2019年05月17日

ぼくは中日ファンなんだが

これは書いたかなあ?

我が家は全員中日ファンで、それゆえ東京新聞を取っていた。
高校の頃は、中日の放送がまるでなかったので(東京在住)、AMラジオで雑音に交じって聞こえる名古屋のラジオ中継を聞いていたものだ。星野、鈴木、矢沢、大島、宇野らが大活躍していた時期だ。

まあそれはさておく。
てっきり父が中日ファンで、もともと都新聞であった東京新聞を読んでいるのだとこの間まで信じていた。父の祖父は京橋区から渋谷区に引っ越した人物で、頼りない話によると船宿の亭主で遊び人だったらしい。父の名は漢字で書くと貴七で、もちろん正しくは「きしち」なんだろうけど、本人は「きひち」としか発音できないもろ江戸っ子だったんである。なので父の祖父の出自からして、都新聞を贔屓していたことはあり得ることだと勝手に考えていた。

ところがである。母がぼけて昔話をたくさんするのをずっと聞いていく中で、母は福井の出身で、福井は中日新聞の圏内で、そのため母が中日の試合を見に行って選手に会ったことが、我が家が中日ファンであった最も信頼できる理由だとわかったんである。

母の話は、昔話に関する限り全く正確で詳細であった。調べられることはネットで調べて裏付けを取った。

母は、女学校に行けなかったことを非常に悔いて、息子たちの教育に熱心だった。それで、女学校に行く代わりに貧しくて裁縫学校にしか行けなかった事実は知っていた。それと伊丹の縫製工場で働いた話も短くは聞いていた。ぼくは母が戦時中の動員で伊丹の工場に行ったものと信じていた。

だがボケて詳細な話を聞くと、話がつながって、裁縫学校を卒業して、伊丹の縫製工場にちゃんと就職したのであることが判明した。なんでも帽子を作る工場であったらしい。この工場の実在はネットで調べられたし、このブログでも備忘録として書いたと思う。それが痴ほうの母の与太話が事実として理解しないといけないことを知った典型的な例だった。

だから、母が中日の選手と実際に会い、それゆえ我が家は、そして僕が中日ファンであるというのが事実なんである。

まあ東京新聞は、東日本大震災で極左化したんで、取るのをやめたんだけど。

posted by Kose at 23:20| 日記

ギター制作再開は、在庫管理の確立から

さてあと二週間で退職だ。

まずは、二月で時間の止まったままの中古ギターやパーツの整理をしないといけない。
その頃ライ・クーダーの新作で使用された9弦アコ制作挑戦のため無駄なアコギとグヤとテスコの完全ジャンクでピックアップをアコギに装着するために落札したガラクタと、アコギにエレキピックアップを装着するための楽器用の硬質木材などが手付かずで放置されたままだ。
9弦ギターはやめた。おそらくライクーダーは9弦全部は張っていない。3弦か4弦だけ2コースにしているだけらしいことが動画を仔細に見るとわかった。かなりの気まぐれだ。
もう一本は派手にペイントされたアコギだが、多分グヤのピックアップがアルミ板でホールに装着されているようだ。なので脱線気味のこのアコギ改造は6弦ギターにグヤの方向で将来の課題としたい。

在庫の問題は、材料の仕入れ値を抑え、販売価格を上げる経営上の課題だ。
ヤフオクで1本ずつ売っていたが、ヤフオク特有の3万円の壁を超えるのが難しいことに限界を感じていた。

おかげさまで家には僕しかいなくなったので在庫用のスペースがどかっとできた。

母と兄が残してくれたスペースだ。

ありがたく使わせてもらう。

南無〜!
posted by Kose at 21:20| 日記

2019年05月13日

昨日で体調変わった

まったく胃痛がなくなった。
その代わり、明らかに怒りっぽくなってしまった。
まあ、もう辞めるモードに入って、単純にストレスが身体にではなく感情に出るように急に変わったということか?
まあ、トラブルと嫌だから、あんまり口を聞かないよう、馬耳東風をつらぬくよう注意したい。
しかし、疲れないし、胃は痛くならないし、楽ちん極まりない。
posted by Kose at 14:28| 日記

退職まであと17日

このうち2週遅番なので、身体的には楽だ。
4月のシフト切り替えで工夫なく2交代制にしたため、重要な仕事は早番に集中して死ぬほど忙しいが、遅番はあほみたいに楽なんだ。帰りが9時近くになるので、しょうがないからファミレスで食って帰るんで食費がかさむのが問題だが。でもヤフオクでためたTポイントがまだ2食分くらい残っている。

遅番は身体的疲労がないので、まあなんとか5月末まで持つだろう。
早番の疲労を言うなら、3月から朝から小便に行ったことがない。朝も仕事の途中も結構水分取っているのだが、トイレに行かない。全部汗になっているのだ。

まあ中高年の登山をお金をもらってやっていると思えばありがたい話だ。
ただおしゃべりが多くて、これが完全にストレスになって胃を悪くしている。兄は胃がんで死んだばかりだし、父も十二指腸潰瘍で死んだので、家系的に完全にやばい状態である。
他のどんな理由ももはや関係なく、この胃痛を直すためにできるだけ早く辞めないといけないと焦っているのだ。

今日はほったらかしにしていたスクワイアのピックアップを搭載したSELDERと、ロビー・ロバートソン・ラストワルツモデルにしたPhotogenicを調整しなおした。ともにネックの反りがきつかったのでロッドで調整した。

少しは、慢性疲労とストレスから解放されているのかもしれない。

NHKニュースで久々にダルフール紛争が取り上げられた。
まあ無知な日本国民には分からなかっただろうけれど、南スーダンの紛争ではNHKは政府対反政府勢力としか言わなかったのに対し、ダルフール紛争については民族対立を背景にした世界最悪の危機と報じた。
南スーダン紛争をディンカとヌエルなどの紛争とするのはまったく間違いなのであることはこのブログでも何度も書いた。民族がそれだけで政治的統合の力を持つことはないのである。ヌエル族に政治的統合力はない。他のもっと少数の民族についても同様だ。
それに対してダルフールは19世紀末まで独立したスルタン国であり、イギリスによってスダンに編入された。ダルフールのフール族はつい100年前まで政治的統合力を持っていたのであって、ダルフール紛争は、1980年代のひどい干ばつ(「ウィアーザワールド」のきっかけとなったエチオピアの干ばつと同時期)の時には起きなかったのであり、国連のジェフリーサックスはまったく間違いであったことも書いた。要するにそのような干ばつでもこの地方を無視したバシル政権に対する一部の武装勢力(スーダン・チャド戦争で武器が蔓延していた)が、南スーダンの独立のレファレンダムを含むスダン内戦の終結と、ネルソンマンデラによるアパルトハイトの廃止という文脈で反政府意識が高揚したところ、バシルが皆殺し作戦をしたということだ。NHKはそれでも頭が悪い。
懐かしい小野リサさんがCMに出ていてうれしい。某ジャズバーで、丸一晩一緒になってたくさんいくらでもボサノヴァ歌ってくれたことがある。彼女は日本語の歌を歌わないが、それは1970年代初頭ブラジルの軍政が暴走を始めて、小野家がブラジルを脱出した時、リサさんは完全にブラジル人として成長してしまっていたことによる。下の兄弟はポルトガル語が話せない。歌手になって最初苦労した話は聞いたことがあるが、1990年代のワールド・ミュージック・ブームで貴重なシンガーとして成功したんだと思う。お父さんは亡くなったそうだけど、サッシペレレでたくさんお話をしたので知っているのだ。
ギター的にはジャズやクラシックギターの日本のプロがサンバを理解しないで適当なスタイルで演奏していた中、リサさんのボサノヴァ・ギターはサンバをベースにした「正しい」ボサノヴァ・ギターである。つまり二拍子とシンコペーションを墨守するということだ。ベースはリズム楽器の扱いの比重が大きいのである。
その小野家脱出のころシコブアルキをはじめとして、ほとんどのMPBのミュージシャンも亡命している。
「酔っ払いと綱渡り芸人」の歌詞は難解だが、それぐらいじゃないとバカな軍人に引っ張られたからだ。

死んだ親父も先の大戦か生意気な文学青年であったため、二度非国民としてぶち込まれた。うちの親戚に父方がいないのは、そのような非国民と親せきが縁を切ったためである。

まあ新天皇は2歳年下なのだが、彼の父は戦争に行ってないが、僕の父は戦争に行ったのである。なので世代は別である。

父が日中戦争で満州にわたると当然二等兵だから上等兵に何があってもぶん殴られた。これは100%の下級日本兵にとって事実である。ここに日本の学校の体罰やパワハラの根源があるのは確実だ。

いまでも根性論を吐く奴は、日中戦争以前はそんなことはなかっただという事実を知らない。基本的に日本軍は百姓の集まりだったから、どんな知的組織論もあり得なかったのである。

父は工学を学んでいたので通信兵に配属された上官から殴られる日々から逃れることができたらしい。

今働いているところは、本当にまだその日中戦争時代のままであるかのように無知で暴力的である。

なのでさらばじゃ。
posted by Kose at 00:52| 日記

2019年05月11日

ストリングスルー・ピックアップの一つの理由

ストリングスルーは、昔、戦前いろいろあったのかもしれないけれど、スプロとリッケンバッカーしかしられていない。
それはさておくし、音色についてもさておく。
論点は唯一。

上下から磁力を受けるので、磁力的に無重力状態になるだろうということだ。
結果として、強い磁石でも、それによって元の振動が衰弱はしない。

アンプが貧弱だった戦前は、ピックアップと弦の機構だけでサスティーンと高い出力を得ようと考えたらこれは理屈としてはいい考えだ。

また検討したい。

とにかくへとへとだ。
posted by Kose at 11:59| 日記

2019年05月10日

寝るときの音楽

横浜で働いていて病気になったあとは、寝るときに聞くほぼ100%?イーグルスのゼアベストだった。これはアメリカで一番売れたアルバムであるづづけている。だいたいオールレディゴーンあたりで眠れるのが調子がいい基準になっていた。
今毎日クタクタだが、睡眠薬全くなしではまだ眠れない。と言っても睡眠薬の量は遥かに減ったんだが。
今睡眠に良いアルバムは、理由は不明だがボズ・スキャッグスの新作アウト・オブ・ザ・ブルースなんだな。来日公演平日のためクタクタで断念したんだが。ブルース・ギターをフィーチャーした曲は少なくて今まで聞いてきたブルースと少しちゃうんだけど。
とにかく安らかに眠れる。
ライ・クーダーの新譜はあまりゴスペル的で悲しくなって眠れない。
posted by Kose at 21:13| 日記

2019年05月09日

モチベーションが下がる

今月でいまのしごとやめるが、思ったよりガクッとモチベーションがおちた。
本当にあと20日続くのか心配。
ダラダラやる他ない。

ところで、すぐに免許は無理だから、数週間、交通整理の仕事を週何日かやる方向で検討中。
なんと家からとほ30秒のとこにそういう会社があるので気楽に話を聞きに行くつもりに変わった。
posted by Kose at 20:38| 日記

2019年05月05日

亡き兄の薔薇

一緒に十六年間、母の介護をやってきた長男は、母の他界後、わずか五ヶ月で癌が再発悪化して12月1日帰らぬ人となった。不思議なことにその直後季節外れの薔薇が一輪咲いた。
この連休の暖かさで、そのバラの木にたくさん赤い花が咲いた。去年の今頃、うちは三人家族だった。今は一人暮らしだ。
あのクソ忙しい仕事の唯一の良い点は、そんなこと思う時間も与えないくらいクタクタにしてくれたことだった。
それとかなりしんどい状態でも持病が一切でないことを確認できたのも収穫といえばそうだ。
ただ逆流性食道炎が慢性化したんだけど。それは兄が他界して葬儀や相続で忙殺されたときから始まった。それは栄養失調とストレスの合併症だと思うんだけど。
太田胃散が今日もうまい。

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posted by Kose at 09:38| 日記

2019年05月03日

何もできない疲労からやっと回復

この連休は十連休だが、仕事が明らかに人手不足で帰宅しても何もできないほどへとへとになっていたため、連休前半は単になんとか疲労を回復させることしか考えられなかった。まだ多少疲労は残っていたが昨日は、おそらく新幹線空いているだろうと思い、2月に行こうかと思った母の故郷、武生に日帰りで行って今はなくなって駐車場になっていた母の実家跡や子供の頃連れられていった記憶の場所など歩き回った。ほぼ12時間で行って帰ってきた。新幹線は余裕で座れた。だけどかなりくたびれた。
今日は気分爽快で、疲労もなかったので冬物の洗濯をたっぷりやって、2月で途中になって放り出したギター関係の整理をしようと思ったものの、ダンボールを片付けたところでアイムアウト。
まだ5月はそのクソ忙しい仕事をやらなくちゃいけないんで、ギター製作に手を出すことはできない。その前段階までたどりつきたい。テスコのゴールドフォイルしこたま持っているのに宝の持ち腐れとはこのことだ。
6月には仕事変える。
そもそもカリフォルニアの次男が日本のこの家の相続に異議を唱えたから、万が一のため、あわてて今の仕事に焦って食いついたのだ。まあ、カリフォルニアのやつが現実的に不動産を相続するのは無理だから、無事俺が不動産を相続した。カリフォルニアのやつとは縁を切る宣言をした。だってやはり彼はカリフォルニアの土となるやつに過ぎないからだ。なんの覚悟があってアメリカに永住することを選択したのかわからない。俺は母が安らかに眠るときが来るまで、俺が何歳になろうと世話をするはっきりとした覚悟があったのだ。
母は94歳まで長生きした。いいことじゃないか。俺は61歳になちゃって仕事探しに苦労しているとしてもだ。後悔は何もない。
さあもっと苦労したいものだ。

母の故郷武生の日野山。ボケてから母はこの山に登った話を何度もした。
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posted by Kose at 20:11| 日記

2019年04月07日

ヘーセー最後の、しかし毎年同じの板橋加賀の桜

いそがしくて今日初めて石神井川沿いを散策した。
早く咲いたところはもう散っていたが、おおむね花は残っていた。

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posted by Kose at 19:13| 日記