scotland, is the son of the biochemist Hans Walter Kosterlitz. He received his B.A. and M.A. at Cambridge University. In 1969 he earned a D.Phil. at Oxford University. After a few postdoctoral positions, including stays at the University of Birmingham, collaborating with David Thouless, and at Cornell University, he was appointed to the faculty of the University of Birmingham in 1974, first as a lecturer and, later, as a reader. Since 1982, he is professor of physics at Brown University.
He does research in condensed matter theory, one- and two-dimensional physics; in phase transitions: random systems, electron localization, and spin glasses; and in critical dynamics: melting and freezing.
Michael Kosterlitz was awarded the Nobel Prize in Physics in 2016, Maxwell Medal and Prize from the British Institute of Physics in 1981, the Lars Onsager Prize from the American Physical Society in 2000, especially, for his work on the Kosterlitz-Thouless transition. Since 1993, he is a Fellow of the American Physical Society.
posted by Kose at 19:11| 日記

ライク・ア・ローリング・ストーン(ハードロック風)



転がる石

昔、威勢のいいとき、きみは立派に着飾って、乞食に小銭投げてったんだろう
みんなは言う。お姉ちゃん、君だって落ちぶれるんだぜって
君はからかっているって思っていたんだろう。
君はうろつきまわっている連中を笑ってたもんだ
今じゃもう大声じゃ話せない
今じゃもう自身満々には見えない
次の飯を探し回らなくちゃならないことについてはね

どんな気分?どんな気分?家がないってのは?誰も知らないってのは?転がる石みたいだってのは?

ああ、君は一番立派な学校に通ったんだってね。OK、ミス・ロンリー
けど、君はただ搾り取られただけってわかるだろう?
誰もストリートで生き抜くすべは教えちゃくれなかった。
今や君はそれをものにしなくちゃいけないんだ。
怪しい浮浪者と妥協なんかしないって君は言ったね
けど君や気づくのさ
彼の目の真空に吸い込まれ、君が取引しないというとき
彼は君の証人にはならないことを

(コーラス)

ああ、君を引っ掛けようとする、ジャグラーやピエロのしかめっ面を
見ようと振り返りもしなかった
他の人が君にケリを入れるべきじゃないとか
別にいい考えじゃないと決して理解しなかった
君はシャム猫を肩に載せたおしゃべり相手とブリキの馬にまたがってたものだ
盗めるだけ君から全て盗んだ後にならなきゃ
そいつがいまいたところにもういないと気づくのは難しいことはない

(コーラス)

ああ、お城のお姫様と美しい人たち
奴らは高価な贈り物をやり取りすることだけ考え、酒を飲む
君はダイヤの指輪を質に入れたほうがいいぜ
君はズタ袋の中のナポレオンと彼の言葉に見せられたもんだ
さあ、やつの下へ行け、彼が呼ぶ、君は拒めない
今や君は不可視だ、隠すべき秘密もない

(コーラス)
posted by Kose at 17:11| My Music

固有名2

「現在のフランス王」というのは「IS」の問題を主語における形容矛盾に変える場当たり的な解決で、これを載せている哲学の教科書はアホウである。
問題は「IS」の方にある。
This is a pen.
というのは無意味な教科書英語の典型だが、これくらい意味が無いようにおもえる。
つまり基本的な命題形式は「過剰な一般化」が引き起こす矛盾のたぐいをもつことがあるということである。
「クレタ人はウソつきだとクレタ人が言った」
はパラドクスの類で、まあこの場合は「〜は真/偽である」と言う命題が「真/偽である」というエセ、命題はだいたいこの見かけ上のパラドクスを起こす。
しかし一般化の程度を下げればクレタ人は嘘つきだといったクレタ人は真偽について思慮があり、クレタ人以外には「実は」ということが可能である。もちろん全員がウソつきである場合何が真であるかについて論理的遊戯はオモシロイかもしれないが、それはそれである。
「アメリカ黒人は全員ウソつきであるアメリカ黒人が言った」
というのをマジメに受け取るのだろうか?トランプ氏が言ったならパラドクスにならないのだろうか?
バカバカしい。

さて固有名の問題は、名前は一般的な記述に変えることができるか、それとも実在するもの/ひとと必然的に結びつかなければならないのかというのが対立軸である。

ラッセルの記述理論は、ラッセルの視点で記述するため、他の視点からは別用に記述可能である。さらに実際には、時制や様相の問題は、命題の方にあるのではなく世界の方の本質的な問題である。したがって、彼の記述は実際すぐに陳腐になり、同意が得られないケースがあっておかしくないのである。これは歴史学で珍しいことではない。よってラッセルは「まったくの間違いである」。

では実在への必然的な結びつきというのはあるのか?
もちろん現代のパスポートのような制度があればそうかもしれないが、普通そのような因果的証明は必要がない。
コミュニティのメンバーがそう呼ぶことを受け入れれば固有名はある実在を指示するのに十分である。たとえそれが勘違いであっても、偽名であってもそうである。
「XをCでYとみなす」というのがサールの社会的実在の一般定式なので、固有名はこの定式でちゃんと扱うことができると考える。
まじめに分析哲学のクズのような問題を無理なく扱おうとするならジョン・サールはいいと思うのである。

名前の場合、当の主体は名前にとってどんな地位を占めるのかについては、分析哲学では一切扱われていない。サールの場合Cに依存すると思うが、ぼくは自分はジョンと呼ばれたいが、コミュニティは中村公政としか受け入れないとか、ネットでぼくはジョンと名乗っているが、実名は中村公政だとか、いろいろ。



posted by Kose at 06:44| 日記